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「私は、嘘を申し上げました」


 歪だが、それは土下座だった。


 お白洲にの裁判場で生まれた日本流の謝罪方を、ふぁーなは村人から異世界で教わっていた。


「村人さんは一人ではありませんでした。……私はピクシーなんです」


 ふぁーなの今まで以上に奇抜な発言に、『勇者部』の面々ですら心を冷やした。


 無言の空間を、ふぁーなさんは聞き言っていると勘違いしたのか、釣り上げられた魚のように苦しそうな表情で説明をした。


「旧王都の撤退中に、残っていた民間人――いえ、正規軍でなかったのは、村人さんだけじゃありません。

 わたしも、あの場にいました。

 元来、人がピクシーを見ることはできません。

 だから正規軍も撤退中に私の誘導をすることはありませんでした。彼らは私が見えないですから。でも、魔物は私たちを餌として視認できます。

 あのとき……トロールに羽をもがれてもう飛べなくなって、もう生きることを諦めていたときに、村人さんは颯爽と現れて私を助けてくれたんです。

 彼だけが、私を見つけてくれたんです」


 恍惚とふぁーなは喋る。


「ピクシーなんて最弱で虫のような部族です。

 人の周りにピクシーがいると知られればやれ盗撮魔だやれ泥棒だと疑われます。

 だから、私を拾ってくれた村人さんと一緒にいるためには、私はいないことにしなければいけなかったんです……」


 嘘を嘘で塗り固めて、嘘が露呈する。


 なんて典型的な詐欺。


 ピクシーは妖精やフェアリーとも呼ばれる、羽の生えた小人族の一種だ。

 とっても小さく、人の掌ほどの大きさしかないと物語上では伝承されている。


 けれどふぁーなは、どこからどう見ても、変哲なく成長した人間だった。


 アリアが憤ったのは、ふぁーなの嘘に村人を反映させていた点だ。


――ピクシーいいよなあ。ピクシーと結婚したい。あの小さな体で……げへっ。


 村人はしきりに呟いては気色の悪い、でも心底幸せそうに笑っていた。


 それは私にだけ教えてくれていた秘密だったんだ。


 それなのに、それをこの女は……。


 アリアの耐え切れない怒りを爆発させようとする寸前に。


「えいっ」


 先に爆発させた智香の手がふぁーなの首に伸びた。


 予兆に勘付けなかった善吉の手は、身を乗り出して智香の腕を掴もうとして、宙で止まった。


 ふぁーなの首が折れた。

 ふぁーなの頭が落ちた。

 ふぁーなの体が崩れた。


「ひっ……」


 『勇者部』の息を呑む音。


 こ……ころした? 智香が。ふぁーなさんを。首を絞め落とした……?!


 テーブルの上にふぁーなの上半身が乗っている。


 人体の首の中身を初めて見たが、空洞となっていた。例えるならマンホールのような闇がそこにあって、恐怖しかなかった。


 自分自身の体の正常性がわからなくなる。食道は? 血管は? 骨は? 筋肉は? いますぐに、首を、むしって――落とす?


 床に落ちたふぁーなの頭から何かが這い出て来る。真っ赤な体液か神経か脳か。


 そのどれでもなかった。


「く、首の連結部を壊すなんて、やり手ですね」


 落ちた頭から飛び出てきたそれは、テーブルの上に改めて座りなおした。


 そして清く正しく膝をついて頭を下げた。


「改めまして、ピクシー族ゆるまにあ村のふぁるふぁるふぁるふぁーなです。

 ピクシーは人に視られることができないため、人体を模した防護服を着るのですが、村人さんと同じ世界のあなたがたには、どうやらこの姿の私も見えているようですね。

 もし、この防護服のせいで理解を阻んでしまっていたなら、こちらの不徳の致すところでした」


 誰もが目の前の光景を信じることができなかった。


 テーブルには、コップほどの背丈の小さな女性……女の子、いや女性なのか? よくわからないが、とにかく小さな人が座っている。その背には防護服と呼ばれた人体のレプリカがある。


「これが、異世界です」


 ふぁーなの呟いた言葉に、反応が早かったのは『勇者部』の男連中だった。


 実物の妖精さんです? ……妖精さんだ! 


