とりあえず掃除しよう
「はあ……どうしよ」
俺はサモンメニューを眺めながら、深いため息をついた。
残りCP約15000.初期に比べればかなり増えた。その代わりに巨大壁を失ったが、まあそれは良い。勝つためには仕方なかったことだ。
問題は次に攻めてこられたときにどうするかということだ。
「ねえアキト、ファルマ王国のボケナス国王に連絡しましょ。あんたの雑魚兵士を蹴散らしてやったって」
「お前バッカじゃねえの!? そんなことして何の得があんだ!」
「な、なによ、そんなに怒らなくてもいいじゃない! ファルマ王国の兵士は逃げ帰ったんだから」
こいつ、マジで言ってやがんのか?
確かに兵士たちは逃げ出したさ。だけどそれは一時的なもので、事態は全くと言っていいほど好転してない。それどころかこっちの手の内はほぼ筒抜け状態。
次に来た時は遠距離で魔法を放たれてスズメバチがやられてしまうかも……というか、絶対にやられる。
ああ、俺は何であんなことをしてしまったんだ。本当ならチーターに敵の注目を集中させたかったのに、スズメバチが敵の中で一番危険だと思わせてしまった。
最もコスパのいい生物が使えない状態に陥った。
「ていうか、どうやって連絡とるんだ?」
『キャッスルメニューの他国の欄から、登録した国に対してのみコンタクトを取れます』
つくづく便利な機能だな、キャッスルメニューよ。城主同士だけに許された無料電話みたいなものか。
まあ便利といっても、敵対している同士で連絡を取り合うなんて馬鹿な真似をするはずもない。
……それをしようとしたバカがここにいるわけだが。
「シロちゃん、敵はいつ来ると思う?」
『城主アキトが放った虫の毒が完治してからでしょうか』
そうだろうな。毒といっても、蜂の毒にかかった奴らはほとんど死んでるだろうし、蚊に刺されたら結構の間、かゆみは止まらない。
サモンメニューを見てもこの世界におそらくかゆみ止めの類は存在しない。最低でも3日は来ないと見るが、希望的観測であることを否定できない。
蚊に刺されたかゆみなど、我慢できなくもないからな。1人に対して最低でも10か所以上は刺してやったが。
「ねえアキト、あの虫を城内にたくさん出したら? そうしたら遠距離の魔法攻撃にも対応できるわよ」
「……お前は虫だらけの城で過ごしたいのか?」
「いやね」
アリスの案は最終手段だ。いよいよとなればそれをやらざる負えないが、俺は虫が嫌いなんだ。
召喚しておいてなんだが、あれはあくまでもカメラ越しに見る虫だから平気であって、直で見たら卒倒する自信がある。
蚊なら問題なかっただろうが、スズメバチはさすがにダメだ。幼いころ、スズメバチに刺された経験があるからな。
「まああと何日かは猶予があるはずだ。その時までじっくり作戦を考えよう」
というか、この夢は本当に一体いつ覚めるんだ?
ここに来てからかなりの時間が経っているはずだ。時間にして約6時間、現実世界ではすでに朝になっているはずだ。
……考えないようにしていたが、ここは本当に、本物のリアルの世界なのか?
夢にしては何もかもがリアル、現実感があり過ぎる。となれば俺は、アリスを救うまではこの世界にとどまり続けなければいけない、ということになるのか?
……まあリアルな世界だとしても、神の頼みを聞いてやれば元の世界に戻れるだろう。
「ねえアキト、私お腹が空いたんだけど」
お腹をさすりながら、アリスが物を乞うようにすり寄ってきた。これはつまり、サモンメニューから何か食べ物を出せということか。
「レーザード肉のステーキが食べたいんだけど」
アリスの言ったよく分からない料理をサモンメニューから探す。
レーザード肉…………あった。
うん、なるほど確かにおいしそうだ。
だが、
「ふざけんなよお前!? 何だこれ、CP2000も使うじゃねえかよ!」
なんだよ、たかが料理でCP2000って……ん? レーザードの召喚に必要なCPが、50万!?
