弟子入り志願
人の流れに逆らうように、花菱とユイは移動している。
道すがら歌が終わったことを知ったが、リヒターの元に急ぐ目的は変わらなかった。今後の対応を協議するためである。
ニーベルンデンの奇襲が、前もって企図されたものか、末端の暴発なのか、もはやどうでもいい。膠着状態を自ら破ったことにより、ニーベルンデンは退くに退けない状況に追い込まれつつある。
「あの、ちょっとすみません」
花菱の後ろを、小柄な人物がついてくる。白いローブを頭からすっぽりかぶった少年が、懸命に取り縋ろうとしていた。二人は気づかないのか、わざと無視しているのか足歩を緩めない。
ユイも花菱も普通の人間からすると、足が速いためついていくのもやっとだ。すぐに少年の息が切れる。距離はぐんぐん開いていった。
何度呼びかけても、足を止めない二人に対抗するべく少年は秘策を放つ。息を大きく吸い込み、威勢よく声を発した。
「そこのきれいなお姉さん! ちょっといいですか!」
ぴたっと、花菱が足を止める。ユイは少し先を歩いてから花菱が来ないので戻ってきた。
「だれだぁ? あたしを呼んだ奴は。ひやかしならぶっ殺す」
花菱は鋭い眼光を群衆に振り向ける。兵たちはみな見て見ぬ振りをして走り去っていった。
見るからに自信のなさそうな一人の少年が花菱の前に残されていた。フードの下には切りそろえられた金髪、面長の顔、鼻の頭にはそばかすが浮いている。
「この子が用があるのは花菱さんじゃないですよ。私だよね、ボク?」
花菱を押し退けるようにしてユイが少年の体に触れる。背中をなでさすり、やけになれなれしい。目には獲物を物色するような下心が存分に見て取れる。
花菱は少年からユイを引き離す。二日酔いの頭痛がひどく後を引いている。面倒は御免だった。
「おい、こいつ人さらいだから気をつけろ。マジではらわたくり貫かれるぞ」
少年は固まって動かない。花菱の脅しが効いたのは良かったが、これでは埒があかない。
二人は少年を置いて、再び歩きだそうとする。引き止めるため少年が放った殺し文句は強烈だった。
「ぼ、僕を……、弟子にしてください!」
花菱は、少年騎士たちの歌が聞こえないか耳をそばだてている。歌で二日酔いの気分を紛らわせたかったのだ。
「弟子? 私たちの? どうしてかな」
ユイはかがみこんで少年の相手を始めた。裾の長い赤いチェックのシャツにニット帽、どこにでもいそうなこの少女はしかし、油断なく少年の骨格に注目していた。
(ちょうどこのくらいの年の子のコレクション、一ダース欲しかったんだよなぁ。副総長も一人くらい譲ってくれたらいいのに)
「志願の理由でありますか?」
「あ、うん。教えてくれる? (弟子なんか欲しくないんですよ。欲しいのは君の体。人気のない所にさっさと連れ込んで処理したーい)」
不埒な考えをおくびにも出さず、話を合わせる。昨日の襲撃があった翌日だ。一人くらいいなくなっても誰も気にしないだろう。とはいえ目立たず仕事がしたい。ユイはその機会を冷静に伺った。
そういった思惑を邪魔するように花菱は少年の胸ぐらを掴んで揺さぶる。
「おい、てめえよぉ、あたしらがどこの誰かわかって言ってんのか? ああ!?」
花菱が形ばかりの恫喝をしても、少年は目をそらさない。よほどの覚悟があると見える。
「知ってます。ヒトコロス教団の方でしょう。仲間を救出する義勇軍なんですよね」
ユイはぷっと吹き出した。花菱は、しかめ面をしたまま手を離した。
「んな、大層なもんじゃねえよ。つーか、てめえ見ねえ顔だな」
「はい。自分は、従軍司祭補です。申し遅れました、マナウスといいます」
手短に自己紹介を済ませると、ぺこりとお辞儀した。礼儀作法が板に付いている。
グラナダの国教であるクロヴィス教の信徒は全世界で、一億を超える。カトーが総長に就いてから花菱たち教団のメンバーも無理矢理改宗させられていた。教皇の権力を利用することで様々な恩恵に与るためだ。
マナウスは、アテナと共に陣営に到着した新参のグループの列に連なっていた。司祭は兵のメンタルの相談に乗ったり、歴史を編纂するための記録係を兼ねている。
「坊さんかよ。とっとと帰んな。ここはお前みたいなぼんぼんの居るところじゃねえんだ」
「返す言葉がありません。僕は剣も握ったこともありませんから」
マナウスは自嘲するように笑い、後頭部をかいた。
「……、だろうな。それが何であたしらの弟子になりたいなんて言ったんだ」
「神官様の話を聞いてしまったんです」
マナウスは、教皇代理である神官アテナのお世話係を任じられていた。今朝、食事を天幕に運んだ際に、アテナが誰かと話しているのを聞いたらしい。
距離もあった上、話の内容を完全に理解するにはマナウスは幼すぎた。それでも、不穏な空気を感じ、いても立ってもいられなくなったそうである。
「あの女には何か企みがあるんだと思います。教皇様をたらしこみ、軍まで動かすとは何たる暴虐。これは陰謀ですよ。黙っていられますか」
これまでアテナの行動に疑念があった二人は若干興味をそそられた。
正義感に燃える少年はさらにまくし立てる。