 学会に提出すれば異世界の実物証拠として認められ、世界に異世界の存在を知らしめることができる。心はポップコーンが弾け飛ぶみたいに沸き立って胸の中で踊っていた。


 ピクシーは、存在する。


 異世界は、実在したんだ!


 瞳を爛々と光らせる『勇者部』は、今にもピクシーを質問攻めにしそうだった。


 善吉は村人の話が流れてしまう前に、ふぁーなに提案した。


「異世界……という存在の、実在はわかりました。

 ええ、およそ信じられないことではありますが、あなたの言葉を信じましょう。

 あなたが妄言を吐いていないことは理解しましたから、そちらの胴体が見えてる体に戻っていただけないでしょうか?」


「そんなあ。もっとピクシーを見させてくださいよ!」

「小妖精ですよ。単なる妖や幽霊みたいな実在しないものじゃないんですよ!」


 異世界より幽霊の方がまだ信じていたが、この場ではなんとも言えず唸ってしまう。


 物珍しいことはわかる。

 綻んだ彼らの顔は、きっと異世界に降りた村人と同じ顔なんだろう。


 そう思うと、切って捨ててしまうこともできず……。


 悩んでいた善吉だったが、ふぁーなは提案に首を振った。


「一度脱いでしまうと、防護服は捨て置くことしかできません。元から使い捨てなんです。

 それに、こちらの姿でいることで信じて頂けるならば、好奇の視線なんてどうということもありません」


 人間に虐げられてきた種族の彼女は、毅然として言い放った。


 ……そうか。ふぁーなさんは、それほどの覚悟をしてまでこちらの世界に来たのだ。村人の遺体を担いで、私たちに最後の挨拶をさせるためだけにやってきたのだ。


 でも――。


「……どうして、そこまでして息子の遺体を欲しがるのよ」


 震えた声で、焦点だけをなんとかバケモノに合わせながら智香は訊く。


 ふぁーなの顔を覆った皺を、とても良好だとは表現できない。


 彼女は葛藤の末に、真実を話す選択をした。


「ここまで来てしまえば、これ以上の隠しごとをしながら頼むことは失礼になるのでしょう」


 隠し通したかった、と言いたげにふぁーなはため息をついてから――顔を赤らめた。


「私は村人さんと生涯換の儀を行いました。こちらでいうなら、結婚式、でしょうか」


「……は?」


 困惑に満ちた言葉が、ピクシー以外の全員から同時に発声された。


 ……結婚式? 誰と誰のだって?


 善吉の頭にぽつりと浮かんだ言葉は、今までの戦争や魔王や異世界の何とも結びつかず、何より村人とつながらない。


 二十歳になっても隠れてダンボールに銀紙を貼り付けて二刀流の真似事をしていた息子が結婚することは半ば諦めていた。


「ちょ……! 結婚ってなによ!」


 卒倒しかけた智香に代わるように、アリアが勢いに任せて立ち上がった。


 け、結婚だなんて! 最重要危険ワードを流すわけにはいかなかった。


 ふぁーなは落ち着いて、しかし頬を上気させながら説明を加えた。


「そのままのつもりです。

 短い時間でしたが、旅で触れた彼の純粋素朴なひた向きさに私は惹かれ、村人さんも私という存在を受け入れてくれたのです。

 彼は私に愛を囁いてくれました。生涯と共にすることを誓ってくれました。魔王に殺されなければ、私たちはずっと一緒にいられたんです……。

 誓いの証として、村人さんは彼の毛を指輪に見立てて私に巻いてくれました」


 人形菓子みたいなふぁーなの、更に小さな小指は、四十路の善吉にはよく見えなかった。


 アリアは携帯を取り出して、カメラを高倍率にした。


 ……確かに、差し出されたふぁーなの小指には睫毛のような短い毛が結ばれていた。


 でも、それが村人の睫毛かは鑑定しないとわからない。


 でももし、それが村人の睫毛だったら本当に……。


「ちょっとそれ頂戴」


 アリアがふぁーなに詰め寄った。


「嫌です。あなたは婚約指輪を誰かに貸し出したりするのですか。これは私たちの愛の」


「御託は言いから。あなたが本当に村人の婚約者かそれで見極められるの」


 渋々と、露骨に嫌な顔をしながら、ふぁーなは小指の睫毛を解いた。


 そういえば小指なのか、薬指じゃなくて。そんな些細な相違を善吉が考えていたら、ふぁーながアリアに睫毛を渡した。


 アリアは迷うことなく、睫毛を口に含んだ。


「……へ?」


 困惑に満ちた言葉が、好きな男子の毛を食べる変態以外の全員から同時に発声された。


 ……イート? 睫毛を?


