表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
あの桜はまだ燃えているか  作者: 濱野乱
りゅうおうのおしごと
56/147

取引材料


「では改めまして。あたしはこのギルドの長、女王蜂だよ。仕事柄、命を狙われることも多くてね。上客にしか会わないことにしてるんだ。悪く思わないでくれ」


竜王は何も言ってなかったが、はっちゃんは社会的地位のある人間らしい。知っていたら、こちらが手みやげを持参するのが筋だろう。常識人の俺は肩身が狭い。


「俺は、ショータ。勝手に押し掛けたのはこちらだ。病床の中、会ってくれて感謝する」


「小さいのに礼儀正しいね。リリス君にこんな可愛い友達がいるなんて知らなかったよ」


「俺はあいつより年上だ。それに友達でもない」


今はまだお守りに過ぎない。とは、言わなかった。俺としてもこの気持ちを説明できる自信はないからだ。


「ふーん? まあいいけど。で、今日は、お金を借りに来たのかい? 特別に無担保で融資するよ」


「いや、お気持ちありがたいが、融資が目的ではない。ここに来れば色々教えてもらえると聞いた。俺はこの世界に来たばかりで、不案内なのだ。色々教授してもらえるとありがたい」


俺にしては譲歩した方だ。足下を見られないか不安だったが、案の定、はっちゃんは抜け目ない人物だった。


「こっちも商売人だしねぇ。タダっていうのも」


「対価と言ってはなんだが、俺を働かせてもらえないだろうか。もちろん無給でいい」


安売りし過ぎたかもしれないが、取引材料が他にない。俺は焦っていた。ここで失敗すれば後がないと思ったのだ。


「それは、君の体で払うってことー? やだぁ、お姉さんドキドキしちゃう」


「お望みとあらば」


俺が律儀に服を脱ごうすると、はっちゃんは強く制止した。


「ストーップ! 冗談だって。君に手を出したらリリス君が悲しむだろう。君の本気度はわかった。何でも教えてあげる。何が聞きたい」


何でもいいと言われると、範囲が広すぎて悩む。ここに来るまでに考えておけば良かった。まずは…


「リリスって、竜王のことか」


「そうだけど。知らなかった? どうやら君は」


大丈夫みたいだね。と、はっちゃんが意味ありげにつぶやくと、クマが盆を持って部屋に入ってきた。


「遅いよ、クマ。ほんと鈍くさいんだから」


はっちゃんの妹に対する態度は、妙に冷ややかだ。身内だからこそ、厳しくしなければ示しがつかないと考えているのだろうか。


とはいえ、今は我が身が大事だ。矢継ぎ早に質問をぶつける。


「竜王は何故、あんな長屋にいるんだ。それに体調が悪くて医者を呼んでいたぞ。大丈夫なのか」


はっちゃんは、花をあしらった和菓子を口に運んでいる。クマは、お茶をすぐ渡せるように側で待機していた。まるで従者のようだ。


「君はリリス君の話をしに来たの? それなら本人に聞けばいいんじゃない」


はっちゃんは柱の和時計を気にするそぶりを見せる。時は金なり。商売人らしい間合いの取り方だ。俺は立場的に弱いので、話題を切り替える他ない。


「ここはどこだ?」


「リョクメイ国、蜂須賀金融だよ」


「もっと大きな括りで、教えて貰いたい。ここは俺が住んでいた世界と似ているようで違う気がするんだ」


クマが戸棚を開けて細長い桐の箱を出した。中に入っていたのは、地図だった。


はっちゃんが広げて見せてくれたが、俺が知る大陸の配置とは異なっている。リョクメイ国は、大陸の東にある島国のようだ。日本と風土が似ているのもそのせいかもしれない。だがあちらでは夏だったのに、こちらは初春のような気温という違いはある。


「この世界は、タルタロスと呼ばれている」


ギリシャ神話における死者の国と同じ名称に、不吉な予感がよぎる。


「俺は、竜王を追って階段から落ちたんだ……、俺は死んだのか?」


「どうだろうね。あたしはここに来る前、ブラック企業に勤めるOLだった。クマはゲーム実況者。君は?」


「ごく普通の高校生だ」


「へー! マジすか、小学生かと思った。合法ショタか。ふへへ……」


はっちゃんは今日一番驚いていたが、俺はそれどころではなかった。納得のいく唯一無二の回答が得られると思ったのに、わからないことが増えていく。これではまるで、


「異世界に来たみたいって、みんな言うね」


安易な答えを採用するには、まだ時期尚早だ。もっと情報を集めなくては。


「残念ながら君が死んだかどうか判定できる奴は、この町にはいない。いや、神官ならあるいは」


やけに静かで物足りないと思ったら、アテナの声がしない。ここ数ヶ月、最も会話したのがAIコンシェルジュだったというのはシンギュラリティーの皮肉でしかないな。


「ちょっと待て、この世界にも神官はいるのか」


「いるよ。あたしの担当は意地が悪くて、あたしを昇級させようとしない。おかげで万年Cランクだ」


俺ははっちゃんの愚痴を聞き流し、身を乗り出した。


「アテナという神官を知らないか」


はっちゃんは知らなかったらしく、クマに訊ねた。運が良いことに、クマの記憶の中にその名前はあった。


「……、確か新米の神官がそんな名前だったような」


「そいつはどこに行けば会える」


クマはアテナの居場所までは知らなかった。だがいるとわかっただけでも収穫だ。次に地図の地名に目を配る。


「ニーベルンデン、グラナダ、ハテナイ……、間違いない。ここは」


竜王のVAFへようこそという言葉の意味を悟る。この地図が偽物でなければ、俺は本当に異世界に来たことになる。


「さて、そろそろお開きにしようか」


はっちゃんが一方的に話を打ち切る。もっと聞きたいことがあったので不満だった。未練がましく居座ろうとすると、


「君、なかなか図々しいね。ここから先は有料だよ」


「なんだ、C級の癖に!」


俺が思わず見下すようなことを言うと、はっちゃんは、ムキになって反論してきた。


「キー! 階級がなんだっていうんだ! そんなの神官のさじ加減一つじゃないか。ショータ君はどうなんだい」


「こう見えてAだ」


はっちゃんは急に得意満面になって、頷いた。


「そうかそうか。では一つ仕事を手伝ってもらおうかな。なあにA級様には簡単な仕事だよ」


やっかい払いされあげく、仕事も押しつけられた。やはり、はっちゃんの頭は切れる。タダで話を聞くのも気が引けていた所だ。また何か頼ることもあるかもしれない。俺は快く仕事を引き受けた。




「あの子を雇うつもりですか?」


ショータが帰った後、クマは姉の真意を探った。姉は一介の金貸しで終わる器ではなく、より広い世界へ漕ぎだそうとしている最中だった。


「それは彼の働き次第だね。丁度事業を拡大しようと思っていた所だ。腕の立つ者は引き抜きたい。クマから見て、彼はどうだい」


「……、今のところは未知数」


「まあ、リリス君に恩を売っておくのも悪くないだろう。今のリョクメイ国はあまりに血生臭い。ここから抜け出すためにも、取引材料は多いに越したことはないからね」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