我ながらえげつない罠
ついにこの時が来てしまった。
ファルマ王国の援軍が到着し、俺とアリス、シロちゃんの三人しかいないこの城を落としに来る時が。
敵の情報についてはほぼ完全に手中に収めている。
蜂対策に魔法部隊、重装備、俺の予想した通りの対策を取ってきた。
その対策に対する対策も、用意してないわけではない。だが敵の数はおよそ3万を超える、小手先の作戦をいくら弄したとしても減らせる数はたかが知れ、長い目で見れば負ける可能性の方が高い。
というか勝てる可能性はあるのだろうか?
希望的観測を持ってきっと勝てる、何とかなるかもしれないと考えてきたが、やはりこの状況を覆すのは理想的すぎることであり、ほぼありえないことだ。
まあ一つ作戦を考えていないわけではないが。
「アリス、覚悟だけはしておけよ」
「……無理。死ぬ覚悟なんてできない」
「まあ……だよな」
「それがアリスですよ、アキト様。死ぬ覚悟なんてチキンアリスに出来るわけがありません」
「うっさいわね。……この1週間、ホントに楽しかったわ。アキトは敵を追い払うことばかり考えてあまり構ってくれなかったけど、ご飯を作ってくれたり、話し相手になってくれたり。シロも、悪口ばかり言ってくるけど……私に話しかけてくれて、楽しかったわ。だから……」
アリスは神妙な面持ちで深く深呼吸をして、覚悟は持てなくとも、決意を持った言葉を口にする。
「私は死にたくない。まだあなたたちと、楽しい時を過ごしたい。ファルマ王国になんか、やられてたまるかってのよ!」
「……いい決意だな。そんじゃ俺も、お前を死なさないように頑張るよ」
「うん、お願いね!」
アリスは目いっぱいの笑顔を俺に向けてくる。
たった一週間の付き合い、そこまで深くもなけりゃ、距離もそこまで縮まった関係ではない。
だけどアリスは、俺を信頼してくれている。
その信頼にこたえられなきゃ、男じゃねえよな。
「ならまず……この状況をどうすっかな?」
目の前で城下が火の海となっている。
シロちゃんの話によれば国の建築素材は耐火性であるらしく燃え尽きることはないが、家の中にある物や城下に植えられている草花、それらが燃えて地獄の窯みたいになっている。
「とりあえず見守りましょう。この火の海では敵も進軍できません」
「……そうでもないみたいだぞ」
敵国の兵士たちが燃え盛る城下に向かって一斉に進軍を始めた。
あの鎧も耐火性なのか……と思ったら、別にそうでもないらしい。
魔法部隊と思しき奴らが杖を携え、炎の魔法のあとにさらなる魔法を放ち始めた。
それは巨大な水球。城下を包む業火を一瞬にして消し去るほどの圧倒的な水量。
地獄が一転、プールみたいになった。
「移動中に作戦会議してたのかな。失念していた」
「どどど、どうするのアキト!? すごい勢いで敵が来るわよ」
さっきの決意した時の冷静さはどこへやら、取り乱して明らかに冷静さを欠いている。
「落ち着け。計画が早まっただけだ」
敵の進軍速度は予想外だったが、やること自体に変化はない。
重装備の兵士がこの城に向けてやってくる、それに対して行う作戦なのだから、相手が早く行動すること自体は問題ない。むしろ敵がこちらをあまり警戒していないということ。好都合かもしれない。
「ほら、カメラ見てみろ。そろそろ嵌まるぞ」
俺はキャッスルメニューのカメラを見るようアリスに促す。
カメラに写っている光景は重装備にもかかわらず驚くべき速度で移動する兵士たち。それを見たアリスは最初は驚きを見せていたが、一心不乱に直進する兵士を見て少しほくそ笑む。
そして数秒後、兵士たちの驚愕の声をあげる。
「うああああっ!」
兵士たちの足場が急に消え、巨大な穴が出現した。
そう、落とし穴だ。
原始的にしてうまく作れば見破ることはほとんど困難なトラップ、それに見事ハマってくれたのだ。
さらにこの落とし穴には、少々えげつないギミックが施されている。
