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第二章ノ三


          5


 一人、山を探索していた。周りに緑は無く、よって腐葉土も存在しない。乾いた土に枯木が並ぶ茶一色の景色は、かつての生い茂る葉を思わせてどこか寂しい。

 共に来たセトともはぐれてしまった。乾いた土は崩れやすく、崖の側に立っては人一人の体重を支えきれなかったのだ。崖から転がり落ちたのはノア。セトは崖を大きく迂回してノアと合流するコースを進んだため、現在は一人きりというわけだ。

 側の倒木に腰掛け、思索にふけって暇を潰す。

 全身の擦過傷がひりつく。闘技で優勝したというのに、なぜこんな目にあっているのか、数日前を振り返った。


 闘技を終えたノアは、全身打撲でセトと共に病院へ運ばれた。病院と名はついているものの、その内情は、少しばかり医に通じる人間の家だった。セトの家と同じような間取りに家具に、そしてベッドが四つほど。ノアはそこに寝かされ、動物の油と肉を練った薬を全身に塗りたくられた。明らかな腐臭と、体温によって解け出した油が身を伝うのがたまらなく気持ち悪かったが、そこは好意でしてくれたことなので何も言わなかった。記憶に残っている医療の知識から考えれば、こんな治療はとても効果があるとも思えないのだが。

 ノアの知っているような高度な医療はここには存在しない。古くから伝わる民間療法でなんとか(まかな)っているような状態なのだ。一体どうしてこれだけの差が出てしまうのだろうか。彼等は病にかかった時、どうやって治療しているのだろうか。盲目的に効きもしない薬を信じて飲み続けるのだろうか。確かに偽薬(プラシーボ)効果というものはあるが、所詮は偽薬、正しい知識が無ければいつか大勢の死者を出すことになるだろう。

 しかし、今はそれを憂いている場合ではない。ノアはとりあえずとは言え、闘技に優勝したのだ。セトの言が本当ならば、マークスの冠を族長より賜ることができるはずだ。これで一歩、神へと近づくことができる。

「マークスの冠、か……」

 族長、ゼウス・クラウニンは荒く切りそろえた顎髭を撫で、嘆息する。深い堀の真ん中で、鋭い目が光った。刻まれた皺を見るに、そう歳をとっているようには見えないが、御年七十も半ばを過ぎているそうだ。その言葉が無いと、四十と言われてもその茶目っ気ある冗談に気が付かないだろう。彼からみなぎるエネルギーは全く衰えている様子がない。息子には族長の座を譲らず「孫が一人前になるまではと踏ん張っている」などと宣う。

 ゼウスの孫、セト・クラウニンは語る。

 あいつは化物だ。全く歯が立たない――と。

「お前がクラウニン族だったなら、あるいは与えることも出来ただろう。しかし、いくら闘技の勝者でも、我等の秘宝を与える訳にはいかない。他部族へ受け渡すなど、我等がフール族に屈服したも同じ。我等はそれを望まない。我等が頭を下げることなどあってはならないのだ」

 平坦な調子で語るものの、言葉の裏には固い意志を感じる。

 秘宝、マークスの冠。彼等の祖先が神より賜ったとされる武具は、族長が生涯をかけて守り抜かなければならないものの一つ。そしてクラウニン族の長にはもう一つ、守らなければならないものがあった。

 プライド――

 己の一族こそが最強であるという誇りを守らなければならない。強さを称える彼等だからこそ、己等の強さをことさら誇りに思っているのだ。

 別に、ノアの事を嫌っているわけではない。どころか、ノアの強さに敬意すら払う様子を、ゼウスは端々に含ませる。ゼウスが悩んでいるのはつまり、ノアの立場にあるのだ。ノアは闘技の勝者であるからして、褒美を与えなければならない。それは民に自分が直接約束したのだから守らなければならないことだ。破れば信用を失うことになる。かと言って、他部族の人間であるノアに秘宝を渡すことは、フール族に対して頭を垂れるも同じ事になる。これはプライドが許さない。完全な板挟み状態だ。

