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京都の公立中学校の裏門近辺には細い路地がたくさんあって、そのどれを辿っても同じような住宅街が広がっている。
その一角が、村人の実家だった。
村人の実家に住むのは四十路の両親のみ。
現在の堺家の客間には、新品の布団が敷かれている。
そこに横たわっているのは、ついさっき『勇者部』メンバーと民族衣装をまとった女性が持ち運んだ、村人の遺体。
客間の向かいにある和室では、七名がテーブルを囲んでいる。
村人の父母。
アリアを筆頭とした『勇者部』が計四人。
そして、見慣れない衣を着用した女性。
一枚に布を体に巻き付けるように民族衣装だが、まるで幼児が着慣れない服を着ているかのようながさつ極まりないものだ、と実母――堺智香は思った。
民族衣装を着る女性は、アリアに手渡された座布団を不思議そうに眺めていた。
周りが座布団に座る姿を未知の出来事のように観察してから、自分も座った。
村人の実父――善吉は、目線を一同に向けてから感謝の文言を述べた。
「村人の亡骸を家まで運んでくれてありがとう。礼を言う」
その言葉にどれほどの思いをこめられていたのかは、善吉にさえ掴めなかった。
現状は、不可解の連続だった。
夏休みになるなり旅行に出かけた息子が、その翌日に行方不明だと知らされた。
いつか戻ってくる。そう信じて待っていた。
しかし、行方不明とあやふやだった事態は村人の遺体によって死亡と確定された。
村人が死んだ。
まだ短い人生だ。私の半分も生きていなかった。この後悔を取り除くことは一生できないだろう。
そして。
死んだ息子を――異世界から運んだという女性。
そして。
……そして。
「それで、あなた――お名前はなんでしたっけ?」
「ふぁるふぁるふぁるふぁーなです。ふぁーなで構いません。
村人さんもそう呼んでくださっていました」
善吉の対面に座った民族衣装の女性は、恥じる様子もなく言い放つ。
部屋の緊張度が高まった。
将来は力士が有望な『勇者部』メンバーの腕がバイオリンのG線まで貼り詰めるほど。
「……苗字でしょうか? 名前でしょうか?」
「私たちの世界にそのような区別はありません」
民族衣装っぽいけれど、どこの文化とも似ていない先鋭的な服をまとった女性は毅然として言う。
「私たちの世界……ですか?」
未知の事実を。
「はい。村人さんが暮らしてこられたこの世界とは異なる位相に存在する世界です。
本来は互いにその存在は秘匿されているのですが、私は役所勤めで、あなた方が村人さんの関係者であることより明かさせていただきます」
役所勤めだと異世界の存在を知ることになるのか……。
サラリーマン一筋の人生だったが、公務員も大変な苦労を背負っていたことを四十になってから知った。
「村人さんが亡くなったことは、私どもとしても大変遺憾に思っております。
……本当に、死んでしまったことが残念でありません」
ふぁーなさんは弔問客のように礼儀正しい言葉を述べながら、顔を見ることも憚られるほど歪ませた。
その苦しみに満ちた表情を見ても、善吉は淡泊なお礼を返すことしかできなかった。
異世界から来たと自称する女性を、受け入れることは難しい。
善吉の隣に座る智香が、深呼吸をしてからふぁーなに尋ねた。
「村人はどうして亡くなったのですか」
智香は扉の向こう側の客間に視線を向けた。
下半身のなくなった息子がそこで永く永い眠りについている。
どうしてあんな惨い姿になっているのか。大切に、大切に育ててきた息子が、どうしてあんな戦争で打ち捨てられた亡骸のようにならなくてはいけないのか。
異世界の住民は、どこか誇りを持って答えた。
「魔王と相討ちに……」
和室にいる地球サイドはどよめいた。
「……魔王、ですか? えっと、それは昔のゲームにいたような?」
代表して喋った善吉だが、息子の村人と違い、そういう知識については乏しかった。
「私にはゲームというものがわかりませんので……。
こちらの世界に魔王はいないのですか? 村人さんはあまり魔王についてご質問なされず事前知識がありましたので、てっきりこちらの世界にも魔法は実在したものだと」
少しばかり驚きを含んできょとんとするふぁーなの姿に、『勇者部』メンバーの緊張が弛緩した。
「村人らしいな」
異世界が大好きな村人らしい、と笑い合った。
