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あの桜はまだ燃えているか  作者: 濱野乱
あの桜はまだ燃えているか 承前
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プランB


この地面は地獄に繋がっている。


実感を得るためにスコップを地面に突き刺す癖がついた。物心ついた頃にはお人形を埋めていた。三歳の時、子猫を砂場に埋めた。七歳の時、成犬のゴールデンレトリーバーを小学校の校庭に埋めた。十五歳の時、義父を家の庭に埋めて火をつけた。 


ユイはスコップを片手に黒煙の中をうろついていた。目と鼻を覆うゴーグルで視界を守っているが、焼け付く木材の熱さと臭いに辟易する。


火の回りが予想より早い。前もって準備しなければこれだけの被害にはならない。予期せぬ爆発と凶行にグラナダ軍は為す術がなかった。


逃げ惑う兵の後頭部をスコップで殴る。倒れた兵はくの字に折れ曲がりながらも、苦痛から逃れようと手足をばたつかせている。もう一度スコップを叩きつけると虫のようにへばって動かなくなった。


「グラナダの兵を皆殺しにせよ」


と、騎士団はリヒターに命令を受けている。ユイも騎士団と行動を共にし、掃討作戦に従事していた。


昨夜までグラナダ兵は教団と共闘する立場であり、対立する存在ではなかった。一夜で事情が変わったのである。


「ニーベルンデンの刺客が二名だけとは限らない。狼はまだ近くに潜伏し、機会を狙っているかもしれない。誰がそれを知っている? 僕らしか知らない。それでいいじゃないか」


狼少年は、大人の気を引くために狼が来たと騒ぎ立てるが次第に相手にされなくなり

、結局狼が来た時には誰にも助けてもらえない。とはいえ、狼少年が嘘をついていたとは誰にも言えない。大人が出てきた時には狼はもう去った後だったのかもしれない。証明する手だてがないなら狼は実在したのである。


リヒターは昨夜の襲撃の規模を大きくしようとしている。狼の襲撃は昨夜だけで、今、火をつけているのは騎士団の子供たちだ。


騒ぎを起こすだけでも十分だが、士気の低い兵など足手まといでしかない。遊び駒を攻め駒に変える一石二鳥の手だ。甚害な被害を訴えれば、ニーベルンデン側はさらに弁解が難しくなり、戦争はこれで避けられない。リヒターには初めから交渉する気などなかったのだろう。


総長がこの事態を把握しているかは定かではないが、暴れる予定に変わりはない。ユイは準備運動を兼ねて兵を屠っている。


煙の中の人影を目の端に捉え、ユイはスコップを構えるが、相手は兵ではなかった。


「やあ」


リヒターが悠々とユイの眼前に現れた。煙を立ち割り、光をまとうような柔らかい微笑を浮かべている。


「お早いお帰りで。お一人ですか」


「さすが耳が早いな。彼女は送って来たよ。振られてしまった」


ユイは与汰話につきあわず、スコップを肩に担いだ。


「言われた通りにやっておきましたけど、我々だけで大丈夫でしょうか」


「弱気とはらしくないね。ユイ君は強気の方が似合うのに」


ユイが不安に思っているのは戦力の多寡ではない。A級の冒険者一人で、一国の軍隊に比すると言われている。


グラナダ(教皇の権力)はこれまで教団の後ろ盾となってきた。大国に本拠地に置き、その庇護を受けるのがギルドにとって何より重要なのである。ユイの目にはその関係を一方的に反故にするような暴挙に映ったのである。


「私は慎重ですから。石橋を叩いて叩いて叩き壊すくらいですから、心配になるんですよ。総長は何と?」


「城主が間に合わないなら、プランの変更もやむなしさ。デバイスを回収すれば総長も文句は言わないだろう」


リヒターはさりげなく自分の意見を押し通す術に長けている。今回も事後承諾で切り抜けるつもりらしい。


総長のカトーは予定外の行動を嫌う。リヒターが私情にかまけて暴走したとして簡単に許すだろうかという疑問が残る。


もし、グラナダに後ろ盾としての価値がなくなったとしたら、つまり教皇の権力に何らかの陰りが見えたとしたら、リヒターの大胆な行動にも説明がつく。


推測に過ぎないが、決定的に状況が悪くなったわけではない。リヒターが見境なく暴走しようが、グラナダがなくなろうが、教団自体がなくなるわけではない。


自分さえ生き残ればいいだけの話だ。今より悲惨な状況に置かれても切り抜けてこれた。花菱やゲーテも臆することはないだろう。元より、安息を求めている者など一人もいない。今回の作戦は強制だが、ほとんどの作戦の参加は自由意志に任されている。その場合ユイは刺激があるかないかで任務の価値を計ることが多い。


「刺激的でしょうか。今回の作戦」


「刺激のあるものにしようじゃないか。僕らならきっとできるよ」


リヒターとユイは花菱、ゲーテと合流し、火の手の届かない丘に移動する。逃げようとして力つきた兵が所々に点在していた。途中ユイは忘れ物に気づいた。


「あ、クマ子さんを置いてきてしまいました」


ユイが重大な事実を思い出すと、全員が気まずそうに目を伏せた。


「あの人寝起きクソ悪いだろ。あたしまだ死にたくねえ」


「同意」


花菱とゲーテが責任を回避すると批判の矛先は自然とリヒターに向かった。


「つーかよー、クマ子さんの世話は副総長の仕事だろ。どうなんだよ」


花菱のリヒターに対する当たりが以前に比べて若干きつい。駐屯地を離れた空白の時間のことを根に持っているようだ。


「彼女も立派な冒険者だからね。上手く切り抜けると信じて待とうじゃないか。僕らは目に見えぬ連帯で繋がっているんだ」


リヒターは開き直りとも無関心ともとれるような言い方をしたが、その他のメンバーもクマ子の安否をさほど気にしていなかった。彼女は最強クラスの冒険者の一人だ。この程度の事故は危機に含まれない。


駐屯地の火は風に煽られ、竜巻のように勢いを増していた。教皇代理は既に避難していが、クマ子の行方は知らなかった。誰も気にとめられずに火災の中、クマ子は眠り続け、目覚めるのはさらに一日待たねばならなかった。 


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