 ノアも事情を分かりながらも尚引き下がることはしない。マークスの冠が無ければ達成できない目標がある。ククを蘇らせるためにも、どうしても必要なのだ。いざとなれば、戦うことになる。しかし、セトが「歯が立たない」と言う相手に、ノアが勝つ目はあるのだろうか。

 外から慌ただしい足音が聞こえてくる。どうやらこちらに向かってきているようだ。止まった議論を割るように、足音の主は部屋へ転がり込んできた。全身が擦過傷に埋まったような男だった。

「どうした?」

「ハメルーンです! あの野郎、また俺らの食い物を……」

「一体何度目だ、情けない!」

「申し訳ありません、俺達ではダメでした。四人がかりがこのザマです。二人は死にかけの大怪我だ。みんな俺の友だった。ゼウス、助けてくれ、助けて下さい、どうか、どうか無念を晴らしてください。このままではいずれ子どもが死にます」

 ゼウスは逡巡する。いくら強いとはいえ寄る年波には耐え難いものがある。野生の動物を相手にするにはいくらか体力が足りない。髭を撫でた。目が泳いだ。そして妙案を思いついた。

「ノア、お前とセトでハメルーンを狩ってくれ。二人でかかれば大丈夫だろう。ノアが此方側(こちらがわ)の、命をかけて此方側の手を取り助けてくれるというのなら、お前を我が一族に迎え入れよう。命を賭して我等と共に闘うのなら、お前は我等の家族になる。ならばマークスの冠を授けてもいい。ノア、我等のために命を賭し、我等の家族になる勇気はあるか?」

「あぁ」

 ノアはよくも理解せずに頷いた。手に入るなら、なんだっていい――


 というわけで、現在は山の中を遭難しているわけである。

 ノアはセトが回りこんでくる予定の道を(さかのぼ)り、いち早く合流しようとするが、どうにも様子がおかしい。細い道を辿って歩いていたはずだが、急に開けた場所に出た。その広場の中央には泥と樹の枝をいくつも重ねて編んだ、巨大な鳥の巣のようなものが鎮座している。高さは腰辺りだが、広さとしては大人の人間が数人は生活することが出来そうだ。

「なんだ、これ」

 ノアは巣の中を覗き込む。すると、その何かの巣のようなものの中には、異様なものが見つかった。中にはいろんな動物の骨と、腐臭を放つ肉、新鮮な肉がきちんと区分けして置かれていた。

 ノアは背筋を冷やす。もしこれがハメルーンの巣なのだとしたら、今回の狩りは非常に不味いことになる。往々にしてある程度の知能がある動物というのは、専門家でさえ手を焼くことがある。それに今回は人を襲う獰猛な動物で、加えてクラウニン族でさえ歯がたたないという。

 これは安請け合いをしてしまったかと後悔するが、もう遅い。悪い予感は当たりやすい。運命の神は悪趣味なのだ。

 背後に、気配を感じた。歯の隙間から漏れてくるような唸り声は、明らかに人間のものではない。

 ノアは振り返ることが出来なかった。全身が緊張に凍り、眉一つ動かすことが出来なかったのだ。うなじにかかる生暖かい吐息を振り払うことも出来ず、息を飲み込むことも出来ず、震えることも出来ず、真後ろにある危機に立ち尽くすことしか出来ない。

 あぁ、自分はこんなに弱い生き物だったのか――

 嘆いてみても危機は去らない。

「ノア!」

 セトの声。後ろの獣も振り向いたのがわかった。緊張が解け、体が動くようになると、考えるよりも先にエンスを取った。先手必勝しかないと本能的に判断した。

 (ほとばし)る雷が肉を焼く臭いを辺りへ撒き散らし、稲光(いなびかり)が獣を押し飛ばして枯れ木に叩きつけた。熱を持った脂肪が溶ける音と、獣の痙攣が生々しく生命を(えが)いた。

