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あの桜はまだ燃えているか  作者: 濱野乱
あの桜はまだ燃えているか 承前
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裸の王様 其の一


騎士団の少年たちが壁の上から街の中を見下ろしている。哲学者の言ではないが、対象を観察すれば観察される側も観察者の存在に気づく。


当初、最もわかりやすい標的として、アニメモに狙われる事となった。


鋭利な爪を鉤のように引っかけ、垂直の壁を駆け上がったアニメモ達は、登りきった所で騎士の剣の餌食となる。やがて骨ごと裁断するような剣の切れ味を知るや、登ってこなくなった。


騎士団はリヒター自慢の家具である。

 

気に入った少年を植物のように手入れして愛でるのが彼の趣味だった。


今、手元にあるのは、二十人。十人はアテナの護衛に残してある。貴人に自分の家具が使われるのは鼻が高い。


リヒターは、風船を投げ終わった騎士団に待機を命じた。迂闊に街の中に入ればユイとゲーテの能力に巻き込まれる恐れがある。不本意な戦闘に巻き込まれて傷物になっては泣くに泣けない。


リヒターは黒い朽ち木の枝に寝そべっている。木の表面は焼けた後のような炭色で、今にも倒れそうに湾曲しているが、街を覆う外壁よりも高くそびえている。数十本ある枝には、首に縄をつけられた人間の死体が無数にぶらさがって振り子のように揺れていた。


腐食神木霊ウッドデッドゴーレム。木そのものが、ユイの所持する魔道装置だ。朽ちた神木の内部で菌糸を培養し、人間をぶらさげておくことでゾンビ兵を生成できる。キノコを栽培する要領に近いのだそう。


果物が熟すように次々と縄がちぎれて、死体が落下した。全身紫色の斑点だらけの死体がうろうろと街をはいまわる。手近なアニメモに噛みつき、菌糸を伝染させる。菌糸が脳細胞を侵せば、噛まれたアニメモもゾンビとなって同胞を襲う。


「これなら街と言わず一国を滅ぼせる。実に合理的なやり方だ。お見事、ユイ君」


高見から拍手を送るが、ユイには届かない。もし届いたとしても内心で舌を出されるに違いない。


ユイ単体だけでも十分な成果を上げていたが、ゲーテも負けてはいなかった。


街全体が波に揉まれているように揺れ動いている。視覚効果のみならず、実際に建物が倒壊しアニメモを押しつぶしていく。地形そのものに干渉できるゲーテの能力だが、紙風船を投げこむなど事前の準備が生きている。


初戦のためできるだけ派手にやるよう頼んだおかげで、リヒターの出番はなさそうだ。あくびが出そうになる。


ふいに風が収まり、不自然なほどの静寂が近隣一帯を覆った。息をするのも苦しく、リヒターはシャツの第一ボタンを開けた。


騎士団の少年達が一様に空に目を向けていた。瞬きもせず何かにとりつかれたように一点を見つめている。


「閣下」


「ああ、そうだね。ようやく来たようだ」


青空が、にわかに茜色に染まった。空の色は夕刻よりもなお濃く深刻になり、強風が吹き荒れた。風はひどく乾燥し、産毛を焼きそうなほど熱かった。


一等、強い風が街の上を通過した時、リヒターはしかと見た。風は怒れる翼を広げた鳥の形をしていた。わずかな火の粉が街に落下したが、それはさまよう亡者を浄化するためだった。リヒターは帽子を被り直しほくそ笑んだ。


