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あの桜はまだ燃えているか  作者: 濱野乱
あの桜はまだ燃えているか 承前
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裸の王様 其の二


十メートル近い高さの石柱は先端が尖っており、片足を乗せるのが精一杯だ。ユイはその上でバランスを取りながら、廻転して戻ってきたゲーテを器用にキャッチする。


「いやー、殺さないように戦うのって結構ストレスですね」


常在戦場の彼らにとって、命を奪うのは息を吸うのとなんら変わらない行為だ。


その行為を離れたユイは、余力を残し戦う不便さに慣れていない。ユイだけでなくゲーテもこの窮屈な環境に戸惑っていた。


「さっさと石化させてしまえばよいではないか」


ユイは頬を膨らませ、駄々をこねる。


「やですよぉ。あの大きいモフモフ、コレクションに加えたいですもん。絶対生け捕りにします」


ユイは一度言い出したら聞かないため、ゲーテは付き合う他ない。任務に支障が出ない程度に手綱を握り、後でみっちりお説教をするつもりだ。


「物好きな。して、小生は後何回投げられればいい」


「そうですねえ、モフモフさんに訊いてみましょうか」


ディドルートが高く跳躍し、爪を振りあげて突貫してくる。雄叫びを上げ迫力はあるが、ユイ達は避ける素振りも見せない。


ユイの周りに生える石柱が鞭のようにしなり、すさまじい風圧と共にディドルートを滅多打ちにした。一矢も報いることなく、ディドルートはシャウラの縛られている柱近くに落下する。


シャウラは目を閉じたが、耳と鼻は塞ぎようがない。轟音と粉塵に肝が潰れかけた。


「立派なのは図体だけですか? これがこの国最強だなんて笑っちゃう」


「総長は要警戒と言っていたがな。いささか興ざめである」


華奢な少女一人と亀一匹に手も足もでない状況に、シャウラは情けなくなった。これが強国と精兵で名高いニーベルンデンなのかと疑いたくなる。


「……、歌が聞こえんぞ」


シャウラは驚きで縄を揺らした。ディドルートが息を吹き返している。てっきり死んだと思っていた。


「唄え。お前にできるのは唄うことだけだ」


「お言葉ですが……」


「くどい。兵士の矜持があると言ったのは偽りか」


ディドルートは細い息をはき続けている。虫の息だ。シャウラでなくとも、終わりが近いことを予期させた。どうせ負けるならせめて悔いなく戦って欲しいと情がわく。戦士に対する畏敬の念をならずもののシャウラですら持ち合わせていた。


「ざ、ザクロが熟れている。熟れたザクロは収納だ」


「お前、ザクロが何を意味するか知っているか」


ディドルートは詞の内容にまで言及してきた。打ち所が悪かったのかもしれない。でなくば瀕死の状態で歌の話など持ち出してこないだろう。


シャウラは真摯な答えを心がける。


「ザクロは国民。王家は国民を守る義務がある」


「そうだ。続けろ」


「倉にネズミがやってきた。小さきものは侮れぬ。どんな秘密も筒抜けだ」


「入ったネズミは思いの外でかかった。それに比べて俺は小さい。そうだろう?」


シャウラはきつく目を閉じ、ディドルートを見ないようにした。


「い、いいえ、将軍は誰よりも大きい方であります」


「本当か? お前は俺の姿をろくに見ていないようだが」


シャウラは縄が揺れるほど激しく首を振った。


「大きいであります。他の首長もそう申しておりました」


「お前がどう見えるのかが知りたい。どうなんだ」


恐る恐る目を開け、真下を見下ろす。歯と歯がぶつかるほど震えた。瓦礫によりかかるディドルートは豆粒ほどの大きさしかなかった。シャウラの目には軍事を統括する将軍がアニメモの子供よりも小さく見えていた。将軍と言われても未だに信じられない。成り行きで従っていたが我慢の限界だった。


「じ、じゃあ言わせてもらうけどな! あんたは誰よりも小さいよ! こんな弱そうなアニメモ見たことねえ。こんな、こんな奴が将軍だなんて泣けてくらあ! でも、でも……、今この街を守れるのはあんたしかいないんだよ。頼む、頼むから、立ってくれ!」


一世一代の嘆願は無為に終わったかに見えた。ディドルートは瓦礫に紛れてしまったように見えなくなった。逃げたのかもしれない。シャウラは失望で気を失いかけた。


「よくぞ吠えた。これで思う存分戦える」


耳もとで厳粛な声がしたと思うとシャウラの縄が突然切れた。地面に落下する間際、世界を覆うような強い光に包まれる。

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