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あの桜はまだ燃えているか  作者: 濱野乱
あの桜はまだ燃えているか 承前
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老兵と人形遣い 其の三


「人形遣いに必要な資質は何か。わかるか、烈華」


花菱は先代の花菱である師匠にかつてこう訊ねられた。師匠は博打に負けて、掛け金が払えないからと屋号と人形の扱い方を烈華に伝授した。当時の烈華は人形遣いになるつもりがなかったため、初めは乗り気でなかったが、奥深い世界に次第にのめり込むようになった。


「そりゃ仕掛けだろ。師匠の仕掛けを見破れる奴はほとんどいない」


「確かに仕掛けは重要だ。だが、どんな手品も種があるように仕掛けも元をたどれば必ず解法に行き着く。頼みにする奴は二流だ」


烈華は師匠の緻密な人形のギミックにばかり目が入っていたため、腑に落ちない。


「いいか、まずは指先。これで上手と下手が分かれる。人形に息を吹き込むのは指先。これを覚えろ」


わけもわからず、指先の訓練をさせられた。金庫の鍵を指の感覚だけで開くのに始まり、砂粒を掴む訓練を指の皮がめくれても続けた。訓練が嫌で、指先の操作に頼らないタイプの人形を作ってみたこともある。結局、鬼道丸のような人型に落ち着いたのは腕が上がり、師匠の言葉を実感できたためだ。


仕掛け人形は操者の意志を如実に反映する、鋭敏な感覚機関を備えている。指先の微妙な感覚を人形に伝えるだけでも困難なのに、全身ともなるとてんてこまいになる。それでも花菱は人形遣いを辞めたいと思ったことがない。


人機が渾然となる瞬間がある。自分が人形になったのか、人形が自分なのか、曖昧となった境界に飲み込まれてしまう人形遣いもかつてはいたそうだ。


「そういう奴は幸せ者だ。俺はそういう死に方がしてえ。お前はどうだ、烈華」


酒と博打と人形を愛した師匠はもういない。花菱烈華は自分の理想を求め人形を作り続ける。




隊長は耳を負傷しても一顧だにせず、より強い力で鬼道丸の顎を殴りつけた。巨体が鞠のようにはねるが、倒れ伏すことはもうなかった。


鬼道丸は受け身を取り、素早く体勢を整えると金棒を大きく振り回す。大振りな一撃は空振ったが、隊長は距離を取り、様子を見た。鬼道丸は火がついたようにがむしゃらに追いかける。


(人形の動きが良くなってるな)


隊長が欄干の上を走ると、鬼道丸も平行して追いかけてくる。手も足も出なかった隊長のスピードに近づきつつあった。


花菱が仕掛け人形を選ぶ理由の一つが、油とその温度にある。


仕掛け人形には特殊な油が差してある。間接の動きを滑らかにするのが主な目的だが、油ならなんでもいいわけではない。人形によって油の種類も量も当然異なってくる。


鬼道丸に使用しているのは、低温状態から一気に高温になる盛者必衰という油だ。その名の通り、熱しやすく冷めやすい油で、人形にかかる負荷も大きい。その分、始動から本調子になるまでが早く、一端温まってからの動きは格別なものがある。動きの一律な自立可動型ではこの変化はない。


動かせば動かした分だけ鬼道丸の性能が上がる。まるで人間に血潮が沸き立つように、色気づく。


景気良く攻めていた鬼道丸の動きがわずかに鈍った。隊長は隙を見逃さず、膝の間接めがけて蹴りを浴びせた。鬼道丸はよろよろと膝をついた。


人形は人間と違い、力をセーブしない。人間は筋肉に負荷がかかりすぎるのを避けるために脳がセーフティー機能をつけている。人間より頑丈で痛覚のない人形にはその機能は必要ないし、油の影響で余計に負荷は増える。


壊れるか壊れないかの限界を見極めながら、花菱は戦っている。博打好きなだけではなく、滅びの美というものに酔いしれている。ユイは彼女をガサツな感性の持ち主と評したが、明確な終わりを意識しているという点で両者は似通っていた。


「はー、しんど……」


隊長は腰をポンポンと叩いた。蒸気上げて意気軒昂としている人形とは対照的に、隊長の肉体は酷使すればするほど強ばって動きが悪くなる。どちらが生き物かわかったものではない。