「すげぇな……」

 セトが感嘆の息を漏らす。フランキスカを地面に突き立て、飛ばされた獣に寄り、その体を検分する。傷を触り、臭いを嗅ぎ、その威力の凄まじさに再び息を漏らした。

「それが、ハメルーンか?」

「あぁ、こいつだ、間違いない」

 セトの足下に横たわっていたのは、黒い体毛を生やした、猿を思わせる生き物だった。顔は蝙蝠のように醜く、額からは皮膚を突き破って二本の角が生えていた。猿との違いはそれくらいだろう。異様に手が長く、それに対して脚が短いというところも猿に準じている。但し、横たわっている状態なので正確には分かりかねるが、身長はセトより少し大きいように思える。

「大きいな……」

「ん? まぁ、そうだな。だから俺らも手を焼くんだけどよ」

 ここのような荒野での生物の大型化は、進化の過程で排除されていく遺伝である。過酷な環境下にいる生物ほど小さい傾向が見られるのだ。無論、例外もあるにはあるが、そういう生物は基本的に、進化すること自体を放棄している。なぜ生物は大型化を放棄したのか、少しばかり想像していただければすぐに答えに辿り着くとは思えるが、エネルギーコストが掛かり過ぎるのだ。大きな体を動かすにはそれだけ大量のエネルギーが必要ということだ。餌も大量に必要になる。しかし、こんな高野に餌はない。少ない餌を奪い合い、同種族で奪い合うのも効率が悪い。小さな個体で少ない餌を分け与えて繁殖するほうが、生物としては効率がいいのだ。だから生物は小型化していくという。

 しかし、このハメルーンはこの過酷な環境でもこれだけ大きい。

「なんか、変だな」

「あぁ? 何がだよ?」

「大き過ぎないか?」

「はぁ?」

「こいつ、昔からスケイルを襲ってたのか?」

「いや、最近だよ、昔からならゼウスのおっさんが狩ってるだろうしな」

「最近……」

「あぁ、ここ最近だな。それも、こいつの他には見つからないんだ。ちょっと前に山狩をして巣を見つけようとしたんだけど、ここしか見つからなかった」

 何かがささくれだったように引っかかる。これだけの知能を持つ生物が最近までスケイルの存在を知らなかったというのだろうか。それに、これだけの大型生物がこんな餌もない荒野で生息しているのも不自然だ。そして何より「こいつしかいない」、これが引っかかる。

 まるで試しに創られたように環境を無視している――

「とりあえず倒せたことだし、さっさとこいつ持って――」

 言葉を言い切ること無くセトは空を舞った。何が起きたのか把握するのに数秒かかった。あれだけの傷を負い、それでも立ち上がるなど全く想像していなかったのだ。

 ノアの目に映ったものは、興奮して涎を滴らせるハメルーンの姿だった。

 火傷から滲む血が、焼け焦げた皮膚が、生命の雄々しさを謳う。

 やはり自分は小さい――

 なんと小さい生き物だろう――

 呼吸が荒くなり、脚が震えて言うことを聞かない。今すぐ逃げ出したいのに、ハメルーンから目を離すこともできない。ハメルーンの赤い目には、怯えきったノアの顔が映し出されていた。

 雄叫びが背後から体を震わせ、横に薙ぐようにフランキスカが伸びてきた。ノアの後ろから、セトがハメルーンに対して攻撃を仕掛けたのだ。

 フランキスカの刃がハメルーンの腕へとめり込む。しかし、切り抜けない。硬いゴムの固まりのように粘っこい筋肉が刃を受け止め、衝撃さえも吸収した。

「ぐぅ……」

 背後から木の柄が折れる音が響くと、同時にノアの上を黒い影が横切り、ハメルーンの前に立ちふさがった。闇に落とした硝子のように黒いその体を、ノアは見たことがあった。つい先程まで見ていた男と同じ背格好だ。そしてその背中は、ノアを守ろうとする意思に満ちている。言わずもがな、セトの背中だ。

