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あの桜はまだ燃えているか  作者: 濱野乱
あの桜はまだ燃えているか 承前
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獣行く細道 其の三



二人は顔見知りだったが、戦いが始まっても花菱はエチカにあえて声をかけなかった。


何食わぬ顔で首の糸を外しているが、エチカが参戦したことで一番動揺したのは花菱だった。当面の目標だったエチカが現れるとは思っておらず、正確な判断ができない。始末屋の相手をしている間は考えずにすんだがいよいよ対峙せざるを得なくなった。


「花ちゃん、久しぶり。元気してた?」


エチカの月並みな挨拶にも、ひどく神経を逆撫でされた。


「あ? 誰かと思えば裏切り者のエチカじゃねえか。どこの馬鹿が湧いてきたかと思ったよ」


エチカに裏切ったという認識はなかった。悪いのは自分を置いて変質した組織の方であり、そこから離れたことに罪悪感は感じていない。


「あんたは相変わらず馬鹿やってんのね。楽しい?」


エチカは鬼道丸の額を茶化すように叩いた。鉄板を叩いた時のような硬い音が鳴る。


「お前が言うか? 余計なお世話なんだよ。つったく」


花菱の中には二つの思いが交錯している。リヒターに指示を仰いでこの場を収める。あるいは……


「前から思ってたけどいつまでも子供みたいに、自分の信念は曲げない! とか、ちょっと痛くない? 花ちゃんはあれだよ、恋の一つもしたことないから駄目なんだな」


エチカは足をクロスさせ、長い注射器を抱きしめた。


花菱にとって、これまでエチカは出来の悪い後輩という立ち位置だったが、憎からず思っていた。二人とも頭が悪かったし、年の割に夢見がちな所も共通していた。


エチカは花菱より一回り年下だが、突然背伸びをしたようなアドバイスを披露したりする。だいたいが的外れで今回もご多分に漏れない。これまで寛容に対応していた花菱だったが、食ってかかった。余裕がないのである。


「エチカ! いい加減にしろや、はっ倒すぞ」


花菱の怒声にエチカは後ずさった。本来なら実力で遠く及ばない相手にも物怖じしないのが災いした。怖いもの知らずというか後先考えない性格なのである。


「な、何だよ、怒んなよ……、えへへ」


エチカは卑屈な笑みでご機嫌を取ろうとする。それを見た花菱は少し落ち着きを取り戻した。


「おい、てめえ、今いくら持ってる」


エチカは顔中に玉の汗を浮かべ、焦りだした。財布の中身を探られるのは気持ちのいいものではない。たとえ中身があろうとなかろうとだ。


「いくらも、ししゃもも、ちょっとしかないよぉ……」


威勢の良さはなりをひそめ、声を萎ませた。花菱はしつこく訊ねる。


「どのくらい」


「お菓子が買えるくらい、かな」


花菱は鼻から息を吐き、空を仰いだ。


「それだけでいいよ。置いてきな」


「どうすんだよ、それ」


花菱は歯を食いしばって背を向ける。


「それで見逃してやる。総長ジジイにはお前が死んだって言っておいてやるよ。さっさと消えちまえ」


それは花菱なりの精一杯のやさしさだった。手段を選ばない現総長のやり方を毛嫌いしているのはエチカだけではない。組織に愛想を尽かす気持ちは理解できる。賛同はできないが、できるだけエチカの意に添う方法を考えた。


エチカが消えれば戦争の大義は半ば消滅する。たとえ報復合戦になっても、エチカは巻き込まれずに済むだろう。


我ながら冴えた考えだと花菱は自画自賛していた。エチカが狂気の微笑を浮かべ、注射器の針を向けて突進してくるまでは。


「うわっ、何しやがる」


花菱は黒衣のナースから逃げ惑う。反撃も忘れるほど慌てふためいた。


「ナニって決まってんじゃん」


エチカがスカートを手でつまんで振ると、中から手榴弾がゴロゴロ溢れ出てきた。


「殺し合いすんだよ♡」


二人は桃色の爆炎に包まれた。


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