ベストパートナー
花菱と別れたユイは、副総長のリヒターを探して駐屯地を歩いた。
配下の子供を見つけて訊ねても、
「閣下は御留守です」
と、すげなく答え走り去ってしまう。彼らは何やら忙しそうに動き回っており、掴まえるのも一苦労である。
ユイだけでは方針を決められない。一足飛びに総長に指示を仰げば、リヒターの顔を潰しかねない。リヒターは嫌悪の対象だが、目上の体面を守る配慮を忘れなかった。
「私も結構大人になったかな」
いつからか個人の欲求より組織を優先させるようになった。組織のおかげで面倒な係争を避けられる上、資金援助も受けられる。見返りとして教団とカトーに対する責任は果たさねばならない。
「何をぶつぶつ言っておるのだ」
駐屯地の一角で、亀のゲーテが本を読んでいた。自身は木箱に体を乗せ、本はスタンドに立てかけている。スタンドには紐付きピンが結んであり、糸を引くことでページをめくる仕掛けになっていた。
「あ、ゲーテさん」
滅多なことでは心を開かないユイだが、例外もいる。教団の生き字引的存在のゲーテはその該博な知識からユイの尊敬を受けていた。
ゲーテの周りには、色とりどりの紙風船がいくつも散らばっている。拾ってみたが、何の変哲もない重みが手のひらの上に広がるだけだった。
「決戦用の仕込みをしていたのだ。騎士団の子供らに手伝ってもらっていたのだが、いつの間にかいなくなってしまった。ユイ、手伝ってもらえないだろうか」
「いいですよ。どうせ暇ですし」
ユイも木箱を引っ張り出して腰掛け、紙風船を膨らませる作業を手伝った。ゲーテもリヒターの居所は知らないと言う。
「何やら、女を連れてどこかに行ったそうだぞ」
ゲーテは口元を緩ませてリヒターの情報をくれた。表情はわかりづらいが、皮肉めいたニュアンスが伝わる。
花菱の片思いは近いうちに終息しそうである。元より脈がないと思っていたユイは特別驚かない。
「強い人は余裕ありますねえ」
「左様。だが陰で努力を重ねている御仁だ。油断ならぬ」
傲岸なゲーテだが、一目置いた相手には賞賛を惜しまない。無論、ユイにはおもしろいはずがない。強く息を吹き込みすぎて紙風船を破いてしまった。
「こつこつで出世できるなら苦労ないですよ」
「ははあ、ユイの僻み癖が出てきたな。副総長にも同じような可愛げがあるといいのだが」
ゲーテも、リヒターの演技を見透かしていたが、指摘することはない。人間関係で余計な波風を立てないという点でユイと考えが一致していた。
「花菱はどうした。一緒ではなかったのか」
「あの人ナンパされちゃって、私お邪魔みたいだから逃げてきちゃいました」
ゲーテのページをめくる動きが止まった。どんな本を読んでいるのか気になってのぞきこんてみると、挿し絵付きイソップ童話の狼少年のページが開かれていた。狼が戯画化されたタッチで描かれている。
「ユイは花菱と仲がいいな。小生より花菱と組んだ方が良かったのでは?」
教団では基本的に二人一組で行動する決まりになっている。ユイはゲーテと組んで半年程になるが、不満はない。ゲーテはユイの趣味に基本的に干渉してこないし、必要な時は手を貸してくれる。戦闘に関してもこれ以上ない相棒だと思っている。
「どうしたんですか? ゲーテさん。ゲーテさんは私がパートナーじゃ不満なんですか」
「そうではない。ユイの気持ちを聞いているのだ」
語気を強めるゲーテを前に、ユイは笑いを押さえきれない。嫉妬心を知りながらとぼけるのは気持ちがいい。
とはいえ短い優越感と引き替えに関係に亀裂が入っては元も子もない。ユイはゲーテの腹の下に手を入れて抱き上げた。
「やだなあ。あの人と組んだら命がいくつあっても足りませんよ。私まだ死にたくないですし」
「そうなのか?」
誤解を受けやすいがユイは希死願望が強いわけではない。恋愛に興味はないが、人並みに娯楽を楽しむし、快適な生活を望んでいる。
「私にはまだまだやりたいことがたくさんあります。そのためにはゲーテさんの協力が不可欠です。これからもご指導ご鞭撻よろしくお願いしますね」
おべっかではなく、心から願い出ている。ゲーテもユイの気性を知り抜いているから疑念はその時点で晴れたと言っていい。種族の枠を越えた絆が深まった。
「おおかみだー!」
ふいに子供の叫び声が聞こえた。ふれ回るような長く尾を引く声が危急を知らせる。ユイたちのいる天幕のすぐ側だ。
ゲーテを地面に下ろすと、声のした方向にすぐさまユイは飛び出した。天幕の裏手に騎士団の子供が一人でいるのを見つけた。
子供の白い衣装は返り血を浴びて黒ずみ、手には玩具のようなナイフが握られていた。