「お前今の状況分かってんのか!? 1CPも無駄にできないんだよ!」
「い、いいじゃない! 最後の晩餐になるかもしれないのよ!」
「うっせー! そうならないように俺がこの先どうするか考えてやってんだろうが!」
「だったらどうすんのよ! サモンメニューの料理は最低でも30CPはするわよ!」
「料理出すからだろうが! 見ろ、食材なら1CPからのがたくさんあるだろうが!」
「出してもシェフがいないんだから作れないでしょ!」
「んなもん俺が作ってやる! それで我慢しろ!」
「……あなた、料理できるの?」
アリスはまるで信じられないとでも言いたげに、声が若干震えている。
なんだ、男が料理できるのがそんなにおかしいか? 俺はこれでもレストランでバイトしてんだぞ。
「台所はどこだ? それと、なに作っても文句言うなよ!」
「…………」
「ん? どうしたアリス?」
俺が問いかけると、アリスが視線を小刻みに移動させている。右を見たり左を見たり、俺の目を直視しようとしない。
『城主アキト、キッチンまでの地図を出します』
「おお、助かる」
シロちゃんがキャッスルメニューを開き、地図を出す。俺の指示があればシロちゃんもキャッスルメニューの操作が可能らしい。これでやれることはかなり多いし、曖昧な指示でも俺の意思をくみ取ってくれるから非常に役立っている。
「ね、ねえアキト、別に料理しなくても、食べられるものはたくさんあるでしょ。果物とか」
「そんなんで腹が膨れるかよ。それに、ちゃんと頭を動かすにはきちんとした料理を食って栄養をつけなきゃいけないんだ」
「そ、それはそうだけど、でも……」
なんだ、煮え切らないな。台所に何かあるのか?
まあ、行ってみればわかるか。
俺は遠回しに台所には行くなというアリスの言葉を無視し、地図に従い台所に向かう。この部屋から台所まで、距離にすると結構あったから、地図がなければ十中八九迷っていただろうな。
まじキャッスルメニュー便利だぜ。
「お、ここか」
歩くこと3分ほど、台所の前に着いた。後ろでいまだにアリスが料理しなくていいとしきりに言ってくるも、俺はそれを無視して台所のドアを開ける。
「……おいアリス、ここはどこだ?」
「……台所?」
「汚すぎだろ!」
台所、と思しきそこは、数え切れないほどのゴミ袋に生ごみの数々。汚いままで放置されている何十枚もの食器に、床に散乱している食器の破片。
コンロのような場所はどぎつい頑固汚れがこびりついており、衛生上こんなところで作った料理は、たとえどれだけ栄養面に気を付けた料理であっても体に悪いことは明白だ。
「おいアリス、これはどういうことだ?」
アリスが俺を台所に連れてきたくなかったのは、これを見せたくなかったからか。
こんなに汚くするには1日2日では足りないはずだ。
「い、いやー、私もCPを節約しようと、色々頑張ったのよ?」
「で、こうなったと。あのなー、いくら何でもひどすぎだろ」
「で、でも、これも頑張った結果なんだから、しょうがないというかなんというか――」
「それで許容できるレベルを超えてるぞ、これは。それに、料理に失敗したからって、その後の掃除ぐらいちゃんとしろよ」
俺は潔癖症というほどではないが、汚いのは嫌いだ。自分の部屋も休みの日の日曜日には毎回掃除するなど、出来るだけ清潔に保とうとする努力はしている。
そんな俺から見るとこの部屋は……。
「……掃除するぞ」
「え、いやよ。手が汚れちゃうじゃない」
「————————」
アリスの我儘な発言に、堪忍袋の緒が限界ギリギリまで切れかかっているのが分かる。
まだ、まだ平気だ。まだ俺は怒っちゃいない。
「そうはいってもよ、こんなんじゃろくに料理も出来ないぞ。というか、こんな汚い部屋がある城に住みたくない」
『ここと倉庫、そしてアリスの部屋はおそらく城主アキトの許容範囲を超えています』
「大掃除だ! 終わるまで飯はお預けだ!」
「ええっ!? ちょっと、私もうお腹ペコペコなのよ!」
「ダアホ! どのみちこんなんじゃ飯を作れないだろうが!」
「だ、だからCPを使って料理を出せば……」
「無駄遣いなんかしたらマジで最後の晩餐になるっつーんだよ! それでもいいのか!?」
「そ、それはやだけど……」
