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あの桜はまだ燃えているか  作者: 濱野乱
あの桜はまだ燃えているか 承前
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裸の王様 其の三


ユイのゴーグルは遮光加工がされていたが、それでもディドルートの放った光を完全に防ぐには至らない。目を閉じ時間の経過を待った。


光が収まり、目を開けると巨大なアニメモの姿はどこにもなかった。


「あれー? 目くらましで逃げられたっぽいですよ、ゲーテさん」


「いや、あれを見ろ」


ゲーテの短い手の指し示す方向に、一頭の狼がいた。大きさは一メートルほどで尾は三本、純白の毛並みは光の加減で銀色に見えた。瓦礫に前足をかけ、雄々しく首を反らしている。


「はっ!」


ユイは蔑むようにディドルートの変身を笑った。


「気配が小さすぎで気づかなかった。大きくなるならわかりますけど、逆に小さくなってどうするんですか」


「油断するな、ユイ。散漫していた力を一極に集めたのやも。いずれにしろ」


ゲーテは大きく口を開け、超音波のような振動音を発した。


ディドルートの傍らを、青白い光線が通過した。光線が通った跡は物体が融解し、引火し、煙と嫌な臭いを振りまいた。ゲーテの口から放たれた波濤砲は街をさらなる壊滅に追い込んだ。


「A級である小生達が狼一匹に遅れを取るとは思えぬがな」


無慈悲な爆炎を背後に抱えながら、ディドルートは獰猛なうなり声を発した。


「我は知っているぞ。貴様らには神官に烙印された階級があると」


「不足かね? 十分堪能して頂けたと思うが」


ゲーテの皮肉に、ディドルートは犬歯をむき出しにして笑う。


「ああ不足だな! A級なら何人も喰らったことがあるぞ。それに我は独りではない」


ディドルートは首をのけぞらせ、高らかにほうこうをした。国中に響きわたるような遠吠えは全てのアニメモの血に反響し、力を増幅させた。


王家には代々守り続けられた秘密がある。アニメモの力を最大限に引き出すには歌と、それを奏でる楽器が必要なのだ。


これまでほとんどの王がその秘密を知りながら、その力を引き出すには至らなかった。王は孤独なものと思いこみ、己が力に執着する小物に過ぎなかったのである。


チェスカは違った。兄であるディドルートを信じ、歌を作った。ディドルートはその気持ちを歌に乗せて奏でる楽器の役割を果たす。


初代の王は、冒険者の兄妹に歌の秘密を託されたという。チェスカがその旋律を蘇らせたのは運命という他ない。


「これが我ら兄妹のまつりごと。とくと味わえ、冒険者共」




街全体から、否、ニーベルンデンのほぼ全土から、ザクロジュースの歌が聞こえてくる。


歌はアニメモを鼓舞する一方、歌を知らないユイ達には、不気味な呪詛のように迫ってきた。


「ええい、うるさい! なんですか、このへんてこな歌は。風呂は覗きに気をつけよって、当たり前じゃないですか。ていうか、覗きがあるんですかモフモフのくせに」


「気になるのはそこか……」


鳴り響く歌に圧倒されていたユイ達はさらなる驚異を目の当たりにする。


空がガラスのようにひび割れ、開いた隙間から何かがこぼれてきた。こぼれてきたのが狼だとわかるころには、夥しい数に包囲されていた。


ディドルートは腹を地面につけ平伏し、空からやってきた半透明の狼たちに感謝を示した。


「祖先の御霊よ、安らかな眠りを妨げたことお許し下さい。国土と民を守るため、蹂躙者を誅滅する力を与え給え」


ユイはスコップを肩に担ぎ、狼で埋め尽くされた街をざっと見渡した。ディドルートが呼び出した狼たちは霊的な存在ながら臭い立つような殺気を放ち、ユイたちに食らいつく機会をねらっていた。


「これが王家の血か。見事なものだが、手に負えぬほどではない。有象無象は小生が引き受けよう。ユイは本体を叩いてくれ」


「了解です!」


ゲーテの波濤砲が狼を蒸発させ、けちらす。それにも怯まず狼は殺到してくる。


ユイが宙を飛ぶと、落下地点に石柱が生え足場となる。ユイの進行を妨げるべく、狼が屋根を伝って飛んでくるが、ゲーテの餌食となってディドルートへの接近を許してしまう。ディドルートは三本ある尻尾を高々と持ち上げ迎え撃つ。


「来い! 冒険者!」


「言われなくてもッ!」


ユイは足場を利用して高く跳躍すると、落下エネルギー利用して、スコップを叩き込む。


山をも削り取るスコップの一撃は、ディドルートの鼻先で止まっている。ディドルートの体を半透明の壁が覆って衝撃を防いでいた。


「魔導障壁……? こんな力まであるなんて聞いてない!」


ユイは一端距離をとって、スコップを投げ捨てると、湾曲したナイフに持ち換えディドルートに肉薄する。ナイフの刀身には赤黒い宝石がはめ込まれており、切りつけた対象を石化させる効果がある。


ディドルートはバックステップで斬撃をかわすと、霊体の狼を突撃させた。


「邪魔だ、どけええええええ!!!!」


ユイが絶叫すると地面から石柱が次々突きだされ、狼たちを粉砕した。


「はあ……、はあ……、こんなの聞いてない。モフモフの癖に生意気!」


ユイは憎々しげにゴーグルを放り投げた。石柱に背中をもたせかけるが、休息する暇はない。石柱の間を素早い影が移動していた。地面の振動で動きは把握できる。八時の方向、五秒後に接触。


