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城主アキト

「んー、よく寝たなあ。はあ、変な夢だった」


 俺は目をこすりながら、まだ眠気の残る頭を覚醒させようと思いっきり伸びをする。

 さあ、今日はテストの日だ。何とか学年ベスト3の座を守らないとな。

 と、考えているうちに、眠気が吹き飛ぶ自分の状況に気付いた。


「どこだここ?」


 ここは俺の部屋とは似ても似つかない、だだっ広い部屋だった。

 しかもなんというのだろうか、ゲームのRPGでよく見るような、国王でもいそうな豪華な部屋だ。

 ……うん、まだ夢を見てるのか。


「だ、誰!?」


 俺の後ろの方から女の声がした。

 振り向いてみると、1人の少し幼めの少女が立っていた。

 俺は夢の中で聞いた自称神の話を思い出してみる。


「……えーっと確か……アリス、だっけ?」


「な、なんで私の名前を!? そうか、あなたファルマ王国の兵士ね! くっ、まさかもう壁が突破されたっていうの?」


 ふーん、この子があの自称神の言っていたアリスか。可愛いな。

 燃えるような深紅の髪に、小さな顔。目も大きくて綺麗な青色をしている。

 それに顔の幼さには似合わず、胸が大きい。

 さらに露出度がまあまあ高い服装により、俺より3つ4つ年下っぽいのに、ちょっとドキドキする。

 これはあの神がお熱になるのもまあ、分かるな。


「なあ……」


「ひっ……!」


 俺が近づくと、アリスは小さな悲鳴を漏らして後ずさった。

 そんなに俺のことが怖いのか。

 そういえば、さっきファルマ王国がどうのといっていたな。もしかしなくても、俺のことを自分を殺しに来た兵士だと思っているらしい。


「ちょっと話を……」


「こ、来ないで! 私は……私はまだ死にたくは……」


 おいおい、涙目だよ。

 何もやましいことなんかしてないのに、謎の罪悪感があるな。


「おい、俺は別に君のことを殺したりは――」


「いや! まだ死にたくないよ! パパァ! ママァ!」


 駄目だ。俺の話なんかちっとも聞く気がない。

 自分を殺しに来たと思っている相手が目の前にいて冷静になれなんて、土台無理な話だろうとは理解できるが、ここまで怯えられるのもちょっとショックだな。


「君のこと殺したりなんて――」


「お願いします! 城主の証をあなたにあげます! だからどうか命だけは!」


 そう言うと、アリスは俺によく分からない球を、土下座しながら差し出してきた。

 城主の証というものを持っているということは、この子がここの主だということは容易に推測できるが、プライドなさすぎだろ。

 仮にも一国の主が土下座して命だけはと懇願するなんて。


「お願いしますお願いします! どんな命令でも聞くので助けてください!」


「……はあ、俺ってそんなに怖えか。城主の証までだしちゃったりして」


 俺は差し出された城主の証とやらを手に取り、掌でコロコロと動かす。

 こんなものが城主の証なのか、奪われでもしたら即終了だろう。それを命が惜しいからといって簡単に差し出すとは、哀れを通り越して情けない。

 こんなんが主じゃ、部下からの信頼なんて皆無だろうな。

 と、そこまで考えた時点で、ある違和感に気付いた。

 俺が、というかアリスがこんなに大声出しているというのに、部下の一人も助けに来ない。

 いくら人望がないにしても、何人かはこの場に来てもいいはずだが。


「アリス、君以外の人はどこにいるんだ?」


「え? そんなの、ファルマ王国にみんな買収されたわよ……されました」


 ふー、俺の予想通り、人望なんか皆無だったか。

 金で裏切られるなんてこの子、本当にどうしようもない城主だったんだろうな。

 なんか哀れから情けない、情けないから可哀想になってきた。

 どうしてこんな奴を神は助けようとしたんだろうか?

 確かに可愛いけどさ。


「この子を俺が……助けなきゃいけないのか」


 神らしさ皆無だったが、仮にも神の頼みだ。

 出来るだけ聞いた方が良いだろうが……というか、いい加減この土下座をやめてもらいたいな。

 俺を罪悪感で殺す気か?


「おい、顔上げろ」


「はい!」


「……なんちゅう顔してんだよ」


 あげられた顔は、涙でくしゃくしゃになって、せっかくの可愛い顔が台無しになっていた。

 こんな情けないんじゃ、部下に見捨てられても不思議ではないな。


「なあ、今のこの城って、どういう状況なんだ?」


「ふえっ? そんなの、ファルマ王国に包囲されて……います」


 なるほどな。そのファルマ王国からこの子を守り切るのが俺のミッションと。


「あの……あなた、ファルマ王国の兵士じゃないの?」


「ああ」


「私のこと、殺さない?」


「ああ」


「あなたは、どうやってここに来たの?」


「さあ?」


「うわーん! やっぱり私のこと殺す気なんだ! ここへの侵入経路を私に話せないなんて、敵しかありえないよー!」


 やばい、だんだんムカついてきた。

 子供はそれほど嫌いじゃないけど、人の話もろくに聞かずにわんわん泣きわめかれると、さすがに腹が立ってくる。


「パパ、ママ! 私まだ死にたくないよー!」


 アリスは何度も死にたくないと言って泣き叫び続ける。

 そこに俺の言い分など一切入る余地がなく、この騒音が鳴りやむのを待つしかない。

 というか、この夢いつまで続くんだ?


