御旗楯無も御笑覧あれ!
戦国時代に活躍した甲斐信濃の大名、武田信玄。
百人が百人。今の俺の姿を見たら、そう指差しながら呼ぶに違いない。
なにしろ、諏訪法性兜を頭に被って、赤糸威二枚胴具足を身に纏い、その上に朱色の陣羽織。床机に座って、右手には軍配団扇を持ち、そこに書かれた文字は『風林火山』の四文字。
何処からどう見ても誰もが何かで一度は見た事が有る武田信玄の姿そのものであり、それ以外の答えがまず浮かばない。もし、違う答えが出てきたら、その人は日本人でないと断言が出来る。
ここがコミケの会場なら間違いなく写真を撮られまくり。
さすがにセクシー路線のお姉様方には勝てないだろうが、一般部門の話題と印象は俺が独占。もし、テレビ局が取材に訪れていたなら、確実に取材を申し込んでくる筈だ。
それほど今の俺は圧倒的な存在感を放っていた。
解る人には解る。装飾の一つ、一つが凝りに凝っており、ダンボールやプラスチックで作られた模造品とは格が違う。
これこそ、触れるのも躊躇いを感じさせる本物だけが持つ輝き。
普段、ガラスの向こう側に鎮座する展示品を着てきたと言ったら、その世迷い言に誰もが失笑を漏らしながらも頭の片隅で『まさかな』と疑いを持つほどの美がここにあった。
「だって……。これ、本物だしな」
「父上、何か言いましたか?」
「いや、独り言だ。気にするな」
「はっ!」
そう、コスプレでは無い。
俺が身に纏う物全てが本物なら、思わず漏れた呟きを拾い、こちらへ顔を向けた左隣の床机に座る若武者が身に纏う当世具足も本物である。
鞘から抜きさえしたら人殺しの道具となり得る腰に差した刀も、四方に張られた武田菱の家紋が描かれた陣幕も、その外から感じる物々しさも全てが本物である。
しかし、俺も、若武者も銃刀法違反で逮捕される心配は無い。
そんな法令は今の世の中に存在はしない。概念すら生まれていない。
今は正親町天皇の世。永禄四年。
馴染みの深い西暦で解りやすく言ったら、千五百六十一年の戦国時代真っ盛り。
しかも、季節はこれから暑さが本格化する初夏。場所は長野県犀川の南。
ここまで言えば、戦国時代に詳しい人ならピーンと来ただろう。通称『川中島の戦い』と呼ばれる戦国時代を代表する一つの戦地だ。
どうして、二十一世紀の世の中に生きていた俺が戦国時代に居るのか。
そんなものは知らない。その答えを俺自身も切実に求めているが、これから先も恐らくは知る事が無いだろう。
しかし、俺が武田信玄に扮している理由なら説明が出来る。
二十一世紀の世の中に比べて、人の命があまりにも軽い戦国時代を生きてゆく為に選ぶしかなかった選択肢だったからだ。
だったら、何故に選ぶしかなかったのか。
それを語るには時間が少し必要になる。この戦国時代に降り立ってから、まだ四年ちょっとしか経っていないが、俺にとってはとても長い四年だった。
「御旗楯無も御笑覧あれ。……ってね」
だが、こちらへ向かっているだろう上杉輝虎が到着するまで時間の余裕はまだ有る。
もうすぐ始まる一世一代の大舞台を前に過去を振り返るのも悪くない。そう考えながら青空を見上げて呟いた。
戦国ファンタジーです。
勝利の合言葉は『細かい事は気にしない!』でお願いします。