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あの桜はまだ燃えているか  作者: 濱野乱
あの桜はまだ燃えているか 承前
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獣行く細道 其の二


「んだよ、始末屋ハイエナか。今のあたしは気が立ってるからよ、あんま早く壊れんじゃねえぞ」


花菱の言葉を皮切りに、鬼道丸は肩を張って弓を引き絞る。強弓から放たれた矢は、渦を巻きながらジゼルの顔のすぐ脇をかすめた。矢立てもない上、次の矢までのタイムラグがほとんどない。魔法のような速射だ。


ジゼルは連射される矢を恐れず走り、鬼道丸の真正面から戦いを挑んだ。少し遅れてミーシャが続く。


勢いそのまま鬼道丸の目の前で跳躍すると、鬼道丸の顔面をブーツで踏みつけ、飛び越える。身軽な動きが信条のジゼルは人形の相手をせず、直接花菱を狙う算段のようだ。


操者を守るために、鬼道丸は武器を入れ替える。鬼道丸のスキル、武芸者ウェポンマイスターは倒した冒険者の武具を再現し、その動きまでトレースする。より強い相手と戦わせようとしてきたのもそのためだ。


中空での動きに制約が加わったジゼルを討とうと、リーチのある槍を再現した。槍は掘削機のような回転を与えられ、ジゼルの足に届こうとしていた。


その後、ジゼルは無事着地したのに、鬼道丸は槍を構えた体勢で動かない。鬼道丸の体には黒い髪の毛のような糸が絡みついていた。一本一本が伸縮性と耐久性に優れ、身動きを完全に封じている。夥しい量の糸はジゼルの袖口から伸びていた。


「まずは人形の動きを止めて……、っと。さあ、ミーシャちゃん。やっておしまいなさい!」


段取りが終わってからようやく追いついたミーシャは肩をぐるぐる回しながら、鬼道丸に立ち向かう。


「すーぱー……、強ええぱーんち!」


光弾散るインパクトと共に放たれたミーシャの拳が、鬼道丸を退場に追い込む必殺の一撃へと昇華する。橋に激震が走り、衝撃の強さを物語っていた。


鬼道丸は検問所の建物の壁を突き抜け、領内まではじき飛ばされた。その規格外の威力を目の当たりにし、花菱は口をあんぐり開け、唖然とした。


「勝負ありましたわね」


ジゼルは優勢を確信し、腕を組む。鬼道丸に繋がった糸に反応がない。壊れていないにせよ、戻ってくる前に決着はつけられる。


気を取り直した花菱は鬼道丸が消えた方角を見つめていた。隙だらけだ。この好機をみすみす逃すほど甘くない。ジゼルは決め手を放つ。


「お命頂戴!」


花菱の首に糸が巻き付く。放置すれば気道を塞ぎ、首まで切断する必殺の糸だ。それでも、花菱は目を閉じ両腕を広げて笑っていた。


「人間って奴は何時でも間違える。さて人形はどうかな、ククク……」


呼吸が止まる寸前で、花菱はある指示を鬼道丸に送った。


すると、二つの事が同時に起こった。二つともジゼルたちにとって致命的な変化だった。


ミーシャの体が、橋から数十センチ浮いた。体の下から伸びた槍が彼女の胸を刺し貫き宙づりにしていたのだ。 





「ミーシャ……!?」


杭のように太い槍が体を貫通しているのを目の当たりにし、ジゼルは絶句する。


ミーシャは槍に支えられるようにして立っていた。服の背中の部分が黒く染まっていく。目は見開いているが意識はあるのか不明だ。


ジゼルは何が起きたかわからず、ミーシャの体に触れようとした。


「死体に気を取られていいのか。随分甘い始末屋だな」


ジゼルは自分の手先が軽くなっていることに遅蒔きながら気づいた。鬼道丸と繋がっていた糸が切断されている。この二つ目の変化も、ミーシャの急変と相まって彼女の判断を鈍らせる。


背後を取った鬼道丸が両手の平を合わせて、ジゼルの頭を押しつぶそうとしてきた。ジゼルは間一髪身をかわし、距離を取った。首筋をかき、気持ちを落ち着かせる。


(人形が一瞬で移動した……!? それより問題なのはミーシャを襲った攻撃が全く感知できなかった事。このままでは圧倒的に不利)


鬼道丸が間を置かず急接近する。単なる当て身を狙っているが、その速さたるやこれまでの比ではない。内部の燃料に着火したバーニアによる突撃は重装甲の鬼道丸に砲弾のような威力をもたらした。


ジゼルは中途半端に距離を取ったのが仇となる。回避も防御も覚束ない。


ここまでか。死を覚悟したジゼルは潔く体の力を抜いた。


「諦めるな」


一度捨てた命をつなぎ止めたのは何者かの力強い声だった。


鬼道丸の騎虎の勢いが急速に削がれ、衝突前に動きが止まった。ジゼルとの間に割って入ったのは、半ば忘れられていたエチカだった。ジゼルよりもさらに小さな体格にもかかわらず、力士のように鬼道丸の腰を掴んで渡り合っている。拮抗状態が続いたが、徐々に鬼道丸の足が橋から浮き始めた。


「どっせいっ!」


エチカは腰を落として鬼道丸を持ち上げると、タックルを仕掛け押し倒した。それから手榴弾のピンを抜き、鬼道丸の口に滑り込ませる。


ジゼルの手を引き、数メートル走ると轟音が爆ぜる。


「なかなか派手な援護射撃でしたよ……」


皮肉とも感謝とも取れないようなジゼルの言葉には、力がない。エチカは眉を曇らせた。


「ねえ、大丈夫?」


「何がです」


うつむきがちのジゼルの表情は伺えないが、打ちひしがれているように映った。


「仲間がやられてさ。どうなのって話」


「別に。よくある事ですし、考えても仕方ないでしょう」


表向き淡泊な反応にエチカは、ふーんと相づちを打った。


「じゃあ、あたしが代わりに戦っても問題ないんだ。援護よろしくー」


軽い口調で先に歩きだしたエチカの肩を掴んでジゼルは振り向かせる。線虫のような細い指が肌に食い込んだ。


「あーらら、やっぱ気にしてんじゃん」


「お黙りなさい」


怒りを押し殺すような低い声を出すジゼルにエチカは笑いかける。


「安心した。仲間を殺られて平気でいるような奴に背中預けらんないもん。仇取るの手伝ってあげる。任せて」


エチカはジゼルの手を軽く叩いてから、鬼道丸のいる方に歩き出す。鬼道丸は口から煙を吐き、両手を背中に回して座り込んだままエチカに目線を向ける。大きな目玉がぐるりとエチカをにらんだ。


「おおこわ」


エチカが腕を振るうと、一メートル大の注射器が顕現する。注射器には黄色い液体が並々と満ち、表面にはブドウ糖と黒い太字で書かれている。


鬼道丸を挟んで、エチカと花菱は初めて視線を交わした。



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