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あの桜はまだ燃えているか  作者: 濱野乱
あの桜はまだ燃えているか 承前
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獣行く細道 其の一


国境の橋には立っていられない程の強風が吹き荒れていた。気流が踊り狂うように襲いくる。


花菱は鬼道丸にしがみついて何とかやり過ごす。乾いた風が収まり、前を向くと新顔がいた。


純白の羽織、袴姿の少年が、ゆっくり空から降りてくる。背中に緋色の羽根を背負い、柔らかな金髪を風にそよがせていた。


「なあ、自分のツキを恨んだことはある?」


花菱が、舞い降りつつある少年に近づきながら言った。


「あたしは、何度もある。昨日負けた博打とか、例えば今日の選択を恨んだりもした。でも今は違う。こんなに強い奴に出会えて感謝感激だぜ」


少年が喜悦に染まる花菱を見下ろした。哀れむような上位者の目線には浅からぬ棘がある。


鬼道丸が花菱を一足に追い抜き、少年に斬りかかる。上段から叩きつけられた空間を断つような一撃は、少年の纏う風を一挙に払いのけたように見えた。


少年は糸の切れた凧のように風に乗った動きで攻撃をかわすと、欄干に立った。背中の羽根は既に消えている。


「一人か」


ショータは首に巻いたストールを少し下げて確認したが、花菱には聞きとれなかった。女王の命令を待たず、二十キロ以上空を飛んできたため疲労はそれなりにあったが休んではいられない。後続のグラナダの兵が侵入するのを防ぐために橋を落とすつもりだったが、兵の姿がない。領内にいるのは教団だけのようだ。


続いて空に三つの影が現れ、橋の上に着地した。一人は黒いナース服に眼帯の少女。もう二人は藍染の修道服に身を包んだ女達だ。


「エチカ!」


ショータは離れた場所からエチカを呼んだ。


「ここは任せてもいいか」


ナース服のエチカはスカートを軽く持ち上げ、快く同意した。


「ちょっとお待ちを。紗那王」


修道服の女のうち、小柄な方が異議を唱えた。唇にピアスをしたジゼルだ。


「女王の正式な依頼を受けたのは黒後家蜘蛛の会ですし、貴方が指揮官と決まったわけではないでしょう。勝手な采配をされては困ります」


「街にリヒターがいる。S級だ。正直君たちを守りながら戦う自信がない」


ジゼルは押し黙った。ジゼルはA級だが、一つ階級が違うだけでS級との実力に雲泥の差があると知っていた。階級の認定には神官の試練を受ける必要がある。その試練は命を落としかねない程、非常に厳しいものだ。


「エチカのフォローを頼む。目を離すと危なっかしいから心配なんだ」


「まあ、飴と鞭が上手だこと!」


ジゼルはショータの気まぐれのやさしさを揶揄する。一度歩きだしたショータが再び戻ってきた。


「君は死に場所を探していると言ったね。でも僕は違うよ。生きるために戦うんだ。できれば君たちにもそうなって欲しい。生きてまた会おう」


他人の主義に口出しするほどお節介ではなかったつもりだが、感傷的になって口にしてしまった。ショータは甘い考えを頭から閉め出すと、緋色の翼を広げて検問所を飛び越えた。


「おおい!!! あたしは無視か? ちえっ」


ショータに全く相手にされず、花菱はやる気を失ったように胡座をかいた。


ジゼルは皮肉混じりに歩み寄る。


「みそっかす同士仲良くやりましょうよ」


「悪いが、あたしは相手を選ぶ主義でね。肩慣らしならとうに済んでるからお呼びじゃないんだけど」


花菱は頬杖をついてふてくされている。


ジゼルはFGを少しいじってから相方のミーシャを手招きする。大柄で赤髪のミーシャがかがんで耳をそばだてた。


「あの人形、連盟から駆除依頼が出ていました。二百人近い被害者がいるようです。ここでしとめて分け前を独占しますわよ」


「アイサー、昼飯前に終わるかなあ。腹減った」


やや緊張感のないミーシャの背後にエチカが立った。ジゼルはショータに言われたことを忠実に実行する。あくまで自分の利に叶うからそうするまでだ。


「貴女には後方支援をお願いします」


「何で? あたしだって戦える」


ムキになるエチカを手で押しとどめる。


「お気持ちだけで結構。アタッカーはうちのミーシャで十分足ります。下手に連携しようとするより効率は良いでしょう」


エチカは普段、矢面で戦うのを得意としている。怪我のせいにしても不遇な扱いに気を揉んだ。ただでさえショータの足手まといだと自覚して焦っている。手柄を立てて見返したいという野心もあったが、渋々頷いた。


「おーい、死ぬ順番は決まったかい。どいつからでも構わねえぜ」


戦いを放棄したかに見えて、花菱は鬼道丸をいつでも始動できるように控えさせていた。ジゼルは鬼道丸を上から下までじっくりと観察し、感嘆するような声を上げた。


「人形遣いですか。今時、珍しいですわね」


「よく言われるよ。で、おたくら何者?」


ジゼルは会釈し、子守歌を唄うようなやさしい声音で身分を明かした。


「名乗るほどのものじゃありません。ワタクシ達はただの始末屋。貴女も名乗らなくて結構ですのよ。殺す人間の名前を逐一覚えている趣味はないので」 


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