「正気か? 美穂ちゃん」


「アリアです。正気です。

 ――ああ、これは、間違いなく村人の睫毛です」


 なんでそんなことわかるんだろうこの子。ちょっと怖いな。異世界よりも怖い。


「本当に、村人は妖精と結婚を……」


 結婚指輪を食べられたふぁーなは呆然としていた。

 変態に慄いたのか、意識を取り戻してからはアリアに目を合わすことをやめた。


 危険に触れないように、でも恨みがましい目を向ける常識的な彼女の態度に、善吉の頭の片隅で凝り固まっていたものが流れていったような気がした。


 ふぁーなは強かった。


「はい、結婚しました。婚約しました。一生一緒に居ようゼと約束しました。

 だから遺体を引き取りたいんです。

 国から派遣された役所の人間としてではなく、国になんて渡すつもりもありません。家族として、私が私のために遺体を持ち帰って一番いいやり方で供養してあげるのです。

 その役目は、実親だからと易々と渡すわけにはいきません」


 最後の願望までつまびらかにしたふぁーなは、息巻きながら机を叩く。

 その音は小さ過ぎて上手く聞き取れなかったが、これが彼女の本心なのだとわかった。


「許可を取りに来たのは、産みの親という立場をご尊重したに過ぎません。

 本来なら、こちらの世界に来る必要だってなかったのです。さあ、村人さんと最後の挨拶を済ませてください。その後、村人さんの体を返してください」


 ふぁーなの小柄な体型からは想像もつかないようなはっきりとした、全てを振り切るかのような強い口調に、負けじと智香も机を叩いた。

 振動でふぁーなが一瞬浮いた。


「冗談じゃない! 何が妖精よ、何が結婚よ! そんなあたしの知らないところであんたしか知らないこと、誰にも認められないわ!

 誰がバカ息子が結婚したことを喜んでやるもんですか! 勝手に言ってるだけのおままごとに私たちの息子を巻き込まないで!」


「勝手なんかじゃありません! 村人さんも同意済みの結婚です!」


「じゃあ異世界で供養して欲しいってのも村人の遺志なの?! 言ってないんでしょ!」


 ふぁーなは口を詰まらせた。逡巡した目は助けのない世界で彷徨っていた。


「そ、それは……確かに言ってはいませんでした。望んでいるかも私にはわかりません。けれど、お嫁さんに家族として扱う権利があることは当然のことでしょう!」


「息子は英雄なんでしょう。どうせ、息子の遺体を持ち帰ったらお金になるから適当に結婚だなんだと言ってるだけなんじゃないの。嘘つき娘!」


「私はそんなことしません! 大切な人の体をお金なんかに換えるだなんて、魂が汚れることを考えるあなたこそ、村人さんが死んで手に入った保険金で喜んでいるんでしょう!」


