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あの桜はまだ燃えているか  作者: 濱野乱
りゅうおうのおしごと
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祭り囃子と竜王


竜王はおもむろに四輪の車いすを動かし、階段の方に移動した。


「おい、大丈夫か」


急な階段だ。スロープもなく車いすでは落下の危険がある。そもそもこいつはどうやってここに来た。迂回路はないはずだが。


俺の心配は杞憂に終わる。車いすの車輪が引っ込み、代わりに足のような支柱が四本出できた。竜王はレバーを動かし、支柱を頼りに階段を降り始めた。


「せっかく祭りに来たんだし、覗いてかない?」


敵意を微塵も感じさせない友達のような気軽さに、俺は戸惑う。そうこうしているうちに竜王の背中が見えなくなってしまった。


「あ、おい、待て。あと、その車いす、F○のオ○ガみたいでカッコいいな。後で俺も乗せてくれ」


階段を降りきる頃には俺たちは打ち解けていた。まるで気の置けない長年の友人のように。


竜王は車いすを折りたたみ、松葉杖のような変形させた。往来を気遣ってのことだろう。さすが正義の味方だ。


俺が脇から支えようとすると、不要を告げられた。


「事故にでも遭ったみたいだが、本当に平気か?」


「見た目ほど大したことないって。お師匠と喧嘩しちゃってさ。まあお師匠の方が重傷なんだけど」


こいつは格闘家か何かなのか。師を半殺しにするとは恐ろしい奴だ。できるだけ逆らわずにおこう。


「さて、どこから回ろっか。私、お腹空いちゃった。ねえ君、お金持ってる?」


「カードと小銭しかないが」


「小銭で十分。行こ!」


竜王はまるで羽でも得たように屋台を回り始めた。けが人とは思えない素早い動きに俺の方が参ってしまいそうだった。


竜王の求めに応じ、焼きそばを半分こし、リンゴ飴を買わされた。全て俺の自腹だ。


金魚すくいの前で竜王は悲鳴に近い大声を出した。


「金魚だ! かわいい! あの大きい奴とれる?」


「ふっ、造作もない。任せておけ」


請け負ったはいいが、何度試しても明らかに目当ての金魚の重量が金魚すくいを上回っている。いくら俺でも、物理法則は覆えせない。諦めを口にしようとした時、


「まどろっこしい。ちょっとどいて」


俺を突き飛ばし、竜王が金魚のいるプールの前にしゃがみこむ。袖をまくり、息を吸い込んだと思うと、一気呵成に金魚をすくい上げた。


「どうよ!」


俺は拍手で竜王の勝利を称えた。そうでもしないと俺の存在価値に疑義を突きつけられそうだった。


「はー、楽しかった!」


竜王と俺は金魚を手に入れてから綿菓子を買い、最初に出会ったお社に戻ってきた。日は暮れているが、熱気自体は収まるどころか増していた。


「そうだな。祭りに来たのは子供の時以来だから楽しめた」


「そう? ずっと仏頂面だったけど」


目先の欲求に夢中だと思いきや、俺のことを目敏く観察していたらしい。油断ならない。


「ごめんね。私だけ楽しんで。熱中すると周りが見えなくなるタイプなんだ」


「そうか。だからゲームも強いんだな」


竜王は気落ちしたように肩を落として黙った。しまった、地雷か。俺もお師匠とやらと同じように半殺しにされるのだろうか。


「うん、ゲームしかしてこなかったからそうなのかも。お兄ちゃんにも迷惑かけてるし」


竜王に兄がいたというのは初耳だ。別にどうということはないが、きっとゴリラのような偉丈夫なのだろう。でなくばこのじゃじゃ馬は扱えん。


「迷惑など感じていないと思うぞ。お前のおかげで救われた人だっているはずだ。何か言ってくる奴がいたらぶちのめしてやれ」


俺が拳を振る真似をすると、竜王はくすりと笑った。


「何それ、私どんな風に思われてるの」


「正義の味方だろ」


だいぶオブラートに包んだが、竜王を言い表すなら割と適当だと思った。


「そんな大したものじゃないよ。私はエチカを助けられなかったし」


俺は無意識に竜王の肩を掴んでいた。既に車いすに乗っていたから転倒の心配はないが、不躾であることは確かだ。すぐに手を離した。


「痛い。女子に振るっていい力じゃない」


「すまん……、だが」


混乱する俺の前で、竜王は浴衣の襟を直していた。聞き違いでないのであれば、事態は急を要する。俺はきびすを返そうとしてた。


「どこ行くの」


「ここでこうしていても埒があかん。VAFからエチカに働きかける」


「無理だよ、君には」


普段感じない激しい怒りを覚えた。それは竜王に対してではなくふがいない自分に対してだった。


「ごめん、でもそういうことだから」


「何がそういうことだ! 勝手に納得して人を置いてきぼりにするな。お前も、エチカももっと人を頼れ!」


俺の一人相撲なのはわかっている。だとしても、誰かがつなぎ止めてやらなければならない。今それができるのは俺だけだ。


「君は、良い人だね」


竜王はよそよそしく壁を作る。会った時の冷たいだけの壁とは違うのが余計に辛い。


「私もエチカの言い分を全面的に信じていたわけじゃない。あの子の方がストーカーっぽいもんね。大方、メンヘラ特有の自己解釈で君を悪者にして、傷を浅くしようとしてただけでしょ。でも今回は都合がいいと思って利用させてもらった。巻き込まれる人間は少ない方がいい」


竜王は車いすで俺の脇をすり抜ける。


「おい、待て、話はまだ」


「さよなら。もう二度と会うことはないだろうから忠告。神官の言うことは鵜呑みにしない方がいい。できればVAFもアンイストールして全て忘れた方が身のためだよ」


滑るように階段に吸い込まれる竜王。後を追ったが、車いすに乗った少女がいた形跡はどこにもなかった。


祭り囃子は遠のいて、俺は帰り道を忘れた子供のようにしゃがみ込んだ。

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