この国のために
この国は本当にダメだ。
管理する立場にある上の者たちが腐っており、民のことをまるで考えない治世を行っていたのだ。
分かりやすく言えば、自分たちは豪遊、民には労働を、と言った具合だ。
具体的に話せばもっとひどく胸糞悪いものなのだが、その話はまた後日に。
今は国を繁栄させることが最優先なのだ。
手始めにファルマ王国の兵士を多少寄越してもらい、ある程度のCPを稼がせてもらった。
そして少しずつではあるが、元の住民たちもこの国に戻ってきていき、俺がここに来た時は雲泥の差ともいえるべき状況にはなった。
まあ、それでもまだまだ貧乏国家なんだがな。
CPで毎回食料を出すのはコスパが悪い。田畑を作り、牧場を作りと、経営をいい方向にもっていくには計り知れないほどの時間が必要だ。
なにより俺は完全なる素人、内政がうまくいくはずもない。
能力的に見れば、多分アリスを傀儡にしていた奴らにも劣るだろう。
まあその辺はおいおい考えるとする。
今はそれ以上の問題を抱えているのだ。
「アリス様、このゲッス、再びイクス王国へと戻ってまいりました」
玉座の間、大きな椅子でふんぞり返っているアリスの目の前で、いけしゃあしゃあと男は述べた。
その男だけではない。おそらく部下である男女たちも、なんの悪びれもせずにアリスの目の前に立っている。
俺はそんな奴らには見えないように、無駄にデカい王の椅子の後ろに隠れている。
「……よく、私の前に姿が出せたわね」
低い声でアリスはそう言った。
普段の馬鹿な様子は鳴りを潜め、まるでこの城の城主かのようにアリスは振る舞う。
そんな反応が予想通りだったのか、間髪入れずにゲッスは答えた。
「申し訳ありませんアリス様! ですが、私たちもああするしかなったのです! 家族が危機に瀕し、助けるにはこの城から出て行くしかなかったのです! ああ、私にもっと力があれば!」
ゲッスはわざとらしく涙を流し、その場で跪いて大きな声で弁明という名の言い訳を始めた。
それに呼応するように、後ろに控える部下たちもおいおいと涙を流し始める。
ふん、茶番だな。
「そ、そんなに泣かなくても……みんな、顔を上げて」
アリスはさっきまでの厳しそうな雰囲気はなくなり、なんかもう、許してしまいそうな感じになってしまっている。
それを聞いてゲッスたちは、ここぞとばかりに言葉を並べ立てる。
「アリス様! 本当に申し訳ありませんでした!」
「私たち一同、どんな罰でも受け入れる所存であります!」
「ああ、どうして私たちはアリス様を信じることができなかったのでしょう!」
「たったおひとりでファルマ王国を退けてしまうほどの優秀な城主を!」
「なぜ私たちは、置いて行ってしまったのでしょう!」
「出来るのなら、あの日に戻って逃げ出そうとした私を殴ってやりたい!」
「「「アリス様、申し訳ございませんでした!」」」
涙ながらに土下座をするゲッスたち。
だが、カメラで映像が見える俺にはバレバレだ。
こいつら、全員ほくそ笑んでやがる。
こうすればアリスが許すと思ってるんだろうな。
「顔を上げなさい。ゲッス」
「はい!」
アリスにそう言われ、即座に顔を上げる。
見事なもんだ。あの一瞬でほくそ笑んだ表情から悔やんだ表情にシフトできるのは。
だけどな、この状況、こっちの予想通りなんだよ。
心の底から本当にその表情を見ることが出来なければ、ゲッスたちに未来はない。
「あなたのしたこと、しょうがないものであったこと、という自覚は私にもあるわ。そもそも、あんな状況に陥ったことは私に原因があったことだから」
「なにをおっしゃいますかアリス様! アリス様は大変良くやっておいででした! あのような状況になったのは、私共の支えが足りなかったからでございます!」
支えどころか、シロアリ並みに柱を食い散らかしただけだがな。
「アリス様、今後はより一層、国のために尽力いたします! 過去のことはお忘れになり、私たちと新たな一歩を踏み出しましょう!」
こいつ、なんだかんだと言っておいて結局、自分たちのやったことはうやむやにするつもりだな。
そういう腹積もりなら、こっちとしても使いたくなかった手に出る他ない。
「おいアリス、こいつら反省の色が全く見えない。切り捨てるぞ」
