これは常識か、はたまた非常識か
差し込んだ朝日が俺の目を覆い、暗い視界を明るく照らす。
目を開けた俺は周りの状況を期待を込めて確認する。だがその期待はもろく崩れ去り、非現実的な状況が俺の目の前に広がっている。
「やっぱり、夢じゃなかったか」
この世界がまだ夢だという期待は消え、現実であることを確信する。
どうやら本当に俺は異世界に飛ばされ、アリスを助けなければいけないらしい。
しかし助けるにしても状況は劣悪もいいところ、敵戦力と自軍の戦力を鑑みるに、勝てる可能性などわずかばかりしかない完全なムリゲーだ。戦争なんか知らずに平和に暮らしていた俺が、いかに元の世界では優秀な人間であったとしてもひとつの国を相手に勝つなど、夢物語もいいとこだ。
しかも俺がここに呼ばれたのは神の勘違い、どうしろというのだ。
はあ~…………帰りたい。
そんな戦う気ゼロな俺がいる部屋のドアが叩かれる音が響いた。
一瞬アリスかと思ったが、あの女が律儀にノックするとも思えない。
俺は疑問に思いながらもドアを叩いた主に部屋に入るように促す。
「入っていいぞ」
「失礼します」
丁寧な返事の女の声、やはりアリスではない。なんというか、口調に知性が感じられる。
知性ゼロ、バカというドレスを身に纏ったアリスでは絶対にない。
「もうお目覚めになられていたのですか。やはり怠惰アリスとは違い、真面目な人間なのですね」
現れた女性は、メイド服に身を包んだ理知的な女性だった。
外国人のような綺麗な金髪碧眼、身長は俺よりも少し小さいぐらいで、女性にしてはかなり大きい。
だが大きいのは身長なだけで……その、なんというか……お胸のほうはちょっと残念だ。
服の上からということもあり完全には分からないが、俺の個人的予想ではAA、大きくてもAってところだ。っと、初対面の女性に対してこんなことを考えるとか、まるっきりダメ親父みたいじゃないか。
「あの……どちらさまで?」
この城には俺とアリス以外だれもいないはずだ。
もしかしたら敵国の人間かもと思った俺は、若干の恐れを感じながら尋ねる。
だが俺の恐れなどまるで意味のないものかのように、目の前の女性はあっけらかんとした感じで応える。
「ああ、この姿で話すのは初めでしたね。では改めて自己紹介を。わたくし、城主の証こと、シロちゃんです。今後とも城主アキトとは良き関係になれるよう、尽力いたします」
女性はスカートの裾をつまみ、足を少しクロスに組んでそう答えた。
城主の証、シロちゃんと……。
へー、そうなんだ。あれ、普通ならシロちゃんこと、城主の証っていうもんじゃね?
なんかシロちゃんって名前になってるみたいだけど……。
と、たっぷり5秒の思考であまり益にならないことを考える。
「はあ!? シロちゃん!?」
俺が驚きに大声をあげ、目を見開いていると、まるで微笑ましいものでも見るかのように慈しみの笑みを浮かべ、フフッ、と声をあげる。
「ちょっと待って! だって城主の証って、手の中に入っていただろ? 中から出てきて、あの小さな球が人間になったってこと?」
「はい、その通りです。さすが城主アキト、驚きながらも的確な答え、前城主アリスとは月とスッポンですね」
この感じ、言葉の中にさりげなくアリスへの悪口を織り交ぜる話し方、たしかにシロちゃんに通ずるところがある。
いやしかし、それでもあの小さな球が人間になったなど、あまりにも非現実的すぎて理解できない。
一体どういう原理が働いているのか、本当に人としての機能を備えているのか、城主の証としての機能は失っていないのか、ありとあらゆる疑問が次々に沸いてくる。
「アキト様、とりあえずお顔を洗いに行ってはいかがですか。口元、よだれのあとがありますよ」
「は、はい……」
俺は口元を腕で拭い、洗面所にまで向かおうとする。
それを母親のような立ち位置で見送る自称シロちゃん。信じられないことゆえに、俺は思わず懐疑的な目を向けてこの部屋を出た。
顔に冷たい水を思いっきりぶっかけ、意識を完全に覚醒させる。
冷静になって考え、さきほどの状況を分析にかかる。
俺の目の前に現れた女性、それは自分のことをシロちゃんと名乗った。信じられないことだが、嘘ではないだろう。城主の証は現在はこの俺の物で、そんな嘘は一瞬でばれてしまう。
それにもしシロちゃんでないとしたら、いちいちノックをするなんてマネはしないはずだ。
この城内にいるのは俺とアリスのみなのだから、それ以外はすべて敵であるはずなのだ。だからバカ丁寧にノックして部屋に入る奴なんか味方でしかあり得るはずもなく、人間化したシロちゃんだと考えることは出来る。
「異世界、マジパねえわ」
サモナーだのキャッスルメニューだの何でもありの世界だとは思っていたが、まさかあの小さな球が人になることすら可能とは。現代日本で生きてきた俺にとってとうに理解できる範囲を超えている。
……まあ異世界召喚の時点で理解は超えているんだが、それでもとんでも展開が起きすぎだ。
こんなこと、きっとこの世界じゃ日常茶飯事なんだろうな。
「アキトオオオオオオオオオ!」
少女の叫び声と、ドタドタと駆けまわる足音が城内に響き渡る。
その声は徐々に俺に近づいてきて、髪は寝癖だらけ、服は乱れたと、だらしないアリスが俺の目の前に現れる。
「ひ、人が! 知らない人が私の部屋に!」
ああ、アリスも知らなかったのか。だがまあ、アリスは城主としてできる基本的なことすらも知らされていなかったんだ。この現象が非常識かどうかはまだ判断は出来ないな。