「お前は下がってろ」

 言うなりその黒い拳をハメルーンの腹へと叩きこむ。ハメルーンは苦しげに呻き、後ずさった。

「お前、なんだよ、その体……」

 一人と一匹が打ち合う。躍動(やくどう)する四肢がぶつかり合い、血が、汗が飛び散る。

 凄まじい戦いだった。手を出す隙もない。次元が違いすぎる。黒に包まれたセトは、闘技でやりあったセトとはまるで違う。速さも、力も、格段に上昇しているようだった。おおよそ普通の人間が到達できる地点ではない。ただ、魅了されるしかなかった――

 クラウニン族の戦い――その本領がここにある。野蛮だとか、暴力的だとか、そんな世界を超越している、高尚な芸術のような戦い――

 美しい――と、ノアは思った。靭やかに鍛えあげられた筋肉が躍動し、ぶつかり合うのがこんなにも美しいものだったのか――

 闘いを称える理由もわかる。きっとクラウニン族の祖先は、今のノアと同じように闘いに魅せられたのだ。

「ノア、ヤバいぞ、やっぱり逃げよう!」

 我に返り冷静に状況を見れば、セトが押され始めているではないか。奴の粘っこい筋肉が、セトの拳の衝撃も吸収してしまうのだろう。対してセトは、そんな便利な筋肉がついているわけでもなく、衝撃は全て内蔵に響いてくる。口元に血を滲ませながら、セトは叫んだのだ。

 しかし、逃げられるわけがないと、ノアは判断した。

 あの状態のセトと同等の素早さで渡り合えるハメルーンから、どうやって逃げろというのか。ならばいっそ、倒してしまう方が正解ではないか。幸いにも、ノアには武器がある。なんでも断ち切る事ができる、スキアスの剣が――

 この剣ならば、ハメルーンの粘っこい筋肉であろうと問題なく切り抜けることができるはずだ。

「いや、一瞬でいい、そいつの動きを止めてくれ!俺がなんとかする……!」

「無茶言いやがる……!」

 ノアはスキアスの剣を抜き、構える。動きが止まるのはおそらく一瞬――だが、確実に止まる――

 確実が買えただけでも僥倖(ぎょうこう)だ。

「行くぞ、ノア!」

 セトは振り下ろされたハメルーンの腕を掴み、顔に頭突きを入れ、ひるんだハメルーンのもう片方の腕を取り、脇の下にはさみこんで固定する。

 動きが、止まった――

「ノア!」

 ノアは大きく振りかぶり、雄叫びをあげて飛び上がった。

 狙うのは頭――

 一撃で決めなければならない――

「うお!?」

 ハメルーンは掴まれた腕でセトを持ち上げ、足の自由を取り戻し、セトごと横へ跳んだ。斬撃はハメルーンの頭を掠め、虚しくも地面に突き刺さった。

 手ごたえ無し――

 ハメルーンはセトを無理やり引きはがし、ノアへと投げつけた。二人は激突し、枯れ木へ叩きつけられ、崩れ落ちる。

「悪い、失敗した」

「角だけ切っても、しょうがねえよな……」

「角?」

 確かに、ハメルーンの角が片方無くなっていた。だが、ノアの手に何かを斬った感触は無かった――

(『スキアスの剣』スキアス・フールが神から賜った宝剣。この世に断ち切れぬものは無し)ノアが読んだ本の一節にこう記してあったのを、ふと思い出した。そうだ、初めてこの剣を振るった時も、本棚は霧を裂く程度の抵抗をもって真っ二つに割れたではないか。

 なんでも切れる伝説の剣。なんでも切れると言う事は、切断に対する抵抗が無いという事――

 使い方を誤った――

 飛び上がる必要などなかったのだ。大きく振りかぶる必要などなかったのだ。スキアスの剣を使おうとするのならば、ただ振るだけでもいい。切っ先から地面に落とせば簡単に柄まで突き刺さる剣なのだ。走って行って首を撫でるだけでよかったのだ。スキアスの剣を使おうと言うならば、力を込めるために飛び上がったり、振りかぶったりするのはただのタイムロスにしかならない。実戦で使ったことが無いからこそ、そのことに気が付かなかった。