「村人は異世界モノについては一家言持ってたからな。魔王とか創作じゃあありふれた存在だから、その知識を流用できたんだろ(二十歳 数学科)」
「魔王かあ。どんな奴だったんだろうなあ、俺も会ってみたかったぜ。やっぱ全世界を支配するために魔王城は作ってたのかな。どんな構造だったんだろ(二十一 建築学科)」
「いやあ。異世界なんてものがホントにあったんだ。こりゃあロリ幼女で薄着のマ王様も可能性アリだ。羨ましいなあ村人(二十歳 教職希望)」
アリアが緊張感を失って談笑し始めた三人の頭をはたく。
「バカ! 村人はその魔王のせいで死んだのよ! ……おばさん、ごめんなさい」
「……ええ、いいのよ。ありがとう美穂ちゃん」
「アリアです」
智香は深く深呼吸をした。
年長者として無表情を保ち切ったが、内面では今すぐにでも叩き出したかった。
村人によくしてくれていた美穂ちゃんが叩いていなかったら、私の手が出ていた。
もう一度、智香は空気をめいっぱい吸い込んで深呼吸をした。
『勇者部』の面々も、村人の死を侮辱したいわけではなかった。
しかし、彼らの血が異世界に沸かないこともまたありえなかった。
目の前に本物の異世界人がいるのだ。今から公務員になって役所勤めになろうと衒いもなく考えるほど、惹かれてしまう。
ぐつぐつと焚き始めた『勇者部』の血を冷却させたのは、異世界の現実だった。
「魔王は街という街を殺しつくしました。
女子供の死体から臓物をくりぬい、健康な成人男性のゾンビに付与する。
臓器をいくつも持ち合わせたゾンビに弱点はありません。
肺をいくつも持った男は体が朽ちるまで魔王の命を全うし続けます。心臓をいくつも持った男は送りだす血そのものがなくなるまで人を襲うことをやめません。
魔王は標的にした町の外周の森を魔術で育て、木を燃料に業炎で街を囲みます。逃げ道を失った住民の首から上をゾンビになった親族友人が刈り取り、脳は竜の餌にします。魔王は転移魔法を使えなかったそうで、竜に乗って街を巡っていたからです。
それでも、私たちの世界の人間の人口は一握りまで減少し、魔王を倒して数日を経た今もまだゾンビの脅威に怯えています。魔王は定住することはありませんでしたが、好みの民家を見つけたら町の人間を滅ぼしてからそこに住んでいたからです。
それと、なりは幼女ではありませんでしたよ。普通に、村人のさんのお父様のような、冴えない男性でした」
いきなり話を振られ、挙句罵られた善吉は、ふぁーなの口から語られる魔王という存在の感想として、
「そうなんですか」
とだけ答えた。
……どうにも、だ。
どうにも胡散臭い。
村人の友達らは顔を青くしているが……。二十歳にしてはキミら、感受性が豊か過ぎやしないかい? 子供が手品にタネがあると知ったときみたいに絶望しているけれども。
なんだよ、異世界って。
この女性が、山で足を滑らせた息子の第一発見者だと言うなら納得もいった。
それは常識の範囲内で、しかも起こりうる現実だからだ。
魔王と相討ち?
昔からスポーツをやらせても長続きしなかった息子だ。
剣なんて中学校の授業で振らった竹刀くらいのもので、決闘という名のアニメバトルクイズを血で血を洗うだなんて大袈裟に表現していた息子だ。喧嘩なんてやらせたこともない。
はっきり言って、テーブルの向こう側にいる女性の扱いに困っていた。
死体を運んでくれた。無碍にはできない。
でも、説明を鵜呑みにできるほど私は若くない。
この女性が村人を殺害した……というわけではなさそうだ。村人の遺体に対して向けた優しい笑みがそうではないと語っていた。同時に罪悪感の色も見えたが……。
ともかく。善吉と智香の、社会を渡ってきた大人としての経験がふぁーなを疑うに十分だと判断していた。
疑っていないのは『勇者部』メンバーだった。
「そりゃあ……悲惨な世界だ」
「末期だ。終焉だ。グランギニョルだ。世紀末のラグナロクだ! 世界は絶望に満ちている」
「やっぱりロリ幼女のマ王様なんていないんだ。就職やめます」
アリアが窘めるように頭を叩く。
「ちょっとアンタたち。その世界の人がまだ生きてるのに失礼でしょうが」
この言い分からもわかるように、アリアもふぁーなの異世界記を信じていた。
常識ぶったところで所詮は『勇者部』メンバーである。
それぞれの温度差を持ちながら、本題へと移った。
見るに堪えない、聞くに堪えない争いの口火を切ったのは、ふぁーなだった。
「ご両親様、御願いがあります。私たちの世界に、村人さんの遺体を持ち帰らせてください」




