3歩下がって1歩進む
やるべきことはあまりにも無理難題だ。
兵士の数の差は莫大、敵はCPで兵士の補充も出来るだろうし、人間の兵士は訓練された兵士だ。生半可な戦力では返り討ちにあうのが関の山。
そしてこちらの戦力は、残りCP15000、数千匹を超える蜂に蚊、そしてチーターが30頭ほどだ。
蜂や蚊は敵に対して有効であることは分かっている。城外には蜂に刺された兵士たちの死体が散乱し、毒の耐性はなことは明白だ。そしてその兵士のほとんどは鎧を脱ぎ捨て、体を掻きむしった後がある。
俺がいた世界の人間と体の作りはほぼ同じとみて間違いない。
しかし、その蜂や蚊は何らかの対策が取られることは間違いない。遠距離からの魔法攻撃が有力だ。
実際に魔法がどんなものか見てはいないが、相討ちを恐れるそぶりを見せたあたり、それなりの威力を秘めているはずだ。蜂や蚊では耐えきれないだろう。
つまり実際に敵の兵士を殺してくれるのは30頭しか残っていないチーターだけなのだが、このチーターも思ったほど敵を倒せなかった。焦りで冷静な判断力を失いつつあった兵士ですら、1匹当たり数人しか殺せなかった。
新たな生物を召喚して敵を迎え撃つしかないわけだ。
「でだ、なんかアイデアがあるとうれしいんだが」
俺はこの場にいる2人、アリスとシロちゃんに尋ねる。
シロちゃんは人型を維持し続けているが、サモンなどの基本的なことは行えるようだ。
ちなみにシロちゃんの体はどうなっているのかいろいろ聞いてみたが、すべて「そういう風にできているので」と明確な答えはもらえなかった。おそらくシロちゃん自身もあまりよく分かっていないのだろう。
だからひとまずそこは置いといて、敵兵の迎撃に話し合いをシフトしたのだが。
「ここは一気に15000CP使ってモンスターを召喚しましょう! 大は小を兼ねるよ!」
アリスがサモンメニューにある人よりも3倍ほどデカいモンスターの召喚を推奨し、
「バカですかあなたは? 一匹殺されたら終わりでしょう? それに城主アキトのみが知る未知の生物、これらは少ないCPかつ強大な力を持つ者もいました。1000CPほどのモンスターとアリスを壁にしてそれらを援護する方がまだマシなはずです」
「なんで私が壁になるのよ!」
「それ以外にあなたが役に立つとでも?」
「立って見せるわよ!」
シロちゃんはアリスの意見を否定して、さらにアリスに重労働を科す提案ばかりしてくる。
いやまあ、アリスの意見はどれも馬鹿すぎて否定するのは問題ないんだが、アリスをボロ雑巾のように扱う案を出すのもちょっと問題ありだ。
それぐらいしかアリスが役に立たないってのは同感だが。
「アキトはなんか作戦ないの?」
「そんなものない!」
「そ、そんな胸張って言うほど?」
「たりめえだ。こんな状況、諸葛孔明でもお手上げだっての」
「しょかつ?」
「こっちの話だ。気にするな」
しかし本当にどうすればいいのか。
戦力差は歴然、まさに巨像と蟻の戦いだ。生半可な策を弄したところで敵兵を100人200人殺すのが関の山だろう。
一国の兵士数千人をまとめて打ち倒す作戦など考え着くはずもない。というか本当にそんな作戦があるのかすらも疑い物だ、
完全に詰んでいる。チェックではなくチェックメイトだ。
こうなったらアリスだけでも逃がすしかない。幸いにもアリスはすでに城主ではなく普通の一般人、この城からいなくなっても問題はない。
行く先々で不幸なことが起きるだろうが、兵士が押し寄せ無残に殺されるよりかはましだろう。
と、俺は完全に諦め、どうすればこの国を救うことが出来るかではなく、どうすればアリスだけでも救えるかに考えをシフトしていた。
そんなとき、事態が変わることが起きる。
「城主アキト、ファルマ王国よりコンタクトがありました」
「……コンタクト? 敵国からわざわざ?」
「はい、すぐに通信画面を映し出すことが出来ますが、どうなさいますか?」
「……アリスを城主としてファルマ王国の人間と話すようにできるか?」
「それは……問題なくできます。誰がこの城の城主かどうかという判断は私にしかできないことですので。ですがよろしいのですか? 現在の城主はアキト様ですのに?」
「いいんだ。何があるか分からない以上、敵には油断してもらっておいた方が良い」
アリスは紛うことなき無能だ。それはこの国の惨状を見れば世界共通認識と見て間違いない。
ならばわざわざ俺がアリスの助力をしていると教えない方が良い。
降伏するうえでアリスが城主でないことを教えるのは最終手段だ。何があるか分からない以上、隠せる情報は隠しておくに越したことはない。
「つーわけでアリス、お前が城主としてファルマ王国とやらの城主と話せ。間違っても俺のことは言うなよ?」
「う、うん。言わないように気を付ける」
信用できないな。
俺はシロちゃんの映し出す画面に映り込まないように位置取り、ファルマ王国のコンタクトに応じるようにシロちゃんに促す。