 *


「おい、いい加減落ち着いたか?」


 アリスが泣き続けて1時間、ようやく落ち着きを取り戻した。

 というか、泣き疲れただけだな。いまだに嗚咽みたいな声を出してるし。


「しっ……死にたくないよぉ……!」


「殺さねえから、まず話を聞いてくれないか?」


「……ほんとに殺さない?」


「ああ、だから俺の話を聞いてくれないか?」


「……うん」


 ここに来てから1時間、ようやくまともな会話が出来る。

 どうせ夢の中なんだから時間の感覚も狂ってるのかもしれないが、それでもようやくの前進に俺は少しだけ満足感を得ていた。


「まず俺はな、君を助けに来たんだ」


「……わたしを?」


「そう、それでさ、俺ってサモナーってやつになったんだけど、サモナーって何?」


「えっと、サモナーっていうのは色んなモンスターとか武器を召喚して戦う人よ」


「なるほど、名前通りだな。武器を召喚できるのは予想外だったけど。この城主の証ってのは?」


「あ、それ返して。それがないと私ここの城主じゃいられなく――」


「ん? これ手から離れないんだけど。というか、埋まってね?」


 城主の証と呼ばれるビー玉ぐらいの小さな球が、俺の手の中に徐々に入り込んでくる。

 妙なくすぐったさがあるが、不思議と痛みはない。

 むしろ、これが入り込むほどに気持ちよくなっていくような、謎の感覚だ。


「ちょっとまって、そいつは城主じゃないわ! 証をあげるって言ったのは嘘! だから出てきて!」


 アリスは俺の手のひらに向かって自分の手をねじ込もうとした。

 だが完全に球は俺の中に入り込んで、城主の証とやらは取り出せない。

 というか痛いから手に手を突っ込むのはやめてもらいたいね。


「ちょっとあなた、今すぐ返して! 私の城主の証、返して!」


 さっきまで泣き叫んでいたのが嘘のように、アリスは我儘な子供のように要求してくる。敵じゃないと判断したからとはいえ、態度が変わり過ぎだろ。

 それにこんな球、別に返しても構わないが、いかんせん返し方が分からない。


「どうやって取り出すんだ?」


「そんなもの、念じればすぐよ! 早くして、じゃないと城主登録されて――」


『城主登録完了。イクス王国の城主。名を登録してください』


 アリスの言葉を遮り、俺の右手から声が出てきた。

 そしてゲームのウィンドウみたいなものが右手から出てきた。

 ウィンドウには名前入力画面と書かれ、50音が並んでいる。これで名前を登録しろということか。


「名前はアリスよ! イクス王国城主はアリス!」


『声紋認証……前城主、アリスと判断。お前はもう城主じゃない』


「なっ……!?」


 俺の右手からアリスを突き放すような非情な言葉が飛び出る。

 うん、まあ、そんな涙目になるな。


「城主登録を解除できないか?」


『肯定。ですが同じ人間は城主になれません。アリスが再び城主になることは不可能です』


「なんでよ!? 私は5年もこの国で国王をやってたのよ! それなのにどうして城主の座をこいつに明け渡さないといけないのよ!」


『城主の座を明け渡したのはあなたです。観念しなさい』


「観念って何よ!? 私は城主よ!」


『元ですが?』


「キーーーー!」


『城主、名前の登録をお願いします』


 城主の証ってのはある程度の自我があるのか。それがアリスをもう城主と認めないのなら、何を言っても無駄だろうな。

 というかこの城主の証、決行ドライな性格してるな。5年もアリスが城主だったのに、あっさりと見限るなんて。

 そういうシステムなんだろうが。


『城主、名前の登録をお願いします』


「ほいほい。佐藤アキトっと」


 声に出しながら、表示されたウィンドウに名前を打ち込む。

 だが漢字入力もかな入力もないので、とりあえず佐藤の部分ははぶいてアキトだけを打ち込んだ。


「何で登録してるのよ!? 私に返してよ!」


『城主アキト、そちらのうるさい虫けらはどうなさいますか?』


「虫けらってなによ! ていうかあなた、そんなに自由に話せるなんて聞いてないわよ!?」


『馬鹿には何を言っても無駄ですので』


「何ですって! ちょっと出てきなさい! ぶっ壊してやるわ!」


 なんか、漫才を見ている気分だな。

 俺の右手が辛らつな言葉をアリスに浴びせ、それに対してアリスが突っ込む。

 アリスの手前、笑っちゃいけないってことは分かってるけど、面白いな。


「えーっと、城主の証? ちょっと聞きたいことが」


『私のことは気軽にシロちゃんとでもお呼びください』


 ……ずいぶんとお茶目な性格をしてるみたいだな。

 アリスと違って落ち着いているし、こうなったらアリスを追い出すのもありか?


「じゃあシロちゃんさ、城主って何が出来るの?」


「ちょっと、話を進めないで。私はまだこいつに言いたいことが――」


『城主アキト、ここは雑音が多いので場所を移しましょう』


「誰が雑音よ!」


 *


 その頃の神様。


「ぬおおおおおお! あんのクソガキ、よりにもよってアリスちゃんに土下座させた上に城主の証まで奪い取りおって! あの鬼畜、クズ、変態!」


 完全な逆恨みで罵詈雑言を浴びせる神。すべてを見ていたはずなのに、目が曇り切っているにもほどがある。


「それにしてもアリスちゃんは相変わらず可愛いのぉ。下界の人間であるのが惜しいわい。部下の天使たちもあれぐらい可愛ければのお」


 この際はっきりと言っておこう。この神、ただのアリスのファンである。


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