「もらった!」


ユイは突進してきた相手を逆手で切り上げたが、接触したのは霊体の狼だった。切りつけた瞬間霊体は煙のように消失し、直後に死角から衝撃を受けた。


ディドルートの尾が蛇のように伸び、ユイの体をがんじがらめにした。一部の隙間もないほど拘束されナイフも落としてしまう。


「もふもふ……、幸せですぅ、はぅう」


骨を砕きそうな圧迫感にもかかわらず、ユイはアニメモの毛の感触にうっとり、ご満悦だった。ディドルートはゆっくりと正面に回り込み、ユイの素顔を見て驚いた。


「こんな子供にひっかきまわされるとはな」


「冒険者に子供も大人もないですよ。それにしても近くで見たらやっぱり可愛い。今回は白旗上げますけど、次は絶対捕獲してペットにしてあげますからね」


「貴様の言い分はよくわからんが、次の機会はない」


ユイを捕らえていたディドルートの尾は三本あるうちの真ん中の一本だった。尾は話している間、電荷のような光を帯びて明滅を繰り返していた。


「三代目の王ザンビーグは、電王と呼ばれ崇められている。霊峰に落ちた雷を喰らってその力を行使したためだ。貴様も喰らってみるか? 電王の怒りを!」


ユイは尻尾から伝わる電流を地面に流そうとしたが間に合わない。数億ボルトの電流は、細胞のほとんどを焼き付くし、一瞬で命を奪った。


「残、念、コレクション……、したかった」


尻尾から解き放たれたユイの体は炭化し、原型を止めていない。


「最期まで私欲に振り回されたか。そこが貴様の限界だ、娘」


吐き捨てるように言ってから、もう片方の戦場に目を向ける。狼が密集した地点で甲羅がかみ砕かれる軽快な音が響いている。戦いは終わった。


シャウラが柱の陰から様子を伺っている。ディドルートが鼻先を向けると飛びのくようにおののいた。神々しいまでの威光を前に口を開くのを恐れていた。


「シャウラよ、感謝するぞ。貴様がおらねば我は本来の力を引き出せなかった」


ディドルートは余計な力の損耗を避けるため、普段は力に制限をかけて封じている。誠心を持つ臣下の言葉が引き金となって、力を解放できるのだ。


「ほ、褒美はもらえるのでしょうか……、ザクロジュース一杯でも」


ディドルートはシャウラの要求を無視し、ユイの遺体の側に寄って鼻を近づけた。肉の焦げる臭いとは別に気になる臭いを発見した。


(これは防腐剤か……、まさかな)


ディドルートの推測はすぐに実現することになる。激しい横揺れが街を覆った。シャウラはひっくり返り、石柱のほとんどが倒壊した。


揺れが収まった直後、ディドルートの脳内に声が響いた。


「ぱんぱかぱーん。足下からお邪魔しまーす」


声は先ほどまでディドルートと戦っていた少女のものだった。微細な振動音が急速に遠ざかっていく。地下を移動していると思われる。


「変わり身か。どうりで手応えがないはずだ」


「えへん! ユイちゃん特製の死体人形はマニアの間で大人気なんですよ? 騙されてくれましたか」 


「余計なことは言わんでよろしい」


渋い声がユイの軽口を諫める。


亀の方も無事のようだ。二人の掛け合いにディドルートは歯ぎしりした。


「正々堂々戦わぬか。卑怯者め!」


「怒らないで下さい。私はそういうの苦手なんです。脳筋みたいなガサツな仕事は花菱さんの仕事。私は縁の下の力持ち、地道にコツコツお仕事するのが得意なんですよ」


石柱が地面に吸い込まれている。家屋の瓦礫も砂に沈み込むように消えていった。


「貴様等……、何を!?」


「貴方が私の人形と遊んでいる間にちょっと地盤をいじったんです。掘ってみてわかったんですけど、ここいらは埋め立て地だったんですね。時間があれば地形を調べたい所ですがまたの機会にしましょう。貴方たちが滅んでからゆっくりとね」


あちこちで噴水のような勢いで砂があふれ、シャウラは目を丸くした。液体のような流動性を得た砂があらゆるものを飲み込もうとしている。


「私たちを追おうとしても無駄ですよ。地の利はこっちにありますし。ではモフモフさん、救助頑張って下さい♪」


地下からの音が完全に途絶えた。地面に爪を立てるが、思うように力が出せない。ディドルートの尾のうち二本が垂れ下がっていた。


(深追いは危険か。これが今の我の限界。勝負は預けるぞ、冒険者)


追跡を諦め、シャウラに下知を飛ばす。


「我は存命者の救助に向かう。貴様は女王に事の次第を伝えよ」


「え……、でも」


腰が抜けて動けないシャウラに業を煮やし、ディドルートは駆け寄ってその首根っこを噛んだ。


「案ずるな。我が送り届けてやる」


「それは、どういう……、げええええ!」


ディドルートは犬が尾を追うようにその場で回転して勢いをつけると、シャウラを壁の外にまでブン投げた。壁を越えても高度は下がることなく、シャウラは予期せぬ空の旅を強いられることになる。


「後は頼むぞ、チェスカ」


ディドルートの消息はここで途絶える。ディゼルパイアは液状化により消滅し、住民のおよそ八割が死亡した。


ニーベルンデン戦争の初戦は、ニーベルンデン側の大敗で幕を閉じる事となる。

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