「では映し出します」
そう言ってシロちゃんは人間状態から球状態に戻り、光を発して空気中に画面を映し出した。
その画面にはアリスよりも少し年上そうな少年が映し出された。
「ようアリス、まだくたばってなかったか」
ニタニタと笑いながら、あからさまにアリスのことを見下している。
そんな敵国の城主に向かって苦々しげな表情を向けながら、アリスは口を開く。
「ふん、たった一人の女の子を殺すのに何千人も兵士を寄越すなんて、よっぽどのクズね」
「おいおい、人聞きの悪いことを言うなよ。城主であるお前を殺すんだ。モンスターの召喚を警戒するのは当然のことだろ? やっぱアリスは馬鹿だな」
やれやれとため息をつきながら少年はアリスをバカにした態度を見せる。
それにアリスは過剰に反応して、顔を真っ赤にしながら反論する。
「うっさいわねこのチキン野郎! 私はアットほど臆病者じゃないわ! 子供の時に母親に怒られて1日中泣き叫んでたくせに!」
「な、なんだと! お前だってついこの間まで夜中に一人でトイレに行けなくて、1週間連続でおねしょしてたくせに!」
「な、なんで知ってるのよそんなこと!」
まるで子供の喧嘩だな。一国の主たちの話とはとても思えん。
というかアリスよ、お前は最近までおねしょをしていたのか。
そういえばさっきもチビっていたみたいだし、アリスは本格的にどうにかしないといけないレベルのビビリだな。
それから2人は互いの恥ずかしい過去を次々と暴露し合っている。
アリスは主に子供のころのことを、敵城主アットはここ最近のアリスのことを。年齢的に見てもアリスの方がダメージの大きい暴露大会だな。
「このビビリ王子! 女の子の秘密を暴露するなんて、最低よ!」
「うるせえ、何が女の子だ! 女なら女らしくおしとやかにしやがれ!」
終わりそうにもないしょうもない会話に終止符を打つべく、俺は言葉を発さずにジェスチャーでアリスに話を変えることを指示する。
だが怒りでヒートアップしているアリスはそれに気付かず、口論を続けた。
「あんたなんかぶっ殺してやるわ! 覚悟してなさい!」
「はん、それはこっちのセリフだ! つーか今の状況分かってんのか? お前が殺される寸前なんだよ! ついさっき援軍をそっちに寄越した。いったい何をして俺の兵士たちを退けたのかはわからねえが、あと2日で援軍はそっちに到着する。首を洗って待ってろ!」
なっ!?
あと2日でさらに大量の兵士がやってくるだと?
「ふん、そんなの返り討ちにしてやるわ!」
「やれるもんならやってみやがれ! コンタクトオフ!」
アットが叫びながらコントクトを切った。
映し出された画面は消え失せ、この部屋の中はしんと静まり返る。
口論により顔を真っ赤にしていたアリスは30秒ほど荒い息を整えようと深呼吸をして、こちらに振り返った。
「……ど、どうしようアキト。あと2日で、援軍が来るって」
さっきまでの真っ赤になっていた顔とは違い、今度は真っ青な顔になっている。
いつの間にか人間状態になっているシロちゃんがそんなアリスに呆れるかのように言う。
「まったく、どうしようもありませんね。もっと冷静に会話をしていればファルマ王国の城主も恩情を見せたかもしれませんのに」
「だ、だってむかついたんだもん。あいつ、私の事バカにして」
不貞腐れたかのように口をとがらせるアリス、だがその表情は暗く、これから来る援軍に対して怯えていることは明白だ。
つーか俺も怖い。もしかしたら万に届くかもしれない数の兵士がやってくるかもしれないのだ。
いざという時に逃げ出そうにも、圧倒的な数に包囲されて惨殺されるむごい未来が訪れるということは容易に想像できる。
「蜂はもう無理だろうし、チーターが通用しない以上、有効な手はない。かといって逃げようにも数が違う。これは本当に覚悟を決めた方がいいかもな」
「か、覚悟って何よ? 何とかしてくれるんじゃないの?」
「出来る限りはやってやるさ。だけどな、状況が悪すぎる。せめて敵の情報が分かればまだ活路はあるんだが……」
「分かりますよ? 敵の状況」
「……へ?」
予想外の言葉に、俺はつい間抜けな声をあげた。
敵の情報が……分かる?
「そ、それってどういうことだシロちゃん?」
「簡単なことです。敵兵が逃げた場所にあの虫を放てば、虫を通して情報がまるわかりになるんです」
「……そう言えば、サモンした奴の視界をカメラで見れるんだっけ」
「ちゃんと音声もついていますよ」
ならば、何とかなるか?
まだ圧倒的に絶望的な状況に変わりはないが、それでも1歩ぐらいは好転したかもしれない。
援軍の情報を差し引きすればマイナスだが、敵がどのようにこちらを攻めてくるか、それさえわかればまだ対処法はあるかもしれない。
俺は一縷の望みをかけ、城の周りを徘徊している蜂を数十匹、ファルマ王国の兵士が逃げて行った方向に放った。