「言うに事欠いてなんて罵倒なのかしら! 殺してやる!」


 子供を護る母虎のように掴みかかった智香の手を、羽のもげたふぁーなはテーブルを二転三転してかわした。

 再び、智香がふぁーなをやっきになって捕えようとして、ふぁーなは智香の魔の手からすれすれで逃げ続けていた。


 智香が怒鳴るたびに口角から飛び出た泡がテーブルに飛散し、ふぁーなが転がるたびに金色の鱗粉が撒き散った。



 ……行方不明だった息子が異世界から死体になって帰ってきたと思ったら、嫁姑戦争が始まった。



 悲しいことしかないな、世界は。きっと異世界も。


「遺体は私が持ち帰ります。

 ネクロマンサーの技術を使って心臓だけを永久機関に換装して、村人さんの体があ朽ちるまで私と一緒にいるんです!」


「そんなことをさせる前にここでアンタをトイレに流してやる! 覚悟しろ!」


 でも、だからって、逃げだすことはできない。


 智香がピクシーを殺そうとするように、ふぁーなが村人の遺体をゾンビにするように。

 人生なんて都合のいい選択を、自分のしたいようにするしかない。


 そして、俺もそうだ。

 俺のしたいようにするだけだ。


 勇者になって異世界の生物と触れ合って魔王を倒して結婚した、異世界を満喫した息子に流れている血は、俺の血なんだから。


 善吉は、縦横無尽のローリングピクシーを捕まえた。


「でかしたわ! そのままそのふしだらな女を床にたたきつけて!」


「……智香、お前も落ち着くんだ」


 目を血走らせた俺の嫁も押さえつける。


『勇者部』の面々は、戦々恐々として部屋の隅でまっくろくろすけのように助けを求めている。


 美穂ちゃん……アリアちゃんだったか、彼女は魂が抜けていた。よほど村人を好いてくれていたのだろう。ありがたい。


「最初に言っただろう。世の中の大半の問題は会話で解決するようになっているんだ」


「そいつは異世界の種族よ」


 俺もそう思っていた。いや、それについては事実だ。ふぁーなはピクシーという人間とは違う種族で、地球には存在しない小人だ。


 だから。


 だから、彼女とは意思疎通が不可能なのだと考えた。


 けれどそうじゃなかった。


 常識的な判断をするってことは、ふぁーなさんも同じように考えて悩む。私たちに村人の遺体を見せてくれたように、心のうちに優しさを携えた、会話のできる相手だ。


 世界が異なっていたって、村人は適応できたんだ。

 結婚なんて、意思の噛み合わない相手とできることじゃない。


 手の中で震えるふぁーなさんをテーブルにそっと降ろす。


「ふぁーなさん。先ず、村人との結婚を祝福するよ。うだつの上がらない、いつまでも見えない世界を追っかけていた息子だが、君があいつの夢を叶えてくれた。息子に結婚相手が現れることは想像できなかったが、息子を心の底から愛してくれる相手のようでよかった。おめでとう。ありがとう」


 智香と最後の力を振り絞ったアリアが叫んだ。


「お父さん。どうしてこんな訳の分からないものにそんなこと!」

「そうです。村人は確かにピクシーに欲情するようなド変態ですが、だからって本当に結婚させるなんて! 悪い趣味は矯正させるべきです!」


 アリアちゃんにド変態と言われる息子が不憫でならなかったが、ぐっと押し込める。


「確かにわけはわからない。

 私にだって、ふぁーなさんの言っていることが全てを理解できたわけじゃない。

 でもそれが真実なら、村人が選んだ相手なら私は受け入れるよ。お前だってそれが一番幸せなことくらいわかるだろう」


「それは……そうだけど……」


「それにアリアちゃん。村人のピクシーを好きな性癖は、異世界の趣味を持つ君と全く同じことだと思うよ。良い悪いは本人が決めるんだ」


「うっ……」


 アリアの中での葛藤は、最終的には相手思いの答えに落ち着いた。


 村人が、望んだなら……。


 テーブルで鎮座していたふぁーなが沈まった部屋に言葉を置く。


「祝福に感謝を。では、村人さんの遺体も持ち帰って――」


 善吉は首を横に振った。


「息子の遺体を渡すことはできません」


 それを誰かに引き渡すという考え方は、やはり善吉にはなかった。


 村人は私たちの息子であるという意識は、たとえ嫁さんだろうと引き剥がすことはできない。息子に向けた愛情を偽ることは誰にだってできない。


 納得がいかないとふぁーなは言う。


「どうしてでしょうか……。

 こちらの世界では、遺体に宗教的な処置だけ施して火にくべたり土に埋葬すると聞きます。それに何の意味があるというんですか。骨まで焼いたって天も獄もありはしません。なら、残った体を慈しむことできる私がもらっても……。

 ゾンビになって言葉も話せないし記憶も残っていないけれど、体温の残滓にすがったっていいでしょ!」


 ここにきて、初めて善吉はふぁーなの立場を再認識した。


「坊主にお経を唱えてもらうことも、体を遺品と共に燃やすことも、正しい伝統なんて忘れてしまった。村人は、もしかしたら異世界の英雄として壮大な墓にでも埋葬されたほうが嬉しがるかもしれない。