「ま、待ってアキト。もうちょっとだけ話を聞きましょう? まだ少ししか話してないし……」
「ん? アリス様、他に誰かいるのですか?」
「い、いや何でもないわ! そうね、今回のことはまあ、色んな人に責任がある問題だわ。過去の失敗を気にし続けるのは良くないけど、それをきれいさっぱり忘れるなんてことはダメよ。きちんと話し合って、誰のどんな行動が間違いだったか、正確に分析しなきゃ」
目の前にいるクズどもに少しでも罪の意識を芽生えさせようと、今までの行動を鑑みさせる機会を作り出そうとするアリス。こいつらのせいでひどい目にあったというのに、まだかばおうというのか。
普段のアリスでは考えられないほど、きちんとした提案だ。
だがそんなアリスの想いを、こいつらは軽々と踏みにじる。
「誰が悪いという話ではありません! 今回のことは、巡り合わせが悪かったのです。例年よりもCPがあまり増えず、財政難に陥ったこと。さらにファルマ王国が財政難に陥った私たちを襲うという非道が、今回のことを引き起こしたのです」
「そうですアリス様。今回の件で悪い奴がいるとしたら、それはファルマ王国の奴らです! この国には何の非もありません!」
さもありなんな言い訳、どんなことがあっても自分たちの非を認める気にはならないらしい。
この国に来たばかりの俺でさえ、原因が上流階級の散財が原因だということが分かっている。
アリスも、今までのはこいつらの口車に乗せられたせいだということをすでに自覚している。
俺がみっちり教えてやったからな!
「み、みんな少しだけ冷静になりましょう? 今はちょっと、色んな事があり過ぎて混乱しているのよね?」
何があろうと自分たちは悪くないと言い張るゲッスたち。
最初の方はまだ自分たちも悪いという雰囲気を醸し出していたのに、アリスの馬鹿さを考慮しているのか、今では自分たちに何の責任もないと言い張っている。
それでもアリスはまだこの男たちをかばおうとしている。
俺からすればこいつらは第一印象からダメだ。
この国の民たちはみなやせ細っているというのに、こいつらは血色がよく十分すぎるほどに肉もついている。贅沢をしているということは明白だ。
「アリス様、この話はこれぐらいにして、今後の展望を話し合いましょう。今は責任追及する場合ではないと思います」
ついに話そのものを切り上げようとしだした。
アリスの馬鹿さがある程度緩和されたことを察したのか、何もかもをうやむやにしようという判断か。
決まりだ。
「アリス、もうダメだ」
「ま、待って! もう少しだけ……!」
アリスはもはや俺の存在を気付かせないように、という配慮も忘れている。
それほどまで切羽詰まっているのだ。
さすがにおかしいと感じたゲッスたちが、みな一様にアリスの後ろに注目した。
……もう、隠れても意味はないな。
俺は目の前のろくでなしたちの前に、うんざりした表情で姿を現す。
「……アリス様、この方は?」
見た事もない俺の姿に、怪訝な顔でアリスにそう聞いた。
その質問には、俺が答えよう。
「このイクス王国の城主、アキトだ」
「は? 城主?」
「本日をもってお前たちはクビだ! どこへなりとも行け!」
「え? いや……クビ? いったい……?」
状況が理解できないゲッスたちを他所に、アリスが懇願するように俺に言ってくる。
「お願いアキト! えっと……その……あれよ! 誰にでも、怒られたくないって気持ちがあるじゃない? 少し自分たちの罪を認めないぐらい、誰にでもある話で……」
「それが許されるのは子供までだ! こいつらはなんだ? もう立派な大人だろ!」
「それは……」
「いいかよく聞け。こいつらの罪ってのはな、絶対に認めさせなきゃいけないやつだったんだ! 国を崩壊させかけたんだぞ? 分かってるのか!?」
「……そんなこと、分かって……」
「いいや分かってない。お前はこいつらに利用されてたんだよ! お前のことを都合の良い操り人形としか見てなかったんだよ!」
「…………」
アリスはついに黙った。涙をグッと堪えるように目をぎゅっと閉じ、拳を握りしめる。
心が痛い。
俺だって、できればこいつらに反省してもらって、心を入れ替えてもらいたかったさ。
