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あの桜はまだ燃えているか  作者: 濱野乱
あの桜はまだ燃えているか 承前
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アンビバレンスな二人


ユイの呼びかけに、花菱裂華は振り返った。

年齢は二十代代前半、大きく足を広げた立ち姿は粗野で飾り気がない。


厚い唇にはキセルをくわえて格好をつけていた。黒い髪に赤いメッシュ、男物の縞の着物を着崩している。襟からは晒しの巻かれた胸がちらと見えたが、打算あってのことではなく、単にだらしがないのである。


「おう、ユイか」


切符の良い口調で、花菱はユイの訪れを喜んだ。


「おつかれ様です。思ったより早かったですね」


「そうか? 道中暴れながら来たからよ。間に合わなかったらどうしようかってヒヤヒヤしたわ」


花菱はユイの頭を脇に抱え込み、声を落とす。


「つーかよ、マジ何なんこれ。めっちゃ臭え。中身見るなって言われたから見てねえけど」


文句を言いつつ運んできた荷物に親指を向ける。ユイは首を傾げた。


「納豆みたいな良い匂いじゃないですか」


「はあ……、お前の実力は認めてるけど、その感性は全く理解できんわ」


「その言葉そっくりそのままお返しします。花菱さんもお変わりないようで」


二人は顔を見合わせて笑い合い、再会の喜びを分かちあう。先ほどリヒターに対してムキになったのは花菱を毛嫌いしてのことではない。リヒターの物差しで花菱を評価したことに憤ったのである。


「まあな、ぼちぼち。あたしの新作見る? こいつがお前のでけえ荷物を運んだんだぜ。文句も言わずにな」


花菱の背後から異様な影が浮かんだ。

鉄を踏みしめるような音を立てながら、大男が姿を現したのだった。赤い髪を獅子のように垂らし、顔には真っ白なドーランと隈取り、紅白の羽織に黒の袴、腰には大振りな日本刀と脇差しが差さっている。


「あいやっ、しばらくー!」


大男は両手を上げて足を踏みならし、ユイの面前で見得を切る


「それがし、鬼道丸と申す者。以後おみしりおきをーッ!」


飛び出しそうなほど見開かれた目玉と、尋常ではない声量にもユイは注意を払わず、花菱に目を向けている。


「この歌舞伎者、前の奴よりましなんじゃないですか? 最高傑作かどうかは知りませんけど」


「だろ? B級以下の奴なら瞬殺だぜ」


「ひでー、辻切り。ちなみにどのくらい試し斬りしたんですか」


「四十九人。情報が広まって相手にされなくなった。それに辻切りっていうけどな、合意の上なんだぞ。ちゃんとセーフティー機能もつけてるし」


鬼道丸は、両腕を腿につけ直立の姿勢を取った。みじろぎはおろか、まばたき一つせずに花菱の指示を待っている。彼は花菱によって作られた魂を持たない機械人形だ。腕につけられたFGを模した機械が、花菱の思念を伝達する装置だった。


花菱の生業を一つ上げるなら、人形遣いというものに該当する。


「芸術は美しくなければ意味がない。それなのに芸術を語る人間の本性は歪だ。人間は不完全だが、人形はこんなにも美しい。矛盾アンビバレンスこそが、芸術の本質なのかもな」


花菱の哲学は、耳にたこができるほど聞いていた。頑固な職人気質で、過去どこのギルドにも所属せずに殺戮人形ばかりをこしらえていた。数年前、隣の長屋に暮らしていた前総長にスカウトされ教団のメンバーになった。


「それはどうですかね」


ユイは花菱に同意せず、持論をぶつける。


「人間を模している時点で、勝負ありです。神様は生産するのが嫌になって私たちを楽園から追放したんです。醜くも儚い生が、美しいだなんてどうかしてますよ」


「だからその禁忌を侵すのが楽しいの。なんでわかんないかなぁ……」


花菱はキセルを力一杯噛んでいる。こういった議論をしょっちゅう交わしているので慣れっこだ。


「じゃあよ、お前の芸術家としての望みは何なんだよ、ユイ。講釈たれるんだから、あたしより高尚な目的をお持ちなんだろ」


「私は自分のお墓が建てたいんです」


ユイは花菱に目標を開陳する。滅多に話す内容ではないので緊張した。


古来より権力者は己の栄華を後世に誇るために、巨大な墳墓を建てた。死後も忘れられないために、記憶ではなく記録に残るための最後の悪あがきだ。だがユイはそれが見苦しいとは思わない。もし何の足跡も残さないまま、さらに自分に関する記憶を持つ人間が消えてしまったら、自分がいた証をどう立てるのか。その時、真の死が訪れる。ユイにはそれが耐えられなかった。


「私は誰にも負けない大きなお墓とたくさんの人身御供が欲しい。私という人生を彩るモニュメントを作りたいんです」


「あっほらし」


花菱は真顔でユイの願望を否定した。その時点でナイーブなユイは泣きべそをかいた。


「人間が墓を建てるのはよ、生きてる人間に向けてやってるわけじゃねえ。自分があの世に行った時に自分が死んだことを忘れねえために建てるんだ。墓標って言うだろ。つまり標識だな」


「死後の世界肯定派ですか。行ったこともないくせに。あっちに行ったら花菱さんだけ仲間外れにしてやる」


「どうぞお好きに。裸の王様気分を満喫しててくれや」


癇癪を起こしたユイは花菱に殴りかかるが、鬼道丸に抱き抱えられ、肩車されてしまった。


「ちょ、何するんですか。高い!」


普段の視野から一段高い眺望に後込みする。近くの山の岩肌まで見えそうだった。


「いい眺めだろ。墓じまいなんか忘れちまうくらいによ」


ユイは鼻をすすって花菱の頭を見下ろす。花菱はユイを誤解している。ユイは今の人生を謳歌している。巨大な墓を建てるための土地探しも、さらった人間を人身御供に変える作業も楽しんでいる。人生が退屈だからあの世に救いを求めているわけではない。結果だけではなく、過程にも意義があるのは花菱も知っているはずなのに意見が噛み合わない。


「おせっかいなんですよ。死ねばいいのに」


「お? いっちょやるか? ユイは鬼道丸の相手にちょうど良いと思ってたんだ」


「いやです。めんどくさい。もう下ろしてください、鬼道丸さん」


鬼道丸は腰を曲げユイを地面に下ろした。ユイは意固地に花菱を見上げる。


「私は楽しんでやってますから」


「そっか。なら良かった。今回も嫌々参加してると思ってたから」


花菱はユイの頭を軽く撫でた。おせっかいが過ぎる。悔しさとは違う涙が出そうになったのでユイはその場を離れた。花菱と鬼道丸が後からついてくる。


「あたし、エチカの馬鹿に金貸してんだよ。八万フラー」


「私は十二万です」


「マジ? 絶対取り返そうぜ。ついでにあいつの彼氏の顔も拝んでいかないとな」


好戦的な花菱の寿命は、それほど長くないと思われる。彼女の華が散ったら、自分のお墓に供えようとユイは密かに狙っている。


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