穴に落ちた兵士たちはそれに気付かず、あまりの事態に穴の中で呆然としている。
「まさか落とし穴とは。原始的だが、比較的有効ではあるな」
敵の中で位の高そうな男が、落ちた兵士たちを見て感想を漏らす。その言葉は淡白で、事態をあまり理解している様子はない。
だが数秒後、異変に気付く。
「……なんだ?」
穴から煙が立ち上ってきた。敵が穴の中をよく見て、そこに何があるかを確認する。
その穴は大きさ10m、深さ5mほどの中々に大きい落とし穴だ。その中に、深さ50㎝ほどの水が入れられている。
そしてその水に浸かっている兵士は、突如として声をあげ始める。
「がっ……グアッ……! アアァァ!」
苦しみの声をあげながら、落とし穴から出ようと必死にもがいている。
その兵士たちの足につけられている防具が変形している。
「た、隊長! 助けて!」
「な、何が起こった!? 貴様ら、その足元にある水は!?」
「わ、わかりま……ぎゃああああああ!」
兵士たちはなおも激しい叫び声をあげる。
だが兵士を蝕むものの正体を敵は知ることがない。
それは俺の世界に存在する劇薬、使い方を間違えれば非常に危険な薬品。
「我ながらえげつないと思うぜ。硫酸の水たまりってのはな」
「硫酸?」
「ああ。俺のいたとこにあった、鉄も溶かす水のことさ。人間が触れようものなら、たちまち激痛に襲われることになる」
「わ、わたし、知らぬ間にそんな危険なものを扱わされてたの?」
「おお、役に立ったぜ」
あの落とし穴は、アリスと俺、そして低ポイントで召喚したゴブリン数体で作ったものだ。
半日は作業をして、やっとこさ作った落とし穴。敵を30人ばかしやっつけられた。
「飲まなくてよかった。水っぽいからって飲まなくてよかった……」
心底安堵した表情でアリスがつぶやいている。
こいつ、危険な物だって言っておいたのに、飲もうとしてやがったのか。
そうなってたら助ける意味もなく死んでたな。
「……でも、思ったより倒せなかったわね」
「いんだよ。あれは倒すためのものじゃない。警戒させるものだ」
「警戒? そんなこと、してもらわない方がいいんじゃないの?」
「普通はな。だけど今回は違う。敵は数が膨大、その気になれば一気に攻め落とすことが可能なんだ。それを防ぐために、入り口近くに死ぬ罠を張った。まともな神経を持つ奴なら、ここからの進軍は慎重になる。結果、城下全てを散策しあらゆる罠の可能性を探るだろう」
「そっか。そんなところに罠を張って意味あるのかなって思ってたけど、そういう意味だったんだ」
「ああ。これで敵は普通に進軍してればかかるはずのなかった罠にもかかる」
しかも敵は、目に見えない落とし穴の類を最も警戒するだろう。敵の精神を削ぎ、なおかつ進軍を遅らせることが出来る。
ひとまずは俺のペースに持っていくことが出来たってわけだ。
「……でも、いくら罠にかかっても、全員を倒すことなんかできないでしょ? あの罠の数じゃ」
「そうだな。あれじゃ全員を倒すなんて不可能だ。よくて5000人ってとこじゃないのか?」
「そんな! じゃあ意味ないじゃない!」
「慌てるなって。目的は別にあるんだ。いいかアリス? 戦争に勝つ方法はな、敵を殲滅するだけじゃないんだ」
「え? 敵を倒しつくさなきゃ、戦争なんて終わらないじゃない」
「それがそうでもない。まあ見てろ。もしうまくいけば俺たちの勝ちだ」
「……アキトが言うなら、信じるけど……」
「よろしい」
実際には成功する可能性はよく分からない。もしかしたら確実なものかもしれないし、もしかしたら0パーセントかもしれない。
それをアリスは知らない。
なのに、信じると言ってくれた。
もはや俺にできることは少なく、あったとしてもそれは微々たるものだが、それでも全力でそれを行おう。
俺を信じてくれた一人の女の子のためにも。




