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あの桜はまだ燃えているか  作者: 濱野乱
りゅうおうのおしごと
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俺には向かない職業


クマと一緒に通りに出た。空は晴れ渡り、俺の前途を祝福しているかのようだ。


VAFでのランクはここでも有効らしい。はっちゃんに仕事を任されたということは、信頼の証に他ならない。


有頂天でいると、クマが水を差すようなことを言い出した。


「お姉ちゃんをあまり信用しない方がいいと思います……」


「何故だ? お前の姉だろう」


俺は面倒見の良いはっちゃんを気に入っていた。というより、はっちゃんの評価に縋る甘えがあった。


クマは、あのう、とか、そのとか、要領を得ないことを言いかけたが、何も伝わらない。彼女なりの忠告だったのだが、俺に察する力が欠けていたのだ。


(大方、右腕の座を奪われそうで焦っているのだな。まあ、こいつみたいな弱そうなのを重宝している時点でたかが知れているか)


不遜は俺の悪い癖だが、VAFのシステムが生きていると聞いて、気がゆるんでいた。


「それにしても」


商店通りには人っ子一人いない。皆、クマの顔を見るなり、店を閉めてしまうのだ。クマは不景気な顔をしているが、犯罪者ではない。失敬だ。


「嫌われてますから……、私たち」


はっちゃんも人の出入りに用心していた。金を扱うからだと決めてかかっていたが、心得違いをしていると後で知った。


「お前は後ろにいればいいから。荒事は俺に任せろ」


クマは表情を変えずに俺の頭を撫でる。子供だと思って侮っていられるのも今のうちだ。



仕事はシンプルだ。債務者の所に向かう。返済が滞っていると河原に立て札を出すこともあるらしいから、その一歩前の最後通告をしに行くのだ。


水路に並べられた舟に材木が乗せられ、運ばれてくる。建築資材を扱う材木問屋だ。ここに来るまでに普請中の家を頻繁に見かけた。出入りする従業員は多いし、商売は繁盛していそうだ。


「おい、責任者はいるか」


見まわせど、屈強な男たちだらけだ。俺は手近な人間に声をかけるが、物の見事に無視される。俺だって仕事で来ているのだが、子供の形では相手にされないということか。


かといって、華奢なクマを矢面に立たせるのも、俺の主義に反する。呼びかけを続けた。


「頼もう、責任者はいるか」


「なんか用か、ガキ」


俺を見下ろしていたのは、一際筋骨隆々とした大男で、紺の羽織を窮屈そうに着ている。強面とはいえ、話を聞いてくれるのはありがたい。


「責任者はおられるか。当方使いで参った」


「わりいな、小間使いは足りてんだ。他当たれ」


俺の頭をばしばしと叩き、用は済んだとばかりに店に入ろうとする。せっかくの交渉相手を逃がしてなるものかと俺は男に食い下がる。


「ちょっと待ってくれ! 俺は蜂須賀金融の者だ。金を返していないだろう。事情があるなら話を聞くから。まずは」


話を最後まで聞かず、男は俺を突き飛ばした。見た目に違わぬ剛腕だ。触られた部分は痺れに似た痛みが残る。


「……、売掛金の回収がまだだ。それに生産者にも代金を払わなきゃならん。うちだけで商売してるわけじゃないんだ」


言い訳めいたことを捨て台詞とし、男は店の奥に消えた。入れ違うように店から騒がしい一団が現れた。黒紋付の侍が二人と、商家の旦那風の腰の低そうな男だ。騒いでいるのは主に旦那だけだった。