 迂闊だった――

 ノアは尚も立ち上がってハメルーンに立ち向かおうとするセトを見る。肌の色は小麦色へ変わり、脚にもまともに力が入っていない。満身創痍だ。

 迫りくる死の権化に目を向ける。まだ十分に体力を残しているようで、歯を剥き出しにしてにじり寄ってくる。

「ごめん、ほんと、馬鹿だった……」

「謝んなよ、俺がもうちょっと押さえてられりゃあな……」

「俺が、もっとしっかりしていれば……」

「俺達の決着はあの世で、ってことになるかな」

 セトは一歩進む。しかし、その足取りは如何にも死へ向かって歩む敗軍の兵そのものだった。圧倒的な兵力差に、諦め混じりの突撃をかける兵は、きっとその命を燃やすこともなく枯れていく――

「撃てぇ!」

 複数の銃声が森に響き渡ると、ハメルーンはそれに応えるかのように倒れてしまった。

 途端に広場の周囲から、全身に黒い鎧を纏った集団が現れた。その造形は悪魔を(かたど)ったように禍々しく、そして刺々しい。一人がノア達にかけよってくる。関節部の金属がこすれ合う音が耳に五月蝿い。

「大丈夫かい? 遅れてすまなかったね」

 顔を全て覆う兜の隙間から聞こえてくる声は、くぐもっていて聞き取りにくい。兜の中で反響しているのだろう、声も小さい。

「助け……?」

「あぁいや、私達もこいつを捕まえに来ていたんだ。結果的に助けることにはなったけどね。だから、感謝する必要は無い。あぁ、それと、こいつは我々が回収させてもらうよ」

 黒の集団は手際よくハメルーンを鳥籠のような鉄の檻に回収していく。

「すまないが、私達はもう行くよ。ありがとう」

 小銃を胸に抱き声高に言った。

「君たちに永久(とわ)の平和が訪れん事を!」

そして黒の集団は規律のとれた軍隊のごとく整列して去って行った。

 助かった――のだろうか。

「なんだったんだ?」

「なんかいけ好かねえ感じだったけどな。絶対に俺達が戦ってるのを最初から見てやがったぜ、何がありがとうだよ、うさんくせぇ」

 何故の感謝なのか。感謝するのはノア達であるはずなのに。

「おっさんに報告した方がいいか……」

 あんな鎧を着けた部族には心当たりがない。アルル族もレクイン族も、戦いとは無縁の部族のはずだ。となると、残るはタローネ族しかいない。しかし、彼等が称えるのは『平和』であり、やはり戦いとは無縁の生活を送っているはず。無論、どこの部族も隠し事をしていないという前提での話だが。

「ところで、ハメルーンが連れて行かれたんだけど、この場合はどうするべきなんだ? 報告するだけでいいものなのか?」

「あ~、そっか、じゃあ……角持ってくか、ちょうどいい具合に切ってくれたことだしな」

「耳が痛いよ」

 ノアは少し苦い笑いを噛み締めながら、地面に落ちていた角を手にとった。切り口は鏡面のように艶やかに光り、ノアは己の手に持つ剣の切れ味に、背筋を冷やす。

「さ、帰ろう」

「おう」

 セトは返事だけして地面に寝転んだ。

「なにやってんだ?」

「悪いが俺は限界だ。おぶって行ってくれるとありがたいな」

「遠慮するよ、俺には荷が重い。文字通りな」

「じゃあ俺は寝る!」

 セトは声高に叫んだかと思ったらすぐに高鼾(たかいびき)をかき始めた。ノアは嘆息しつつも「いろいろ助けてもらったしな」とも思い、セトを担いで帰路に着くのだった。

 セトは途中で目覚めたが、寝たふりを貫き通して村まで運んでもらった。

「ちいせぇくせに……」

「なんだ?」

「ぐお~ぐお~」

「寝言かよ……」

 呆れて笑う、ノアだった。


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