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プロローグ


 大学のサークルは義に厚い。


 旅行と飲み会には絶対に逆らわない。


 大学三年生の夏休みなど遊び以外のために使おうものなら天罰が下ると言わんが如く。

 単位認定試験が散々だったことも忘れて、オタサークル『勇者部』は旅行に出発した。


 滋賀の湖近くの別荘は、アリアのものだ。


 故事来歴に記されているように、オタサークルといえば姫がいる。

 HNハンドルネームアリアが六億円の一等宝くじで購入した土地と別荘だった。


 ちなみにアリアの本名は松本美穂という。


 湖畔の静かな別荘に着くやいなや、『勇者部』の面々は好き勝手に荒らしまわった。


 白い部屋に黒いバランスボールを置いてガンツごっこを始めたり、コップに水を注ぎ新緑の葉を幾枚か毟って水見式を行ったり、死に戻りすると叫びながらプールに飛び込んだり。


 『勇者部』は、およそ成人式に出席する年頃の十割がやらないことを、こぞってやることに心血を注ぐサークルだった。


 ダンボールの剣に銀色のビニールテープを巻かないだけ成長したとも言える。


 夕餉とお酒をつまみに、『勇者部』は各々が好む異世界論を飽きるまで話し合った。


 そちらのサブカルチャーに精通しているからこそ通じる会話を、彼らは楽しんでいた。


 なかでもさかい村人むらとは異世界に対して多大な情熱を注ぎこむ男だった。「I LOVE 異世界」とマジックで書いた服を着るような残念だが一途な男だった。


 寝る直前、村人は熱を込めて語った。


「明日の朝、俺のラブリー異世界パジャマの裏表が入れ替わってるんだ。

 起きて一言目は「パジャマ逆だあ」だ。

 そしてこれを言った途端に窓が割れたSATが俺の服を脱がそうとする。

 そこに颯爽と現れるのが雪より白い髪を杖に巻き付けた吟遊詩人。トロールの背に乗った吟遊詩人がSATをまとめて吹き飛ばして、俺の上着じゃなくてズボンを脱がしにかかる。

 つまり「パジャマ逆だあ」は魔法の言葉なんだ」


 真剣に語る村人は、そもそも服を着ていなかった。


 彼ほど人生を満喫している人間もいないだろう。

 苦痛のくの字もない純粋な笑みを浮かべて床に着いた。


 他のサークルメンバーは既に夢の中でロリ皇女とか熟女殿下と将来のご相談をしている際中で、村人の話を聞いていたのは二十歳にしては乙女過ぎるくらいの恋心を抱くアリアだけだった。


「くっだらない」


 真剣に聞いていたからこその感想であった。


 どうせ明日の朝になったら村人ですら忘れているだろうけど、裏表が逆の服を着させてあげよう。


 アリアも寝静まり、別荘は次の日を迎える。


 朝になって、サークルメンバーは現実にまぎれた奇妙を知る。


 ここは誰もがよく知る日本。


 二度目の東京オリンプックを四年後に控えた日本。


 この世界には勇者も魔王も、魔法も魔術も、ゴブリンもスライムもいない。


 そして――。


「……あれ、村人は?」


 堺村人もいない。


 二十歳の夢見がちな大学生は、湖近くの別荘から忽然と姿を消した。





 捜索隊が湖とほとりから半径数キロ圏内をくまなく探した。


 湖はその半分を山に埋めているため、捜索隊の足は樹海の深くまで伸びた。


 村人はあの晩、ひどく酩酊していた。


 ならば湖に落ちたのではないか。はたまた、散歩の途中で足を滑らせて崖に落ちたか。


 というのが村人を見つけることのできなかった捜索隊の見解だった。


 数日を経て、捜索隊の活動は打ちきりとなった。


 人は食料を三日摂取しないと死に至る。


 手がかりのない活動の打ちどめの節目に、雨が降った。


 『勇者部』の友人らと、駆け付けて別荘で待機していた両親よりかは小振りな雨だった。




 行方不明なだけだ。

 死んだわけじゃない。

 俺たちで探すんだ。


 『勇者部』のメンバーらは、捜索隊が下がった後も別荘に残って、毎日、山の中に入った。スキューバダイビングのセットも借りて湖に潜った。


 しかし、成果は得られないまま十日が経った。



 旅行、十一日目。


 また今日も、何も見つけられないのだろうか。


 手がかりすら出てこない素人の捜索作業に、みんなの精神が疲弊していた。


 心のなかで、彼らは思っていた。


 村人はもう――。


 サークルの姫さまだけが村人の生存を諦めなかった。


 だからサークルメンバーも反論できなかった。


 山に踏み入る。

 夏の鬱蒼とした木々が、生温い風に吹かれて梢をこすらせる。


 アリアの額にはここ数日で皺ができた。目の下の隈には汚れた色の汗が浮かんでいた。


「夕暮れになるから」


 進言した言葉も空しく、アリアは首を横に振った。


「もう少しだけ」


 雑木林を潜り抜け、最後に巡ったのは、猫の額という言葉がよく似合う水ためだった。


 何もないことを確認して、踵を返そうとしたときだった。


 水ためが大きく跳ねあがり、水飛沫の向こう側に女性が現れた。


 唖然とするサークルメンバー。


 アリアも口を開けていた。


 視線は、女性が肩に担いでいた男に向けていた。


 呆けた口からうめき声が漏れる。


「お知り合いですか?」


 髪まで濡れた女性が、肩の男に目を配ってアリアに尋ねた。


「……はい」


 アリアは掠れた声で頷いた。


 それ、私の好きな人なんです。


「そうですか……」


 女性の肩に担がれていたのは、堺村人その人だった。


 担がれていた村人の腰より下が、なかった。


「お願いします。この勇者の、ご両親に合わせてください」




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