「それでは例の件よしなに」


声を潜めて侍に念を押す様は、悪徳商人に見えなくもない。侍が行ってしまうと、旦那は俺に目を留めた。


「何だ、童」


先ほどまでとは打って変わって尊大な態度で俺に接する。全くどいつもこいつも。


「蜂須賀金融の者だ。今日は通告に来た。このままでは店の看板に傷がつくことになるぞ」


旦那は一瞬驚愕するが、誤魔化すような高笑いをしだした。


「私の背後には幕府がいる。一介の金貸し風情に何ができる」


虎の威を借る狐というわけか。だが、この町で商売する以上、既得権益は圧倒的な武器だ。はっちゃんが手をこまねいていたのもわかる気がする。


「木之国屋さん」


クマが柳のように体を揺らしながら、店の前に歩いてきた。それを見た旦那の顔が青ざめる。


「く、熊蜂様……、わざわざおいで下さるとは。こちらの手が回らず誠申し訳ない」


「砦の資材の受注が叶ったそうですね。おめでとうございます」


旦那は手ぬぐいで汗を拭うが、拭う先からまた汗が滴っている。どちらが追いつめられているかは明白だ。


「あ、相変わらずお耳が早い。やはりこれからのリョクメイ国の商いを牛耳るのは、貴女と女王蜂で間違いないでしょうな」


おべっかばかりで、さっきと言っていることがまるで違う。見事な手のひら返しに俺は苦笑した。


「ではうちと揉めるのは避けたいでしょう。こちらも音便にすませたいので中に入れて下さい」


結局、俺は役に立たなかったな。クマは思ったよりやり手らしい。先にはっちゃんに報告しに戻った方がいいか。相談しようとした折り、旦那がごねだした。


「もちろん、当家に逆らう意志はないのでございますよ。しかしね……」


余程払いたくないのか、隠し玉があるのか旦那は妙に自信ありげである。


「そうですか。では、貴方の考えを姉に伝えておきます」


クマは深追いせずきびすを返した。何らかの綾が生じたようだ。旦那はかさにかかった態度で逆に追い打ちをかける。


「あまり手荒なことはなさらない方が良い。この話が幕府の耳に入れば、あの化け物が動きますぞ。いかに凶暴な蜂も、竜には敵いますまい」


竜と聞いて思い浮かべるのは、リリスという跳ねっ返りの顔だが、この悪徳商人との繋がりは見えない。


クマは背中を向けたまま立ち止まったが、首だけで振り返る。その目は、冒険者熊蜂としての誇りで、見違えるほど冴えていた。


「試してみましょうか? 私は別に構わない。負ける気がしないから」


旦那は、ひひっと、卑屈に笑って腕を広げた。


「さ、さすが、最高位の冒険者の一人。大した自信だ。だが、言質は頂いた。私に逆らうということはお上に逆らうことと同義! 今ここで天誅を下す。者どもであえであえ!」


路地からごろつきめいた浪人たちが続々と姿を見せた。初めから借金を踏み倒す腹づもりだったようだ。いよいよ時代劇めいてきた。


「クマ……、俺が敵を引きつける。その隙に逃げろ」


俺が真剣に対策を講じたのに、クマは小さく鼻を鳴らした。余裕があるのは良いことだが、たやすく脱せる危機ではないぞ。


「大丈夫。よくあることだから。そこで見てて」


クマを背後から斬ろうとした浪人の刀が、ぽっきりと折れた。よく見ると、他の浪人の刀も腐食したように使いものにならなくなっている。


クマは気だるそうな顔でニメートル弱の角材を軽々とぶん回し、十名あまりいた浪人たちをあっさり倒してしまった。


「もうこのくらいにしませんか、木之国屋さん」


材木の影に隠れて震えていた旦那に、クマは辛抱強く語りかける。それに解せない思いを抱きながらも、俺たちは利子に色をつけた額を回収できた。


金塊を積んだ荷車はひたすら重いが、俺自ら運搬を買って出た。


「顔に書いてある。あの人のこと、格好悪いと思ったでしょ? お金を貸しても感謝する人なんかほとんどいないよ。君みたいな真っ直ぐな子は他の仕事を探した方がいいと思います」


クマは抑揚のない声で、最後通牒を突きつけた。俺は試されていたのだろう。信頼されていたわけではなかった。辛抱のなさと共に力不足を突きつけられ、ぐうの音もでない。


荷車を蜂須賀金融の前に停めた。俺は店の中に入るつもりはない。


「……、はっちゃんにはクマから報告しておいてくれ。じゃあな」


俺はふてくされて、クマの顔をろくに見もしなかった。完全な八つ当たりだ。みっともない。


「待って」


呼び止めたクマの手のひらに、蜂蜜色のあめ玉が載っている。俺はいつから哀れみを受ける存在になった。侮辱されたと思った瞬間、クマの手からあめ玉をはじきとばしていた。舗装されていない地面にあめ玉が落ちても音はしない。俺の未来を暗示しているようだ。消えても誰も気づかない。


「君は金貸しに向いていないって意味で、冒険者に向いてないって意味ではないから」


「ふん、慰めはよせ。俺はお前みたいに強くなれない」


「ならなくて……、いいです。私やお姉ちゃんみたいに」


道を踏み外さないで欲しいと、切実にクマは訴えた。そもそも道がわからないのにどうしたらいいんだ。俺がこの世界にいるには力が必要だ。あいつのお守りになれない限り、俺に存在価値はないのだから。


クマに貰った飴を拾い、俺は長屋へと歩き出す。竜王と顔を合わせるのを遅らせるために、少し遠回りして帰った。

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