「そもそも神官が内政に干渉してくるのがおかしいです。あの女が来てからグラナダはおかしくなりました」
神官は教皇の直接の臣下というわけではない。
かつて世界を救ったとされる英雄クロヴィスを信仰しているという点では同じだが、神官はより原理的な宗派に属している。神官になるには膨大な神学の知識に加え、妻帯の禁止、禁酒、その他厳しい戒律を守らなければならない。
エルフガイムという特区に本拠を構え、秘儀により異世界から冒険者を呼ぶのが本業だ。神官たちは全世界に散らばり、いつの頃からか各国の政治に影響力を持つようになっていた。
冒険者にとっては初めで出会う異世界人だ。切っても切れない縁と言っても差し支えない。
「それを言うなら教団もグラナダと全然関係ねえよな。総長が勝手に売り込んで、教皇に承認されただけだもん」
「花菱さん、しっ!」
教団はグラナダ政府と直接の関係はない。あくまで教皇の子飼いの部隊という扱いで、国民の認知度も低い。今回の従軍は神官より、カトーの意向が強く働いたと花菱たちは思っている。重箱の隅をつつけばこの関係はたやすく瓦解しそうだが、教皇の権力が強い上、カトーは教皇の全幅の信頼を得ている。この蜜月は、カトーか教皇が死ぬまで続くものと思われた。
「そうなんですか。でもお二人はグラナダのために戦って下さるんですよね?」
マナウスは若干落胆したようだが、確信を込めて花菱を見上げた。災いの種を持ち込んだのは教団だ。ならば、その尻拭いをするのは筋ではないか。なるほど、この少年はそれなりにふてぶてしい。
否と答えれば、アテナを罵ったものと同等か、それ以上の悪口雑言が飛んでくるに違いない。それでも花菱は首を振った。安受け合いは性に合わない。
「するわけねーだろ。お前の国がどうなろうが知ったことじゃねえよ」
マナウスは一度食ってかかるような顔をしたが、思い直して背中を向けた。
ユイは懐柔を諦めて既にその場を立ち去っていた。コレクションにならない以上、愚痴を聞く理由は全くないのだ。
「どうしても僕を助けてくれないんですか」
マナウスが背中を向けたまま言った。花菱が聞いているかはもはや関係なく自分の置かれた立場を嘆いているようである。
「本音はそれだろ? 結局誰でもいいんじゃねえか。こんな美人でカッコイイお姉さん捕まえなくてもよ。他当たれよ。それか忘れろ」
これで納得するだろうと、花菱は話を打ち切った。部外者が口を出す話でもなさそうだし、今は目先の戦争の準備に忙しい。
「無理ですよ。上役に話しても信じてもらえませんでした。神官様が猫と喋っていたなんて」
冒険者の能力で猫を操っていたなら説明がつくし、珍しいことでもないが、それを知らなければ真に受ける人間は少ないかもしれない。
「その猫はなんて言ってたんだよ」
マナウスは飛びつくように素早く返答する。
「箱船がどうのと言ってました。これって何かの符丁ですかね」
花菱はどこかで箱船という単語を聞いた気がしたが、思い出せない。酒が抜ければあるいは思い出すかもしれない。その前にマナウスとの会話も忘れてしまいそうだ。それほど重要とも思えないからなおさらだろう。
「お前、あんまちょろちょろ動き回んなよ。早死にしても知らねえぞ」
「すみません、性分なもので。花菱烈華さん。下のお名前可愛いですね」
名乗った覚えはないのだが、マナウスは自信有り気に名前を呼んだ。
「ん? あたし名乗ったっけ」
「いいえ。せっかくなので僕の能力を試して頂けませんか」
そう言うと、マナウスは心配になる程の勢いで自分でこめかみを殴った。
「えー、花菱烈華、職業人形遣い。ランクはA、リョクメイ国で冒険者認定を受ける。担当神官バラルカバラライ」
マナウスが一人で喋っているのは花菱の個人情報である。花菱は神官の名前を失念していたから頭の中身を読み取ったわけではないらしい。
「花菱鉄左衛門から屋号を受け継ぎ、今の姓を名乗る。教団の前身団体である八重頭神社メンバーの一人。前総長、リリス=トロイメライとは浅からぬ仲」
花菱は殺気混じりにマナウスを見下ろした。
「早死にするって言ったよな。二度目はねえぞ。胸に刻め」
花菱の警告に対し、マナウスは苦し紛れに歯を見せ笑った。
「僕、記憶力が人よりいいんです。今の情報も公文書館で目にしました。お役に立てませんかね」
教団にもこの手の能力者は足りているため必要ないが、自分から売り込んでくるだけの事はある。マナウスは初めから花菱をターゲットにして近づいてきたのだ。油断ならないし、思い出したくない過去を掘り返され不愉快であった。
花菱は鬼道丸を呼んで、マナウスを遠くに運ばせる。
「適当な所に捨ててこい」
「御意」
赤髪の巨人に恐れをなし、当初マナウスは目を丸くしていたが、遠ざかる最中も笑顔で手を振っていた。
「話聞いてくれてありがとう! きれいでカッコイイ花菱さん! 弟子の件考えておいて下さいね」
花菱は唾を吐いて、ユイの後を追った。花菱はマナウスに抵抗を説かなかった。本意ではない組織の人事にあらがっても辛くなるだけだ。自分がいつの間にかつまらない大人になった気がして、歩みはだいぶ遅くなった。




