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あの桜はまだ燃えているか  作者: 濱野乱
花盛りの君たちへ〜ニーベンルデン血戦編〜
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古きものと新しきもの

 

 ショータは訓練の合間に宮殿に行き、女王に謁見を求めた。アポもなかったので門前払いを食らうことも覚悟したが、名前を出すとつつがなく奥の間に通された。


 チェスカは一人、ドーム型の最上階から街を見下ろしている。この場にいないアナは関係各所に奔走していると聞いた。氏族の連携が上手くいっていないらしい。


「このまま国が滅ぶのを指をくわえて見ているつもりか」


 ショータが開口一番、国難を指摘するとチェスカはゆっくりと振り返った。


「人も獣も、大した違いなどないのかもしれぬ。昔は意地を含めてそう思っていたが、それを冒険者に教えられるとは思わなんだ」


 ニーベルンデンは広大な国土を有するが、測量が不完全で明確な土地の境界線が出来上がっていない。定住になじめず放浪する氏族もまだ多く、今回の戦闘に巻き込まれる者が相次いだ。


 教団は反転せず、集落などを襲撃しながら進軍を続けていた。まるで手負いの獣のような必死さだ。兵器に頼りきりで戦の勘が鈍ったニーベルンデン側とは皮肉な対称をなしていた。


「チェスカ、君は本当に教団に勝つつもりがあるのか。今のままでもたとえ勝っても……」


 カンザス家を初めとした氏族に対する国民の不満は高まっている。これまで長年の宿敵だったグラナダが突然、友好国になったという情報も未だに浸透していない。偽情報だと信じる者すらいる。


 ユミルから大量に武器を買い込んでいたのも、裏で女王蜂の資金協力を得ていたのも心証を悪くしていた。冒険者の代理戦争をしていると思われてもしかたない。


「外敵に対し、氏族がまとまり新しい世が来るはずであった。しかし現実はどうじゃ、兄上は行方不明、氏族はバラバラ、敵は目前に迫っておる。戦争は何が起こるかとんとわからぬ。お主の言うとおり、わらわの立場も危ういのう」


 口では苦しみを伝えながらも、チェスカからは余裕を感じる。ショータは常々、違和感を持っていた。


「君はこうなるのがわかっていたんじゃないか。そうでなかったら女王蜂に騙されたとか文句を言うはずだ」


「買いかぶり過ぎじゃ。確かにあの女に鉱山の向こう五十年の使用権を与えたがな。それも一部じゃし、わらわの見通しが甘かった。それだけじゃ」


 現状では、女王蜂がチェスカをそそのかし、国の分裂を煽ったように見える。その結果、戦闘のいかんにかかわらず、改革の濁流は目前に迫っていた。ニーベルンデンが新しい時代を迎えつつあるのは間違いない。


 ショータは宮殿を後にした。チェスカの立場を考えれば、ミスを責めるべきではなかったかもしれない。早くに戦端が開かれたのは偶発的な事件が重なったせいだと聞いている。教皇の身柄を押さえる前に教団が動いたのは、チェスカの誤算だった。


 城下には家財を乗せた荷車を引くアニメモが目立った。戦火を逃れた氏族が続々と避難してきていた。首都、クーデルヴァレンチアは、白いドーム型の家が多い。中はかまくらのように一部屋の室になっている。穴を掘るのも得意で、地下室もあるのが一般的だ。


 物乞いの姿も目に付いた。やせ細って寝そべるアニメモに救いの手を差し伸べたいと思うのが人情だが、そんなことをすれば骨までしゃぶられてしまう。基本的に冒険者は現地の住民に深く関わらない。教団や、女王蜂が異質なのだ。


「だんなー、おめぐみを」


 ショータにしつこくつきまとう物乞いがいた。毛は生乾きでひどい悪臭を放っている。


「冒険者でしょ。儲かってるんでしょ。ね?」


「僕に財産はないよ。奥さんに全部握られてる」


 子供のなりでおかしなことを口にしたと思われて、物乞いにゲラゲラ笑われた。


「そりゃいいや。でもこの国じゃあ、昔から男が財布を握るってのが筋ってものだったんですよ。今じゃあ逆になってるけど。旦那も新しい世界の住人ってわけだ」


「色々変わりますよ。国も人も」


「俺はディゼルパイアの町に住んでたんです」


 生存者がいたとは聞いていなかったショータは、真偽を見極めようと足を止めた。物乞いは悪態をつきながら、戦地の悲惨さを噛みしめていた。


「冒険者はひどいことしやがる。仲間同士で争わせたり、しまいには町ごと消しちまいやがった。将軍は強かったけど、戻ってこないしよ」


 ショータの周りに殺気だったアニメモがいつの間にか集まってきた。目立たないように動くべきだった。冒険者に対する悪感情は最高潮に達している頃合いだろう。


 教団の仲間でないと証明できたとしても、この場を納めるのは難しいと思われた。ショータは機を見計らい、逃げるつもりだったが、最初に話しかけてきたアニメモが目に涙を溜めているのを見て思い直した。


「あんた、強いんだろ。いや、ここにいる時点で普通じゃないのはわかるよ。俺はぶるっちまって何にもできなかった。将軍に助けられて逃げ延びたけど、俺だけ助かっても何の意味もない」


 悔恨の念は、他のアニメモからも伝わってくる。彼らは氏族に対する不満よりも、自分たちの無力さを嘆いているのだ。


「そんなことないですよ。必ず生き延びた意味はあります。僕だって……、誰かに生かされてるからわかるんです」


 リリスや、エチカ、そして亡くなっていった者たちにショータは生かされている。その内に抱えた悲しみを匂いで感知して、拳を下ろしたアニメモもいた。


 ショータと話していたアニメモは、憎まれ口を叩いて去っていく。


「情に訴えたって駄目だよ。この世は取るか取られるかなんだ。負けちまったら、さあ終わり。俺は古い男さ。もういいや、旦那には俺の気持ちはわからん」


 シラケたようにアニメモたちが離れていく。一瞬だけ心が通いあったと思ったのは幻想なのだろうか。ショータは自信が持てない。 

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