 でも、異世界で彼を送ってしまったら、私たちは村人を送ることができない。燃えて、燃え尽きて、何が村人かもわからなくなて初めて、私たちは村人のいない明日を生きることを確認するんだ」


 二十歳になっても異世界を信じきっていた、たった一人の息子がなくなったことを。


 いつまで経っても大人になれそうになかった、たった一人の好きな人が亡くなったことを。


「だから、村人の骨は渡せない。そしてこれは勝手なお願いだが、ふぁーなさんに葬式に参列してもらいたいと思っている。村人の妻として」


 死んだ世界と絶望の底から私を救いあげてくれた、たった一人の夫がなくなったことを。


「……燃えて、燃え尽きて、筋肉が血が骨が灰になってどれが村人さんかもわからなくなって、見送る……。体だけでも、一生、傍にいることもできるのに……」


 ふぁーなの滲んだ声に消えない悔恨が乗る。


 人が亡くなったのだ。


 どうしたって後悔が残る選択肢は存在する。


 アリアは深呼吸をしてから、ふぁーなに聞こえるように声を振り絞った。


「私だったら、あなたと同じ選択肢は選べない」


 ふぁーなは黙って聞いていた。


「ゾンビになって、私の言いなり人形になっただけの村人の体にしがみつくことなんてできない。

 確かに村人の少し甘い匂いはいつまでも嗅いでいたいし髪の毛一本で一週間は過ごせるけれど。でも、きっと、毎日涙を流すよ。

 生きてる村人を好きならなおさら……。村人の違うところを毎日見つけて、明日も村人じゃない村人と過ごしてたら、本当の村人がいる場所に早く行きたくなる。――村人はそんなこと望んでない」


 どうせあいつのことだ。天国でも地獄でも、異世界と同じくらい楽しんでるはずだから。


 追って来ようものなら邪けんにされるに違いない。


 友達として、仕方がないから。あんたのお嫁さんは手ぶらで異世界に蹴飛ばして帰してやる。


「……」


 ふぁーなは顔を悲痛に歪める。


 最初から、胸につっかえていた棘。


 村人さんの遺体をどうするべきなのか。


 村人さんはどうされたいのか。


 でも、そんなこと考えたくなかった。わかりきっていた。


 村人さんの遺体を持ち帰ることは私のワガママだ。望んでいるのはこの世で一人だけ。


 私が私のワガママのために、家族の別れを惜しんで遺体をゾンビにすることを糾弾できる人はいない。


 たとえ、実親が嫌がろうとも。


 たとえ、これから先の一生を泣きながら暮らすことになったとしても。


 たとえ、村人さんが私の涙を望まないとしても。


 私は……わたしは……。






 京都では火葬場のことを“お山”というらしい。


 唯一の火葬場が山の中だから、という単純明快な命名だった。


 あの嫁姑戦争から三日が経った。


 村人と最後の別れを済ませた。


 雲一つない晴天に、炉の煙突からもくもくと灰煙が上がる。あの中に息子の魂があるのだろうか。


 村人はどう考えていたのだろうか。魂や死後の世界にどんな観念を持っていたのか。今更になって興味を持つなんて……。


 燃え上がる棺を見るべきなのか、天に昇る煙を見るべきなのか、葬儀のときはいつも迷っていた。


 私は静かに目を閉じて、村人が駆けた短い人生を思い出すことにした。


 母さんや村人の同級生が肩を寄せ合う様を、したたる水音から察する。


 ふと、胸のポケットからも声が聞こえた。


「村人さん……。あなたが私にくれた勇気を忘れません。あなたが私にくれた愛情を偽りません。あなたが世界にもたらした光を、私が残し続けます。いつか、また会いま、しょう……」


 その涙は少な過ぎて、胸ポケットのシミにもならなかったが、この誓いをふぁーなは忘れない。


 目の前で世界から消えていく息子の身体を、匂いを、音を、ぼやけた光を通して刻み付ける。


 村人、異世界で頑張ったそうだな。よくやった。




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