俺の剣幕に押されて、アリスは怯えながら下を向いてボソボソとつぶやく。
目にうっすらと涙を浮かべているように見えるが、そんなことは関係ない。
ここでアリスの言う通りにCPを使って料理を出すのは優しさじゃない。ただの甘やかしだ。
「分かったら掃除だ! 掃除道具はどこだ!?」
『最初から掃除する気のないアリスがすべてCPに還元しました』
「余計なことばっか言わないでよ!」
「ならCP使って掃除道具を召喚だ。これと……これも必要だな……全部でCP17か」
俺はもはやアリスのやってしまった愚行に怒る気にはならない。やってしまったものはしょうがないのだから、それを怒るよりもまずは身を持って後始末をさせることだ。
「ほら、これ使って掃除だ」
俺は召喚した掃除道具のうち、ゴム手袋と雑巾をアリスに手渡す。
さすがにここを掃除するのに素手は気持ち悪いだろう。衛生的にも悪いしな。せめてもの慈悲として手袋ぐらいは渡すさ。
「ホントにやるの?」
「……マジで怒るぞ?」
俺がそう言うと、アリスはすぐさまゴム手袋をはめて雑巾であちこちを拭き始めた。さすがにこれ以上怒られることはいやみたいだ。
さて、俺はとりあえず、床に散乱している食器の破片でも拾うかね。
『城主アキト、この破片を全部CPに還元すれば2CPほど稼げます』
「マジか。じゃあ汚れとかCPに還元できない?」
『否定。食器はCPで召喚した物ですが、汚れは違いますので』
そう都合よくはいかないか。
だがまあ、この散らかしきった食器を片付けることが出来るだけでも十分だ。
それにそこまでしたらアリスは味を占めて楽しようとするからな。これぐらいがちょうどいい。
「きゃああっ!」
突然アリスが叫んだ。
が、俺はアリスの叫びよりも、それに付随する音の方が気になった。ガッシャーンと気持ちのいい音がこの部屋中に鳴り響いたのだ。
音のした方を振り向いてみると、床には新たに追加された食器の破片と、黒く汚れた鍋やらフライパンやらが散乱している。
「いつつ……もー、汚れちゃったわ。髪がベトベト」
アリスは髪にこびりついた油汚れに不満を漏らしながら、不快な顔をする。
「もうやだー」と子供のような声をあげながら、その場に座り込んで掃除を再開しようともしない。
「おいアリス、まだ始まって1分も経ってないんだが」
「だって、掃除なんかしたことないんだもん! しょうがないでしょ!」
この野郎、開き直りやがった。
「おいアリス、掃除が終わるまで飯は出さねえからな」
「……分かったわよ。ちゃんと掃除する――きゃあっ!」
立ち上がろうとしたアリスは足を滑らせて、二次災害をもたらした。
あーあーこんなに散らかして。こいつはどこまでポンコツなんだよ。
「アリス、ここは俺が掃除するからお前は風呂掃除でもしとけ…………風呂ぐらいあるよな?」
「あるわよそれぐらい。お風呂もないなんて、どんな貧乏よ」
良かった。風呂は常識として存在するらしい。もしもなかったらこんな世界にいることなど御免被るぜ。
「じゃ、風呂掃除は任せたぞ」
「ええ、それぐらいなら私にだってできるわ」
正直不安でいっぱいだが、風呂なら割れる物とかもないだろうし、さらなる汚れを誘発することもないはずだ。それに多少散らかるようなことにはなっても、この城には二人しかいないんだから、不必要なものはCPに変換すればいいだけだ。
ポンコツなアリスでも出来るだろう。
と、俺はアリスのポンコツぶりも計算したうえで風呂掃除を命じた。
*
掃除を開始して5時間ぐらいが経過した。
台所と倉庫、アリスの部屋は完全に綺麗にしてやった。
いやー、アリスの部屋はやばかった。ゴミしかなくて足の踏み場すらなかった。あれが女の子の部屋なんて冗談きついぜ。あれは中年のおっさんの部屋よりも絶対にヤバイね。
そんなこんなを思いながら、俺はアリスが掃除をしている風呂場に向かう。
この家の風呂は温泉さながらの大浴場のようだが、さすがに5時間もかけたんだ。アリスでも掃除は終わっているころだろう。
「えーっと、ここか」
風呂場につき、俺は中の様子を耳で確認する。
ほら、こういう時のお約束で、入浴中の女の子とばったり、なんてことがあるだろ。アリスは子供だからいくらスタイルが良くても俺は気にしないが、さすがにアリスは気にするだろ?