「あの桜はまだ燃えているか」


鳥は猛スピードで街の上空を通過し、国境沿いにある橋に向かった。リヒターは胸をかきむしられるような切ない思いを味わう。


「その答えを聞くためにはるばるここまで来たんだ。早く戻っておいで。それまで僕は別のショーを楽しむとしよう」


鳥が運んできたのは火の粉だけではなかった。アニメモとは一線を画すような巨体が地響きを立てる。怒れる国の守護者が街に降り立った。





教団の襲撃を受けたディゼルパイアの街は、新たな局面を迎えていた。


街を囲うように壁が出現したのを皮切りに、意志を持たぬ不死者が侵入して、住民を襲い始めた。それだけでなく天変地異のような地震が頻発し、家屋をなぎ倒していった。


もはや壊滅は時間の問題。誰もが諦めた時、奇跡が起きた。


窮地の街の上空に火の鳥が通過し、亡者をなぎはらったのだ。鳥は火の粉をまき散らしたが、住民と家屋になんらの被害をもたらさなかった。哀れな亡者の魂だけを運び去って消えた。


街の中心にある大柱に宙吊りにされていたアニメモ、シャウラは事態の進展に少しばかり希望を抱くようになった。茶色い耳を奮起するように持ち上げる。


「自分は兵士であります。にもかかわらず、義務を怠り、ザクロ倉に忍び込んだことを恥じる次第であります」


殊勝なことを語るが、その実、反省はしていなかった。この場所に吊されて三日経つが、それほどの罰を受けているのは前科があるためだ。窃盗や兵役拒否など、義務を怠る彼は街の嫌われ者だ。これほどの惨事に至っても、普段の行いのせいか誰も助けようとしない。


そのため一刻も早く窮地を脱しようと、唯一の庇護者に懸命に媚びを売る。


「存じております。ザクロジュースは女王の血。それを盗もうとしたのは万死に値すると。しかしながら、女王は国の母。母を恋しがるのは子供として当然の情、いや義務でありますまいか」


「……、おい」


流れるような言説を厳しく遮ったのはディドルート=カンザスだった。足を投げ出し、潰れかけた家屋の二階当たりに肩を持たせかけている。歯の間から苦しげな息を漏らしていた。


「シャウラとか言ったな。少し黙らんか」


「は! 申し訳ありません。将軍閣下」


ディドルートの体には無数の傷が散見している。満身創痍という体で、余裕がない。今にも家屋と同じようにバラバラになってしまいそうだった。シャウラは沈黙に耐えきれず顎を開いていた。


「では何を申せばよいのでありましょう」


「ザクロジュースの歌でも唄ってろ。あれは妹の歌だ。元気が出る」


ディドルートは投げやりに言い捨て立ち上がろうとしたが、膝に力が入らず家屋の屋根にもたれかかった。


それを見たシャウラは尾を震わせる。


(どういうことだ、将軍はこの国で一番強いんじゃないのか。それとも、グラナダの冒険者に手も足もでないのか)


ディドルートの視線の先に、ねじくれた黒曜石の柱が何本もそそり立っていた。


柱の頂では、ゴーグルを装着した少女が亀を抱えて立っている。少女は手足を引っ込めた亀の甲羅をフリスビーのように投げた。


手から離れた瞬間、亀の甲羅は不規則な軌道を描き建物をなぎ倒しながら、ディドルートめがけて飛来した。


直撃は避けられず腕で顔を庇うが、甲羅はその守りごとディドルートを軽々と吹き飛ばす。


「ぐああっ!?」


建物を倒壊させながらディドルートは転々とシャウラの視界から消える。先ほどから同じような展開の繰り返しだった。


チェスカ作曲のザクロジュースの歌には次のような一節がある。


「奇跡は二度と起こらない」


綱紀を引き締めるのが国歌の目的だが、まるで今の惨状を唄っているようで、シャウラは悲観せずにはいられない。将軍を元気づけようと、声を張り上げる。


「ざ、ざ、ザクロが熟れている♪ 冬は火事に気をつけよ。皆で火事を鎮圧だ。火元の家は縛り首。ザクロジュースはもう飲めない……、ああ……」


シャウラは尻尾を丸め、唄うのを止めてしまう。


奇跡は既に起こってしまった。ディドルートは奇跡になりえないのか。かすかに見えた希望はいともたやすく潰えてしまうように思えた。

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