後悔先に立たず
竜王の忠告を無視し、俺はVAFにログインした。あれだけ意味深な言動をされて忘れろというのは無理な話だ。
我が優秀なコンシェルジュ、アテナが上目遣いで迎えてくれた。上目遣いといっても、媚びを含んだものではない。眼球が上に張り付いて俺に対する積年の恨みに燃えていた。胸にタッチしようとして踏みとどまる。これ以上怒らせるのは得策ではない。
「唇にするんだったな。ワガママな奴だ。ほら、顎を上げろ」
「うがー! ここは乙女ゲーじゃねえんだよ。もう怒った。アテナ切れました」
意図せずして、アテナの激情を引き出してしまう。表情筋の動きとか本当に人間そっくりだ。成長したな、親のように誇りに思うぞ。
「口調変わってるじゃないか。ちゃんと仕事しないと」
「あ、はい、つみません。って、ショータ君が悪いんでしょ!」
茶番はこのくらいで切り上げ、メールボックスを開く。竜王から以前送られてきたメールアドレス宛にメッセージを送った。折り返し連絡が欲しい。困りごとがあるなら微力ながら力になりたい、と。
返事を待つ間、アテナに変わったことがなかったか訊ねる。アテナはそっけなく大事なことを教えてくれた。
「十五時から臨時メンテナンスだから何にもなかったよ」
メンテナンスの報告を受けたかもしれないが忘れてしまっていた。メンテナンスは深夜になる今でも行われているらしく、夢の祠から出られない。これではメッセージのやりとりもできないではないか。
「ゲームができないのになんでお前は稼働してるんだ! 役立たず」
「ふぇえ……、怒んないでよぉ、アテナだってアテナだって……ショータ君の役に立ちたいもん、でもできないんだよぉ」
アテナはさめざめと泣いて顔を覆う。失言が過ぎた。こいつに当たっても仕方ないではないか。
「すまん……、どうかしていた」
「ショータ君の言葉は上っ面だけだよ。もうアテナは信じない。信じないんだから!」
確かに最近の俺の言葉は行動を伴っていない。VAFで覇権を取ると言いながら、誰も救えていない。このままで終わってたまるか。
「責任は取ると言っただろ」
「ふぇ……、ガチャ回すの?」
「いいや。もっといいことをしよう」
アテナの涙を指先で拭ってやる。俺ができるのはこれくらいだ。こうなったら、竜王に是が非でも会ってやる。
二
あの祭りから一ヶ月後、限定イベント、戦慄の王墓が開催された。最下層を守るのは首なしの騎士、デュラハン。巨大馬に乗って次々とプレイヤーを吹き飛ばしていく。
でかい。俺のアバターの三倍はあるぞ。しかも剣にスタン効果があり、一発でも食らうと一方的に攻め倒される。
デュラハンが走り終えた所で追いつき、足下をチマチマねらって剣を振るっていたが、ゲージに変化がない。こうした魔物には大体弱点があるが、見つけられないまま時間が過ぎていく。
画面中央を素早い何かが通り過ぎた。デュラハンが転倒した。好機。首のようなものが転がってきた。恐らくこれが核だな。
一気呵成に連撃を叩き込み、デュラハンを討伐した。
カタツムリのアバターが俺の前にのそのそ歩いてきた。メッセージが送られてきた。
「意外とやるね、カッコよかったよ」
「そっちこそ」
竜王と俺はワンツーフィニッシュでイベントを終えた。今回のイベントは難易度が高く、勝者そうどりの仕組みだったため景品は俺がもらうことになった。
「お前がいなかったら俺は勝てていたかどうか」
「いいって。これは君がA級になったお祝い」
俺はこのイベント前、アテナの試練を突破し、A級に昇格していた。数十億いるプレイヤーの上位五千人の中に位置している。昇格により移動できるエリアは限りなく広がったし、こうしてイベント上位に食い込むことで竜王と出くわすことができた。
「それにしても私の忠告をよく無視してくれたね」
お祝いムードが去ると、竜王がチクリと刺してきた。竜王からしてみれば、親切心を踏みにじられたと感じても不思議ではない。
「お前がメールの返信をしてこないのが悪い。だから会いに来てやった」
「遠距離恋愛中の女子かよ。ふーん、そんなに私に会いたかったんだ」
カタツムリは俺の周囲をぐるぐる回っている。どうやらこれが竜王のアバターらしいが、どうにも腑に落ちない。
「予想はしていたが、あの時のカタツムリはお前だったか。俺を突き飛ばした時もその姿だったな。竜王というからには竜の姿をしていると思ったが」
「このアバターはお師匠に借りてるんだよ。今は仮免みたいなものだからね。新しいアバターは作成中なの」
「仮免? 何の」
「S級の」
S級は冒険者の中で至高の存在だ。
A級は五千人いるが、S級は両手の指の数程度しかいないとされる。俺も出会ったことはない。風聞によれば、Drカトーという気前の良い紳士や、作業系のクエストで力を発揮する熊蜂、VAFで熱狂的なファンを抱える歌姫などがいるらしい。
そこに竜王が加わるのか。いや、竜王のこれまでの実績から考えれば遅いくらいだ。追いついたと自惚れていたわけではないが、またその背中が遠のいた。
「私もキミのこと言えないよね。神官の言うこと聞いちゃったんだから」
神官の話を鵜呑みにしてはいけないと竜王は言った。俺はその意味をずっと考えていた。
「自戒をするにはお互い遅すぎるぞ。ここまで来たんだ、もう逃げるのは許さん」
「馬鹿だねぇ、ほんと。絶対後悔するよ」
後悔なら既にしているさ。お前と出会った時からな。後悔先に立たず。俺から言わせれば後悔役に立たずだ。それなら前に進むしかあるまい。