俺は紳士だからな。そう言ったところでちゃんと気が使えるのだよ。
「きゃあああああ!」
耳をドアにつけると、アリスの叫び声が聞こえた。
一瞬ゴキブリでも出たのかと思ったが、蜂や蚊を出した時のアリスの反応からして、その手の害虫がこの世界にいないことは分かっている。多分だけど、足でも滑らしたんだろう。
「アリスー、大丈夫かぁ」
俺はアリスの無事を確かめるために、ドア越しに呼びかける。だが声は聞こえてこず、一切の反応がしない。転んで頭でも打ったか? だとすればたとえ入浴中でも見に行くべきか。
「入るぞ」
浴室のドアを開けて中に入る。俺の目に飛び込んできたのは、すっころんでパンツ丸見えになっている情けない少女だった。
「うぅ……」
うめき声をあげながら頭を押さえているアリス。やっぱり掃除中に足を滑らせて転んだのか。
「白か。普通だな」
年下のパンツを見て一言感想を漏らした後、俺はアリスに近づく。俺の声を聞いたアリスは頭を押さえながらゆっくりとこちらに振り向く。
痛みで意識が定まっていないのか、俺を見ても最初はあまり反応を示さなかった。
だが時間が経つにつれ、徐々に現状を認知したアリスは、顔を真っ赤にしながら顔をうずめた。
「また、失敗したんだな」
俺はアリスを傷つけないように、できるだけ言葉を選んで優しく言った。
それでもアリスは恥ずかしいのか、一向に俺の方を振り向こうとはしない。
「アリス、今の状況を教えてやろうか?」
「私が失敗したのよ! 悪かったわね!」
アリスは大声でそう怒鳴った。が、そんな怒鳴りも今のアリスの状況を見れば滑稽でしかない。
「頭隠して尻隠さず、だ」
俺が言った言葉に対してアリスは疑問符を頭に浮かべ、ゆっくりと自分の下半身へと目を向ける。
そして、スカートの裾がめくり上がっていることにようやく気付いた。
「————————!」
言葉にならない声をあげながら、アリスは慌ててスカートを押さえつけてパンツを隠した。そして顔を真っ赤にしながら俺の方を睨みつける。
そんな目で見なくても、ガキのパンツを見て興奮したりしねえっての。ロリコンじゃないんだから。
「案外きれいだな」
俺はアリスの視線を無視して、掃除の成果に対してそう言った。さっきのポンコツぶりと、今のポンコツぶり、それを考慮したらひどい惨事になっているかもと予想したが、さすがにお風呂場、汚れる要素はないからな。
と、俺はこの場所について言ったのだが、アリスはそうは受け取らなかった。
「バカ! 変態! 女の子の下着見てそんなこと言うなんて最低よ!」
俺がアリスのパンツを見た感想だと思って、そこらへんにある桶やらなんやらを俺に向けて思いっきり投げつけてくる。
30秒ほどそれは続くも、俺はそれをすべて避けた。周囲に投げつけるものがなくなって、アリスは息を切らしながら俯く。
「掃除は終わったみたいだし、風呂に入るか」
掃除で汚れた体を綺麗にしたい、そんな意味を込めて言ったのだが、
「し、下着だけじゃ飽き足らず、私の裸も見たいっていうの!? この鬼畜!」
「違うわ! 誰が一緒に入るっつった!? 大体ガキに興味なんかねえ!」
「ガ、ガキ!? 私はもう15よ! 子供と一緒にしないで!」
「…………15? このなりで?」
「な、なによその目は?」
おっと、露骨な目を向けちまったな。しかしこの見た目で15か。年相応なのは胸ぐらい……いや、胸とその他を平均すると年相応だな。
いい意味で15の胸ではない。悪い意味で15の顔、身長、性格ではない。
こんなことを言ったらセクハラもんだな。
「ちなみに、今年で16か?」
「2カ月後には16よ」
……1歳年下なだけか。うん、同じ年頃の男の子にパンツを見られたら、たしかに嫌だろうな。
でも見ちったものはしょうがないし、見た目子供なら気にしないのも確かだ。胸を見たら興奮していただろうけどな!
「悪かったな。ずっとお前のことを子ども扱いしていたよ」
「……いくつぐらいだと思ったの?」
「12」
「…………!」
正直な気持ちを言うと、アリスは怒らずにショックを受けたようだ。さきほどまでの烈火のごとき怒りを忘れ、両膝をついて項垂れる。
デリカシーに欠ける発言だったかな?
「ま、なんにせよ風呂には入る。先に入っていいからよ」
「…………うん」
「俺が風呂あがったら即飯作ってやるから」
「ええ! おいしい料理を期待しているわ!」
立ち直るのはやっ!
そんなに腹が空いてたのか……そういや、おなかが空いたといってから何時間も経ったからな。
過度に期待されても困るが、出来る限りは頑張ろうかね。




