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覚悟を持って戦おう

 イクス王国から逃げかえり、1日かけて距離を取り、今我々は小さな村で休息をとっている。

 あまりにも予想外だった。まさかあのアリスに我々の兵隊、約1000人もの兵士がやられるとは。

 置いてきた兵士たちの生死を確認したわけではないが、あの苦しみようでは助かる見込みもない。その上あそこは敵地、仮に生き残っていたとしてもCP確保のために囚われの身となっているだろう。

 今すぐ助けに行けば幾人かは助けられるかもしれないが、主力部隊も正体不明の虫によって体全体のかゆみが治まらず、まともに動ける状態ではない。死なぬとは思うが、今は休息をとるべき状況、見捨てる他ない。


「しかし、あの虫は一体何なのか?」


 私の見てきた中で、あのような虫は1匹たりとも見た事がない。

 黒い虫に黄色い虫、あれは危険だ。特に黄色い虫、あれはごく小さく指先でつぶせば簡単に殺せそうだが、鍛え上げられた兵士たちを身動き取れなくさせるほどの激痛を与える猛毒、まともに戦ってはいけない。

 さらにあれが本当に虫だとすれば、繁殖力も高いだろう。あのような危険な生物を何万匹も所持している……考えただけでゾッとしてくる。

 だが、対処法がないわけではない。あの時は奇襲により前情報なしの戦闘だったからこそ、こちらが多大な被害をこうむったに過ぎない。

 敵の正体を知った今、対策をとって戦えば勝てる。幾多もの戦闘を経験した私だ。この確信に間違いはない。


「となれば、魔法部隊の援軍が必要になるな。それに隙間を極端に無くした重装備も」


 黄色い虫と黒い虫の大半は遠距離からの魔法攻撃でどうにでもなる。仮に城内に忍び込ませてあったとしても、隙間を極端に減らした防具であれば対処可能だ。

 皮膚は簡単に突き破れても、鉄製の鎧をあの虫が貫けるとは思えん。

 それは先のアリスの戦い方も容易に想像できる。

 最初にあの黒い虫で我々の肌を露出させる、それが目的だったのは言うまでもない。ということは、攻撃力そのものは低いと公言しているようなもの。

 他にも敵はいるかもしれんが、情報のない戦など今回だけではない。臨機応変な対応、歴戦の兵士の腕の見せ所だ。

 あとは時を待つだけ。援軍の要請を行い、兵士の傷をいやす。1週間もすれば再び攻め入ることもできるだろう。


「隊長、ご報告があります」


 一人の兵士、最近この隊に配属になった新参者が入ってきた。

 先の戦いでは未知の敵に恐怖し、一目散に逃げだした軟弱者である。


「なんだ?」


 軟弱者への侮蔑的感情、私的理由で私はその兵士に怒気を含めた低い声で問うた。


「黒い虫にやられた兵士たちですが、体を掻きむしり、多少ながら出血をしています。数に限りはありますが、包帯の使用を願います」


「我慢しろ! 私だって痒いのだ!」


「ハ、ハッ! 分かりました!」


 一度怒鳴っただけで、新参者の兵士は逃げて行った。

 全く、アリス討伐の任務がいかに簡単そうに思えたからと言って、あんな雑魚まで任務に参加できるとは。

 この戦いが終わった後、王に進言してどのような戦でも編成に私の意見を聞いてもらえるようにするか。

 アリスにやられたという結果、それがあれば耳を傾けてくれるはずだ。


「さて、武器の手入れでもしておくか」


 敵があの虫であれば、武器などあってないようなものだが、何があるか分からぬのが戦、入念な準備が無駄ということはない。

 しかし痒い。黒い虫に刺されたところがかゆくて仕方がない。だが掻いてはいけない。掻けばより一層ひどいことになるのは分かっている。

 なぜなら、私の皮膚はすでに血が溢れているのだから。

 分かっているのだ。掻いてはいけない。掻いてはいけないのだ!

 そう思いつつも、掻きむしる手を止められない私であった。



 時間はあっという間、というほどではないが経った。

 くそ、かゆみのせいでロクに睡眠もとれなかった。おかげで時間が無駄に長く感じたぞ。だがこのかゆみもだんだん薄れ、今では普通に我慢できるようにもなった。あと数日もすれば確実に治るだろう。

 それに新たに寄越された援軍20000人は無傷、今いる兵士全員をこの場に休ませていたとしても問題なく対処できるだろう。

 ……いや、この油断が今回の事態を招いたのだ。相手がアリスであろうがただの子供だろうが、もう油断はしない。

 生粋の軍師を相手にする気持ちでアリスを打ち倒す。


「魔法部隊、今回貴様らは最前線と最後方、2部隊に分けて編成する。既に報告で分かっていると思うが、貴様らの役目は最重要だ。イクス王国を焼け野原にするつもりで魔法を放てるよう、魔力を高めておけ!」


「「「ハッ!」」」


 一糸乱れぬ統率の取れた返事をする魔法部隊。それとはあまりにも対照的、虫に襲われた兵士たちは不安な表情で進軍の準備をしている。


「何だ貴様ら、その不満げな表情は! そんなことで敵を倒せると思っているのか!?」


「す、すいません隊長。ただ、仲間たちのあの苦しみようを思い出したら、少し……」


「そのための魔法部隊と重装備だろうが! あれに対する対策は万全にした。それ以上不満を抜かすようなら、今ここで打ち首にするぞ!」


「ひっ! すいません! もう言いません! さあみんな、イクス王国を亡ぼすぞ!」


 私に怒鳴られた兵士は、援軍とともに届いた重装備を身につけ、声を高らかに意気込みを言う。

 それが私に殺されないようにというものであるとわかるが、それでも敵に怯えるよりマシだ。


「準備は出来たな! では進行を始める! 手筈通りに動けよ!」


 私の声とともに、兵隊は動き出す。20000を超える数の兵士、たった一人しかいない城を攻めるには些か多すぎる数だが、これでも私は足りないと考える。

 何があるか分からない。もしかしたら強大なモンスターを飼いならしているかもしれない。

 それにここ最近、なにかに見られているような感覚がある。念のためにスパイがいないか入念に調べはしたものの、そんな輩はいなかった。

 恐怖の気持ちが私にそうさせるのか。

 フッ、まさか私がアリスに怯えるとはな。

 だが不安な気持ちとは裏腹に、アリスに対する敬意も芽生えつつあった。

 絶体絶命のピンチを覆そうと知恵を絞り、我々を脅かすほどになったアリス。そんなアリスに対し怯えがあるものの、反対に強者と戦う喜びもある。

 このような戦士の気持ちにアリスがさせてくれるとはな。

 いいだろう。私はこの戦、死を覚悟し戦うことを決意しよう。

 我が知恵、我が武、全身全霊を持ってお前を打ち倒そう、アリス!

 もはや哀れな少女と思いはしない。

 喜べ、お前は私たちの明確な敵となった!


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