花菱の首を取れと命じられた隊員たちはどうなったかというと、残らず花菱に沈められていた。冒険者単体としての戦闘力はたかが知れていても、平均的なアニメモでは相手にならない。鉄扇で自分より頭一つ分高い隊員を殴り飛ばしている。全ての作業は人形の操作中に平行して行われていた。


「最近の若いもんは、なっとらん」


隊長は体格差のある鬼道丸と両手を組み合わせてぼやく。力で押さえ込まれるのを恐れ、これまでヒットアンドアウェーを繰り返していたが、もはや猶予がなくなった。なけなしの力を振り絞り、鬼道丸の指をもぐように砕く。痛みを感じないというのはメリットばかりではない。多くの危険信号を見過ごす結果にも繋がるのだ。肩をだらりと垂らした鬼道丸を蹴り倒し、金棒を拾って、花菱の元にとぼとぼ歩く。途中で、鬼道丸に追いつかれるが金棒を全力で振り抜き、橋の外にはじき飛ばした。鬼道丸が水の表面に叩きつけられる音を花菱は耳にした。


隊長は金棒を杖にして立ち止まり、せき込んだ。橋の上に立っているのは、花菱と隊長だけになっていた。


「嬢ちゃんよ、わしらがグラナダを憎む理由が何か知っとるかね」


「知らね。人種? とかじゃないの」


花菱は政治や種族の対立に興味がないため、適当に応える。唯一といっていい攻撃手段を失った直後なのに、逃げる様子はなかった。


「麻薬が入ってくるのよ。国交は断絶しているのにこれだけは止まらん」


グラナダから流入する麻薬の量が増加した時期と、カトーが総長になった時期が重なるのだが、花菱は知らない。知っていてもあえて言わなかっただろう。そのくらいの分別はある。


「あそ、で、殺さないの。今のあたし丸腰だよ」


「さっきの人形で堪えたよ。自分の歳忘れてた」


花菱は隊長相手に初めから闘志が湧かない。隊長は確かに強いが、冒険者以外に本気を出すのは美学に反するのだ。戦う目的できたのに矛盾するようだが、これで手打ちと言われたらそうするつもりだった。ここまでズルズル来てしまったのは、甘えを指摘されて意固地になっていたせいかもしれない。


「自分の歳忘れるってどんな感じだい」


「んー、必死だったんだよ。嬢ちゃんの人形強かったから。人形はな」


疲労困憊となっても人を食ったような憎まれ口は健在だった。


死闘の合間とは思えぬ和んだ空気が漂ったが、長くは続かなかった。腰の太刀に手をかけた鬼道丸が隊長の背後に佇んでいた。摺り足でゆっくりと近づいてくる。人形の再生、あるいは複製。いずれにしろ、鬼道丸の体は新品のように生まれ変わっていた。


観念した隊長が、歯の少ない口元を綻ばせる。


「ああ……、ようやく自分の歳を思い出した。ありがとよ」


閃く一刀を肩に浴び、隊長は倒れた。血は流れたが、急所は外れている。意識も保っていた。


かつての常識では人形遣いは人形を破壊すれば事足りた。それも過去となりつつある。人形を壊されても二の矢、三の矢を用意するのは当たり前。逆にそれくらいの覚悟がなければ人形遣いは務まならない。


「何、故……、殺さない」


花菱は悔しげに血を吐く隊長を見ようともせず一服した。勝利の後の一服は本来なら格別だったが、今回は苦いものが残った。


「じっちゃんはあたしを最後まで戦士として扱わなかった。だからあたしもあんたを戦士として扱わない。それだけさ」


隊長は精魂尽き果てたように横たわった。


「ちっ、全く……、口の減らねえ嬢ちゃんだ。もう勝手にしやがれ」


花菱は無傷の鬼道丸を連れ、大股で検問所へと急いだ。隊長の戦い方がずっと不服だった。隊長の速さがあれば、鬼道丸を無視して花菱だけを狙う戦い方もできたはずだ。若い隊員を鍛えるためだったにしても、効率が悪すぎる。手を抜かれていたと思うと腹が立つ。何のための寄り道だったのかわからなくなった。


隊長の言うとおり、自分の甘さを突きつきられた一戦だった。ユイたちは自分のように甘くない。容赦なく作戦を遂行しているはずだ。それが羨ましくもあり、また受け入れがたい面でもあった。


日が落ちたように辺りが急に暗くなった。強風が吹荒れ、前を向いていられない。鬼道丸にしがみついて踏み止まる。空を仰いだ時、ようやく大国が本腰を上げた事を知った。

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