「あの人、寝ている私の事を叩き起こして「城主よりも後に目覚める臣民がいますか? 早く起きなさい、このポンコツ」とか言って、すごい目で睨んできたんですけど!」
「ははは、相変わらずだなー」
叫ぶアリスを適当に流す。アリスの言うことをまともに聞いていても何の益もない。ここはロクに取り合うこともせず、この大波が静まるのを待つだけだ。
たった1日の付き合いだが、アリスのことはもう大体わかっている。
「すごい怖かったんですけど!? ゴミでも見るかのような目だったんですけど!?」
目にうっすらと涙の痕が見える。こいつ、シロちゃんの睨みに怯えて泣いていたな。
あのなりで凄まれたら……うん、怖いな。ビビリなアリスには耐えきれるものではないだろう。
「ちびったんならさっさと洗った方がいいぞ。染みになる前に」
「あ、うん……って、ち、ちびってなんかないわよ! 私は城主だったのよ! あんなひと睨みされただけでちびるなんて……あ、ありえるわけないでしょ!」
はい分かりました。この件についてはもう言及いたしません。
とりあえず俺は洗面所から出るので、後処理は自分で勝手にやっておいてください。
俺は喚き散らすアリスの言葉を右から左へ受け流し、再び寝室へと戻る。
「私はちびってなんかないからねー!」
アリスの悲痛の叫びが城内にこだまする。だが残念かな、その言葉を信じる人は誰もいない。
でも安心しろアリス。誰にも言わないから。
*
寝室に戻ったがすでにシロちゃんを名乗る女性はそこにはいなかった。
俺は散策がてら、城内を歩き回る。昨日掃除をしたがさすがに全部を把握することは出来なかったから、ちょうどいい。
というか昨日はバタバタしていて何も思わなかったが、こんなにデカい城だ。俺の少年心がうずいてしょうがない。
楽しんでいる状態でないことは重々承知しているが、それでもわき上がる衝動を抑えることは出来ない。手当たり次第に部屋のドアを開けて行き、何か面白いものがないかを探し回る。
「……なんもねー」
部屋はすべて何もない簡素な物、まるでそこには誰もいなかったのではないかと思うほどに何もない。
所々に物を収納するタンスなどはあるが、特に興味を引くものは存在しない。
これは……アリスのやつ、全部CPに還元しやがったな。
こうも何もないと、たとえ国民が戻ってきたとしてもロクに機能しないだろうな。貧困生活、国民は不満たらたらでまたどこぞの国に寝返ることは免れないだろう。
ま、そこはどうでもいい。俺の役割はあくまでもアリスを守るだけで、その後のことは何もすることはない。助けた以降は俺ではなくアリスが頑張ることだ。酷かもしれんがアリスが頑張る他にはないのだから。
そうこう考えながら、俺は繰り返し部屋のドアを開き続ける。
何もないとは思っていても、やっぱり期待しちゃうよね。
そして数にして24個目のドア、これを開いた時に俺の少年心……というか男心が刺激された。
「ん? ああ、城主アキトでしたか。どうかしましたか?」
部屋の中央でシロちゃんが着替えをしていた。身に纏ってるのは下着のみ、大人の雰囲気漂わせる妖艶な女性がそこに……ああ、ちょっとお胸が残念ですね。
腰はナイスくびれ、ヒップもエクセレント、なのに胸が残念。けど、十分に女性としての魅力は備えられている。
胸だけのアリスとは真逆だ。胸以外は完璧な美女。
「あの……さすがにそんなにジロジロ見られていると……照れます」
シロちゃんが頬を赤らめながら、もじもじした様子でそう言ってきた。
「わ、悪い。ちょっと見とれちゃってて。すぐに出て行きます」
俺はバタンと大きな音を立ててドアを思いっきり閉める。
……いいものを見た。と、感慨にふけっていると、ガチャリという音が響き、ドアが開いた。
「失礼いたしました、城主アキト。お見苦しいところをお見せして」
「いやそんな見苦しいなんて。こっちこそなんか悪いな、着替えを見ちゃって。それにしても、さっきのメイド服とは違うんだな」
シロちゃんの服装はメイド服はメイド服なんだが、今度のは何というか、秋葉原のメイド喫茶で着られているような、いわゆる萌え系のメイド服だ。
さっきのきっちりとしたメイド服とは違い、これはこれで破壊力がある。
「ええ、なにせこの体になるのは久しぶりなもので。私にも一応性別はありまして、色々な服を見ていると着たくなってしまうんです」
……本当に、普通の女の子みたいな感性だな。綺麗な服着てオシャレしたいとか、俺のクラスメートの女の子たちとほぼ変わらない。というかまるっきり同じだ。
少しお堅いイメージを想像していたが、どことなく親近感がわいてくる。ちょっとほっこり。
「ところで、私に何か御用だったのですか?」
「ああいや、この城の構造を実際に見ておこうと思ってな」
「なるほど。ですが特に目立ったところはないですよ? バカアリスがほぼすべての物をCPに還元いたしましたので、簡素な部屋しかありません」
「みたいだな」
この10数分の散策で得た収穫といえば、アリスが無能だった、それだけだ。
これ以上散策しても……意味はないだろうな。
「シロちゃん、これからアリスも含めて話し合いをしたいから、とりあえずアリスのとこへ行こうか」
「話……てすか?」
「ああ。ファルマ王国をどうやって撃退するかとか、シロちゃんのこととか、色々な」
「分かりました。では参りましょう」
俺とシロちゃんはアリスがいるであろう寝室に向かった。




