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あの桜はまだ燃えているか  作者: 濱野乱
あの桜はまだ燃えているか 承前
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老兵と人形遣い 其のニ


鬼道丸が髪を振り乱し、隊長に踊りかかった。氷上を滑るように間合いを詰める。


隊長は捕まる寸前のタイミングで飛び跳ね、鬼道丸の肩にのしかかる。邪魔者を除けようと腕を振り回す鬼道丸の頭をはがいじめにし、ひっこ抜こうとしてきた。


「うおっ!?」


鬼道丸の襟付近から蒸気が噴出し、隊長は驚いて距離を取った。


油断しきっていた花菱は気を引き締める。


「人形の急所は首じゃねえぜ」


「知っとる。間接が見えづらかったんでな。頑丈な良い人形だ。これ」


この隊長、小さいながらスピードで鬼道丸を圧倒していた。


それだけでなく人形の弱点の一つが間接だと見抜いている。外装をいくら強化しても構造上、細かな動きを制御するために接続部分は脆くなりがちである。鬼道丸も着物の袖や裾で間接を見えづらくして弱点をカバーしている。


「嬢ちゃんも目線をずらして人形の動きを読みづらくしてるな。一流の使い手だ」


「そりゃどうも」


人形は仕掛けが眼目だが、操者の扱いもそれ以上に重要だ。鬼道丸のような操者が側で操る人形の場合、操者の挙動で人形の動きが読まれやすい。花菱は訓練により、まるで鬼道丸が自分の意志で動いているかのように操ることができるが、それも完璧だとうぬぼれているわけではなかった。


「じっちゃん、なんで人形にそんなに詳しいの?」


「年の功。昔、人形遣いと戦ったことがある。九十年前くらいか、確か花菱という屋号もその頃からあった」


人形遣いは減少傾向にある。かつては屋号を持った職人集団がいたらしいが、現在ではほとんど残っていない。花菱も自分の師匠以外の人形遣いに会ったことがなかった。


饒舌になった隊長は質問を続ける。


「こっちも聞きたい。なんで自立可動型にしない。この人形もっと強くなりそうだが」


現代の冒険者の技術なら、人工知能を搭載した完全自立型の機械人形を作成できる。鬼道丸は古いタイプで仕掛け人形とか、ただカラクリと呼ばれる。


「人間の紛い物を作りたくないんだよ」


「これも紛い物違うんか?」


花菱の認識は人間は人間、人形は人形という厳格な区別を求める。自分で物事を判断する機械人形は人間に近過ぎるため、花菱は嫌煙しているのだ。


「紛い物だからいいのさ。本物に近い偽物なんて美しくもなんともない。単なる模造品に過ぎないよ」


「はー、嬢ちゃんの言うことはよくわからんな」


隊長が感嘆していると、検問所から援軍のアニメモが大挙して押し寄せてきた。皆、浮き足立っており、統制が取れているとは言いがたい。


「隊長、街の周りに壁が!」


「黒い大木が生えてます」


「女王の援軍はまだですか」


隊長は混乱する隊員たちを腕の一振りで黙らせる。


「どうやってわしらを素通りして領内に入ったとか訊いてる場合じゃねえのう。悪さをしてるのはお嬢ちゃんの仲間かい」


「そうだよ」


隊長は街の方角に耳を澄ませる。薄々異変に気づいていたが、不惑の心に暗雲が垂ち込めた。


「仮にあたしを人質にしてもあいつらは止まらないぜ。悪いがそういう決まりなんでな」


教団にとって人材は貴重なものだが、必ずしも個人を優先するわけではない。きちんとした取り決めはないが、暗黙の了解となっている。花菱も取引に利用されるくらいなら派手に散る事を選ぶ。


「嬢ちゃん、あんた、どうしてこっちに来たんだね。検問を素通りできるなら、ここに来る意味ないじゃないの」


「弱いもの虐めが嫌いなだけだ。こうしてあんたみたいな強い奴に出会えたしな」


隊長はくるりと花菱に背を向ける。背後から殴りかかる野暮はしないが、隊員たちはどよめいた。


「わしは、嬢ちゃんが単なる殺戮狂なら適当に相手して通そうかと思ってた。そんな奴相手に命かけるの馬鹿らしい。が、やめた」


隊長が横目で振り返る。花菱と初めて目が合った。白内障にかかったような濁った目だが、射ぬくように花菱を見ている。


「あんたは卑怯だ。汚い仕事は仲間にやらせて自分はきれいごとばかりほざきよる。そういう奴がわしらは死ぬほど嫌いなんですよ」


鬼道丸の上体がふいに沈み込む。反撃の暇は与えられず、頭から橋に叩きつけられた。花菱の目に追えない動きで隊長が攻撃を加えている。回避させようとしたが、身動きが取れない。人形の動きが封じられると人形遣いは歯がゆい思いをする。二流以下に限っては。花菱は違う。好機と見ている。


隊長は鬼道丸を踏みつけながら、若い隊員たちを叱りつける。


「ぼさっと見てるんじゃない。わしが人形を押さえてる間にその女の首を取れ。取り押さえようなどと生やさしいことは考えるな。いけ! いけ!」


人形遣いの最大の弱点は、操者が無防備になった際の危険度である。


近接戦に特化した冒険者の戦闘力を百と仮定した場合、人形を排した人形遣いは高く見積もっても三十から四十程度の力しかない。丸腰の人形遣いは最弱の呼び声が高いのである。


花菱もそれを心得ているから、落ち着いたものだ。


うつ伏せの鬼道丸がゆっくり指を開き、背中にいる隊長に腕をのばそうとする。


藁をつかむような緩慢な腕の動きは、粗雑に払いのけられる。単純な攻めは届かないと教えるようだったが、隊長は自分の耳が焼かれるような熱さになっているのに気づいた。白い毛が見る見る赤く染まる。隊長の左耳が無惨に引きちぎられていた。

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