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なんかよくわからんが、第二の人生のはじまり

 「汝に、大天使ルードヴィヒの加護があらんことを……」

 

 黒の司祭のくぐもった声が、地下聖堂に低く響く。

 祭壇の前で膝まづき、私は、銅製の盃を受け取った。

 私はチラリと後ろを確認すると、父と母、そして兄と幼い妹の不安そうな表情が見えた。

 聖堂の中は幾本もの蝋燭が灯され、人や物が作り出す深い影は常にユラユラと揺らめいている。

 黒の教徒達の合唱がはじまる。それは、聖歌のようでもあり、呪文のようでもあり、地獄の底から溢れ出す怨念のようでもあった。

 

 「では、盃を……」


 司祭の声に、私は手に持つ赤黒い液体に顔を近づけた。

 酒精の気配が鼻腔を通り抜ける。

 これが人生で初めて飲むお酒。

 私は、思い切って、その盃に口をつけ、一気に煽った。

 激しい渋みと、発酵臭、そして……鉄のような、そう。血の味。

 吐き出しそうになる寸前。異変がおきた。

 私が私でなくなっていくような……。いえ、私の中に別の誰かの意識が流れ込んできて、それが私の意識と混ざり合おうとしている。

 

 ”ついてねぇな……”


 誰かの声。いえ、私の声? 違うこれは、


 ”なんもいいことねえ人生だったなぁ”


 俺の声。え? オレ……?


 「これにて儀式は終わりだ」


 黒の司祭の声が遠くで聞こえた。


 「エリカ・カンパニョーロよ。成人おめでとう……」


 その声は遥か彼方から聞こえた。

 俺の意識は、深淵に転がり落ちてゆくように、心地よい眠りの世界に引きずり込まれた。


 

 

 「お姉さま!」


 気がつくと、そこには見慣れた自室の天井と、愛する妹の、不機嫌そうな顔が見えた。

 どうやら、俺はベッドから転げ落ちた状態で朝を迎えたようだ。


 「また遅くまで飲んでいたようですね?! 少しはちゃんとして下さい! カンパニョーロ家の長女としての自覚はないのですか?!」


 まるで子犬の鳴き声のような癇癪が二日酔いの頭によく響く。


 「ジョゼッタ……。頼むから大声を出さないでくれ……」


 俺は起き上がりながら愛すべき妹に懇願する。

 床で寝ていたせいで、背中が痛くて仕方がない。


 「毎晩毎晩、よくもまあそんなに飲んだくれられますわね! とにかく、朝食の支度が整っています。早くいらして下さい!」


 ジョゼッタはいつものように不機嫌な背中を見せながら部屋を出ていった。

 俺は二階の洗面所で顔を洗うと、早急にリビングに向かった。

 

 巨大なテーブルセットには、すでに愛しきマイ・ファミリーが席についていた。


 「おはよう、エリカ……、また二日酔いなの?」


 母である、エレナ・カンパニョーロが心配そうな顔でそう聞いてきた。


 「おはようございます。母上、……いや、まぁ、別に、大したことはないです」


 メイドの一人が、オレンジ・ジュースを注いでくれた。俺はそれを一気に飲み干す。

 やはり飲み明けはこれだな。

 俺はすぐにおかわりを所望する。


 「エリカよ。……お前もすでに成人した身だ。なので親としても何かを強制する気はない。しかしな、……お前は嫁入り前の娘なのだ。もう少し分別をわきまえてもらいたいものだ」


 そう言ってきたのは、上座に座る大男。彼は我が父、アウグスト・カンパニョーロだ。


 「わかていますわ。そこいらのチンケなナンパ野郎に、のこのこついてゆくようなことをしないだけの、分別は持ち合わせております」」


 俺は努めてお行儀よく言った。

 そして二杯目のオレンジ・ジュースを一気に飲み干すと、盛大なゲップを一発かました。

 すると、いくつものため息が聞こえた。


 初めの頃は、このような場面では父は激高し、俺の頬を打ち付けたものだが……。

 近頃じゃこんな調子だ。諦められるということは非常に楽なものだ。


 「ははは! あいかわらずエリカは面白い。だけど、あまり父上を困らせるな。……まあ、とにかく、もう食事をはじめない? もうお腹すいちゃったよ」

 

 そう言ったのは、兄、ドン・カンパニョーロだった。

 

 俺は、愛すべき家族に囲まれ、食事をはじめた。

 そう。彼らは俺の家族。

 あの、怪しげな成人の儀式以降、そうなった。

 

 どういうことかというと、

 俺……、じゃなかった。私の中には、なんと二人分の記憶と人格がある。

 一つは、エリカ・カンパニョーロのもの。

 もう一つは、

 しがない、”おっさん”のものだ。

 そう。おっさん。

 正確にいうなら、三十七歳独身。最終学歴、専門学校中退。職歴、ファミレス(アルバイトとして)、ガソリンスタンド(アルバイトとして)、事務経理(派遣社員として)、セールスドライバー(契約社員として)。

 と、まあ、非正規雇用を数々渡り歩いてきた、スーパー・フリーランスだ。

 大事なことだが、恋愛経験なし。

 趣味:アニメ鑑賞。ギャンブル全般。酒。風俗。

 と、クズ街道をひたすらつっ走ってきた。

 最後の最後は、どこかのバカが捨てたバナナの皮を踏んで、歩道橋の階段から転げ落ち、頭部を強打して、死んだ。

 ありえるか? バナナの皮でこけるって、漫画かよ? 古典ギャグかよ?

 挙句の果てに、死ぬって。

 さすがに神を呪ったね。

 遠のく意識の中で、思わず口をついて出た言葉は、

 「ついてねぇなぁ……。なんもいいことねえ人生だったな……」

 だった。

 自業自得? まあ、そういう奴もいるだろう。

 しかし、それでも俺は心の底から、運命とか、宿命とか、神様ってヤツを、そして、この世界を呪ってやった。

 すると、そうだろう。

 俺の目の前に、アレがあらわれた。

 おそらく、そいつは”死神”とか、”悪魔”とか呼ばれているヤツなんだと思う。

 

 「あれ? おかしいなぁ。まだもう少し先の予定のはずだが? まあ、いいか。あのお方にも手違いはある……」


 そいつは、俺に提案をしてきたんだ。


 「なあ、お前の魂をリサイクルしたい。かわりに、お前は新たな世界で新たな生を得られる」


 と……。

 

 それは人間の言葉ではなかった。声帯が空気を振動させた音としてではなく、魂が魂に直接語り掛ける、通念のようなものだった。

 もちろん、俺は二つ返事でOKした。

 そりゃそうだ。素人童貞のまま死ねるか? まあ、もう死んだ後だったけど。

 そんなこんなで、リサイクルされた先が、異世界。この公爵令嬢、エリカ・カンパニョーロだった。

 そう。女というのが想定外だった……。 

 というわけで、俺……、いえ、私の中には二人がいる。

 と、いっても、決して、多重人格ということではない。

 意識としてはそれらは、しっかりすっかりとミックスされているのだ。

 コーヒーと牛乳が混じってコーヒー牛乳になってるみたいなもんだ。

 私はエリカであるし、俺はおっさんだ。ただおっさんの割合がちょいと多い気がするのは、おそらくエリカとおっさんとの人生経験の差、なのではないかと思う。

 余談だが、俺の名前などはどうでもいい。

 どうせ死んだ男の名だ。今、生きている自分は、

 カンパニョーロ家、長女。

 エリカ・カンパニョーロなのだから。



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