利用するためとはいえ、こいつらは両親を亡くし一人ぼっちでいたアリスの近くで、偽りとはいえ支えてきた奴らだ。
国のため、アリスのために改心してほしかったさ。
だが結果はこれだ。
こいつらは自分の犯した罪を反省するどころか、それを無かったことにしようとした。
そんなやつらをこの城に居つかせるわけにはいかない。
これが……最善だ。
「聞いての通りだ。お前らはどこへなりとも行け! そして後悔しろ。アリスを利用したことをな!」
「ま、待ってくれ! いや、待ってください! 私たちは、別にその……」
「くだらねえ御託なんざ聞きたかねえ! これ以上俺をイラつかせるな!」
「あ、アリス様! どうか……どうかご慈悲を!」
またしても涙を流して土下座をするゲッスたち。
だが今度の土下座は、焦りからくる正真正銘、心からの土下座だろう。
何とかしてこの城に居座りたいという、どうしようもない理由だろうがな。
「……アキト、ゲッスたちは、下働きってことじゃダメ?」
「あ?」
「CPの使用みたいな、国の重要なことに関して口を挟まないって約束してくれれば、問題ないんじゃ……」
「あのなアリス。こいつらは盛大なポカをやらかした。それについて尻拭いさせなきゃいけないんだよ」
「分かってる。だから、その尻拭いを今の役職からグッと下げるってことじゃダメ?」
「……そんなに、こいつらを助けたいのか?」
「そりゃあ、私だって怒ってる気持ちはあるわ。だけど、それでもゲッスたちは、私の寂しさを紛らわしてくれた人たちだから」
「アリス様、私たちは反省いたしました! 本当に申し訳なく————!」
「てめえらは黙ってろ!」
「ひっ!」
ゲッスがなおもアリスに許しを乞おうとするのを、俺は一喝して黙らせる。
後ろに控えている男女も下を向き黙りこくり、もはや運を天にまかすばかりだ。
「おいアリス、本当に良いのか? またこの国がダメになるかもしれないんだぞ?」
「……大丈夫、だと思う。だって今はアキトが城主なんだし、私みたいなバカなことは、しないはずだわ」
「信用してくれるとこ悪いが、俺は今まで一般人として生きてきたんだ。間違いを起こさない保証はねえぞ。むしろ、これからさき何回も間違える」
俺は胸を張って答えた。
一般人として生きてきたゆえに、これからさきの選択ではいくらでも間違える。
アリスが信頼してくれていることには感謝だが、天才ではない俺は絶対に何かしらの間違いを起こす。
それは確定だ。
だがそれでも、アリスは俺を信じる言葉を続ける。
「アキトは私とは違う。たとえ間違えたとしても、それは自分の意思で決めるはずよ。私みたいに、誰かの言うことをホイホイ聞いて、それが正しいことかどうかの判断もおろそかにするような、バカな城主には絶対にならないわ」
「……自分で言ってて、悲しくならないのか?」
「うっさいわね、今マジメな話をしてるのよ! ……言ってて、悲しくなるに決まってるじゃない。だってそのせいで、この国を大変なことにしちゃったんだし……」
アリスは今までの行動を思い返し、唇を噛みしめた。
確かに、愚かなことをしてたな。
それは悔やんでも悔やみきれない、死にたくなるような愚行だろう。
この国を壊滅させかけたのだ。親から譲り受けたこの国を崩壊させかけ、今まで守り続けてきた民たちを危険にさらした。
最終的には全国民から裏切られる形になるという、最悪の形だった。
それと比べれば、誰を見ても間違いを起こさないと思うだろうな。
だけどそれが当然の帰結の理論だとしても、信頼はされているんだ。ならば……応えなきゃなあ。
「わーったよ。好きにしろ」
「ほ、ホント!?」
「ただし、次にこいつらが問題を起こしたら、そん時はマジで放り捨てるからな」
「ええ! もちろんよ! ありがとうアキト!」
アリスが満面の笑みを浮かべ、ゲッスたちも安堵の表情を浮かべる。
この場の雰囲気は一気に緩和され、皆が一様に心を緩めた。
いや、約1名、この結果に満足のいっていない奴がいた。
『甘いですね。私の主は』
シロちゃんだけはゲッスたちの完全追放を望んでいたが、そうなはならなかった結果に不満を抱いていた。
この感情がこの国にどう影響するか、それは誰にもわからない。
ご愛読、ありがとうございました。
次回作も近々出す予定です。




