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あの桜はまだ燃えているか  作者: 濱野乱
あの桜はまだ燃えているか 承前
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教皇代理とS級冒険者

 

 丸テーブルの上に隙間なく並べられたお菓子は壮観だ。ティラミス、モンブラン、アップルパイ。どれもこの世界に存在しないものだが、所望したら用意してくれた。持つべきものは権力だと実感する。


「騎士団の皆で作りました。お口に合うといいのですが」


 謙遜した様子の会話相手に、アテナは笑顔を向けた。


「女子力が、高いのね……」


 喉が詰まって声が上手く出せない。冬でもないのに、乾燥しているのだろうか。


 相手が、困惑した様子で手を伸ばしてくる。白手袋に握られていたのは、これまた清潔そうな白いハンカチだ。鳩の刺繍の赤目の部分と目が合う。


「涙を流すほど感激していただけるなんて光栄です、教皇代理。感受性が豊かな方なんですね」


 頬にすべすべのハンカチが当てられた時、寒気がした。自分が泣いているという事実が信じられなかったのだ。


「あ……、甘いものを食べるの久しぶりだからぁ。犬みたいに涎出ちゃったのかもぉ。ねえ、クマ子さん」


 媚びるようにテーブルの傍らにいる女性に声をかける。


 黒のスーツにパンプス。どこかのオフィスから召喚されたような女が立ったままテーブルのお菓子を凝視していた。


 年は二十代後半。肩にかかるライトブラウンの髪に、縁なしの眼鏡、痩せ型で陰のある雰囲気を纏っている。


「一人で食べきれないから一緒にどう? そもそも突っ立ってないで、座ってよぉ。クマ子さんってアテナと年齢近いでしょう? もっとお話しましょ」


「写真……」


  遮るようにクマ子は口を開いた。テーブルのお菓子を指さしている。


「撮っても……、いいでしょうか?」


 教皇代理の許可が下りると、クマ子は腕時計型タブレットでお菓子の写真を撮りまくった。


「彼女、食事に興味がないみたいで。僕の手料理もさっぱりです」


 教皇代理の顔を拭いていた腕が、クマ子を弁護する。


 腕だけでも長く引き締まったものだったが、顔も端正な美男子だ。白みがかった金髪、顔の造作は柔らかく幾分女性的。


 長袖の白い学制服に似た衣装に、天秤のマークの入った制帽、悠々と足を組んで甘ったるい笑みを浮かべている。 


「クマ子さんは情報を糧にしてるのね」


「情報で腹は膨れません。彼女の好みを把握するのが目下、僕の仕事のようです」


 クマ子は黙々と写真を撮っている。話に加わる気配は全くない。


 教皇代理は丸いチョコレートを一口歯に挟んだ。噛んでみると中からグミが出てきた。


「例のもの、間に合いますかね」


 カップに紅茶を注ぎながら、男は探りを入れてきた。


「さあ? 何か手違いがあったみたいよぉ。アテナは、ちゃんとシャルル王にお願いしに行ったけど」


「手違いは、これで二度目、です」


 クマ子がレンズを教皇代理に向けている。ピースサインで応じた。


「クマ子さん、失礼だよ。人間誰しも間違えるものさ。人間ならね」


 緩んでいた空気が引き締まる。教皇代理は 二人に頭を下げた。


「アテナの尻拭い。重ね重ね申し訳ないわ。お二人に来てもらうほどでもないんだけどぉ。心配性のカトーがどうしてもって言うから。でも頼もしいわぁ、”鉄血公爵”と、”腐針滅溶”。S級冒険者のお二人がいればまさに無敵。アテナ、感謝感激☆」


 教皇代理の惜しみのない賞賛に、クマ子は怒ったように眉をつり上げた。


「その呼び方嫌い」


  クマ子の親指の人指し指との間に数センチの針が光っている。クマ子の本名は熊蜂という。前職は凄腕の取り立て屋兼、用心棒だった。人を殺しても、全く痕跡を残さないことからついた二つ名が、


 腐針マン滅溶イーター


「落ち着きなよ、クマ子さん。僕らが戦うべきは教皇代理じゃない。僕らの目的は仲間の奪還だ。ですよね?」


 柔らかい物言いだが、腹の内を探る意図ははっきりしていた。


「もちろん。アテナたちは異教徒の手から同胞を救いに参上した正義の使者。共に頑張りましょうね」


教皇代理を残して二人が退出する。去り際、鉄血公爵が申し出た。


「そうそう。一つお願いが」


「はぁい。ぱふぱふ以外なら何でも聞いちゃうゾ☆」


「ショータは僕が貰っても?」


 教皇代理は物憂げに手を振った。


「ありがとうございます。手みやげは何がいいですかね」


「知らないわぁ。お祈りの時間だからもう行って。ショータ君によろしく~」


 鉄血公爵は満足したように歯を見せて笑い、窓から外に出た。入り口は前後左右の窓しかない。


 三人が会合していたのは巨大な御輿だった。天蓋には金銀がちりばめられ、三対の翼の描かれたグラナダの国旗は風で大きくはためいていた。


 御輿を背中に載せているのは小山のように巨大な白い象だ。象は神聖な生き物であると同時に、戦に勝利をもたらすと信じられていた。グラナダの最高権力者である教皇は代々、象に乗って戦地に赴く習わしである。


 教皇代理ことアテナは、お目付け役が消えた途端、テーブルを蹴り飛ばした。


 アテナは足先まで隠れる白いローブに、頭には月桂冠を載せている。神々しいまでの美貌は苛立ちのせいで微かに歪んだ。


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