お守り
町につく頃には日が暮れていた。丘の上に城らしきものが放つ明かり見え、丘を取り巻くように瓦屋根の家がびっしり建っている。
「城下町か」
予想より荒唐無稽なものが出てこなかったためか、俺の声は間が抜けていたと思う。
竜王は町の入り口にいた月代の男と、何やら話していた。どうやら俺を町に入れるための交渉をしているらしい。
「行こう」
話がまとまったのか竜王に呼ばれ、町に入る。すれ違う町人たちは和服を着ており男は月代、女は丸髷。まるで江戸時代の町に迷い込んだみたいだ。
提灯の明かりがある通りから離れ、竜王は暗い路地に入っていく。どこかで犬が切なそうに鳴いている。やがて、障子の破れが目立つ長屋の前で竜王は立ち止まった。
「……、お前、ここに住んでるのか」
「ここはエチカの部屋だよ。普段は別の所に住んでる」
お世辞にも住環境は良いとは言えない。今夜はここで過ごすことになるのか。
竜王は立て付けの悪い引き戸をやっと開け、中に入る。俺は、屋内の暗闇に臆して入るのをためらう。竜王が灯した蝋燭の火が、長屋の内部を照らした。
入ってすぐの所に土間と竈がある。八畳の座敷にはちゃぶ台が置いてあった。竜王は土間の瓶に入った水を柄杓で飲んでいる。
俺の背後で戸が勢いよく開いたので、背筋が凍った。追っ手が来たかと思ったのだ。
振り返ると、エチカが戸口に立っていた。
「おお……、無事だったか」
俺はエチカの無事を喜び、長屋の中に入れた。竜王は一瞥して、おかえりと言っただけで、無事を確認したりはしなかった。冷たいというより、こういったことは日常の一部なのだろう。
「ショータ、あたし頑張った。ご褒美くれる?」
会ってすぐ褒美をせがむ姿が異様といえば異様だが、感謝はしている。俺は何でも望みを叶えると約束した。
「じゃあ小指をちょうだい!」
エチカは目をぎらつかせ、台所にある包丁を握りしめる。
「うーん……、また今度な」
「今度っていつ?」
俺が対処に困っていると、竜王が外に出て火を起こし始めた。七輪で魚を焼いている。目にしみる煙を浴びているうち、エチカも気力が萎えたらしい。長屋の裏手に回った。俺も後をついていくと、小さい畑が目に付いた。エチカは畝から大根を引き抜いて見せてくれた。土の臭いが濃い。
竜王は焼いた鰯を三尾、皿に載せた。エチカは大根を切って酢をぶっかけたものを一品として提供する。釜の中に冷めて固くなった玄米があり、それを三人で分けて食べた。
「明日のことなんだけれど」
食後、布団をひきながら竜王は言った。エチカは土間で斧を研いでいる。
「はっちゃんの所で仕事もらってきて。君を養う余裕はうちにはないから」
俺はあくびをしながら曖昧に返事をした。疲れが襲ってきて話を聞くどころではなかったのだ。
「おやすみ」
竜王の合図と共に、蝋燭の火が消された。三人で川の字になると、かび臭い布団で寝た。蝋燭の火が消えると、これが夢から覚めないだろうかと密かに期待した。
頬に当たる水滴で目が覚めた。天井が黒ずんでいる。そこから雨漏りしているみたいだ。夜が明けたらしいが、気温は昨日より低い。
竜王はすでに起床しており、畳んだ布団の前でうずくまっていた。部屋が暗いせいか、竜王の顔色が悪く見える。
「今、何時だ……? エチカはどこ行った」
声をかけても返事がないので、肩に触れようとした。手を伸ばしただけなのに、すさまじい力ではじき飛ばされた。土間に落下して背中を打つ。痛みで目が回る。
「ごめん……、敵かと思った」
「この世界はそんなに物騒なのか」
ふさぎ込んでいる竜王を前にしたら、底抜けに楽観的な俺ですら落ち込んでしまいそうになるぞ。
「目に付く奴は全て敵だよ。誰も死ぬまで納得してくれないんだ」
「お前は簡単に人を殺せる人間じゃないだろ」
「できるよ」
俺は土間から上がって、竜王の正面に座った。寝癖のついた中学生女子は、俺の視線をさけるように膝を抱える。
「俺を殺せるか」
「やってやれないことはない」
「じゃあ俺が生きている間は、お前は正義の味方でいられるな」
竜王は、膝の間から胡散臭そうに俺を見やる。
「そういうの、大事な人に言ってもらいたかったんですけど」
「遠くの親戚より近くの他人と言うだろう。お守り代わりに受け取っておけ」
「お守りは御利益が重要でしょ。もらう場所は大事だって」
話しているうちに、竜王の顔に生気が戻ってきた。やせ我慢でないといいが。
鍋を抱えたエチカが外から戻ってきた。隣家で味噌をもらってきたらしい。朝ご飯は、豚汁、のようなもの。
「じゃあ昨日言った通り、お仕事してきて。詳しいことは、はっちゃんに聞いて」
竜王は朝ご飯を食べるなり、横になった。人に働かせておいて自分は二度寝か。体調が悪そうだから文句は言わないでおいてやる。
エチカは竜王の側で自宅待機するらしい。地図はもらったが、一人で行けるか不安だ。
戸を開けて外に出ようとした俺だが、壁のようなものにぶつかって跳ね返される。壁だと思ったのは、人の体だった。
「おや、失礼。大丈夫ですかな」
恰幅の良い中年男が、俺を見下ろしている。フロックコートに山高帽、医者が持つような黒い大きな手提げ鞄を持っていた。
俺が座り込んでいると、手を差し出してきた。分厚くがっちりした手のひらが、俺を助け起こす。
「ドクター! 雨の中よく来てくれたね」
来客に気づいた竜王が、すっ飛んできた。男は帽子を脱いで目尻を下げる。
「いえいえ、トモダチ。貴女のためならたとえ火の中水の中。と言いたい所ですが……、儂は金槌でした」
竜王はこの男に絶大な信頼を寄せているらしかった。それにしても医者を呼ぶとは、どこか具合が悪いのだろうか。
「ところで彼は? 見かけない顔ですが」
「ああ、この子は、私のお守りかな」
頭の上で交わされる会話に思うところはあったが、他人よりは、一段階上に進んだことに満足すべきだろう。対等でなかったとしても、今の俺には何の力もないのだから。
男は、俺の目線にあわせるように腰を曲げた。
「はじまして、儂はDr.カトー。以後お見知りおきを」
外面の良いこの紳士と、今後永きに渡って因縁を切り結ぶことになるなど誰が想像できる。俺は何も知らなかった。竜王のことも、カトーのことも、この世界のことも全て。




