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第二章 戦友

第二章の始まりです。

闘いに酔う巨人、クラウニン族との邂逅のシーンです。

熱い拳と拳のぶつかり合い、そして芽生える友情――って、これ本当にファンタジーなんでしょうか|д゜)

 荒野を一人で行く時には、気を付けなければならない病がある。それは『孤独』だ。見渡す限り何も無い荒野を独りでいると、よもや世界が滅んでしまったのではないかという気持ちになることもある。嫌な考えばかりが浮かび、疲労と乾きがそれを助ける。

 ノアもまた人である以上、それには抗うことは出来ない。シティを脱出して二日が経った今では、耐えがたい孤独を感じている。食料も水もろくに持たずに出てしまったことも災いした。全てにおいて甘かったのだ。荒野というものを舐めていた。共に出た馬はとうに倒れて、おそらく助かることはないだろう。ひりつく太陽が、少ない水分を吸い上げる。

 呼吸が乾き、口の中は粉塵じみた砂が纏わり付いて気持ち悪い。

 ついにノアは膝をつき、うつぶせに倒れた。

 頬に触れる砂が熱くてたまらない。しかし、どうする体力もないので黙って目を閉じた。死の足音が一歩一歩と近づいてくるのが恐ろしかった。


          2


 次にノアが目覚めたのは、何か小屋のような場所だった。しかし、小屋と言ってしまうには(いささ)か狭い。床面積は人が四人も寝ればもういっぱいになってしまうような狭い部屋で、常に揺れている。どうやら移動しているようで、耳をすませば馬の蹄の音が聞こえてくる。時たま聞こえてくる鞭の音に合わせて馬のいななきが聞こえた時、ノアはこれが馬車の荷台であるということにようやく気が付いた。

「おう、起きたか」

 馬車の進行方向から野太い男の声が聞こえてきた。鞭の音が響き、馬の嘶きが聞こえると馬車は止まり、荷台の裏から声の主は現れた。複雑に絡む髪が男の頭を覆い、もみあげから顎にかけてはこれまた複雑に絡む髭が生えている。鼻の潰れた全体的に平べったい顔、そして目も口も髭に埋もれた容貌は、北欧のバイキングのような恐ろしいものだった。しかし、その厳つい頭に比べて体格はあまり大きくない。おそらく、立ち上がったノアよりも頭ひとつくらい小さいのではないだろうか。ボロボロの布切れを重ねたような外套を身に纏い着ぶくれたその姿を見て、ノアは蓑虫を思い出した。

「これ、使え」

 男が手渡したものは、触ることさえためらうような汚い布だった。ノアは少し躊躇いながら手を伸ばす。指先が布に触れると、もう躊躇いはなかった。ノアはその汚い布を顔に当て、深く息を吸い込んだ。

「冷たい――」

「熱に当てられたんだよ、あんた。よく冷やしておけよ、死にたいってならまた外に出ればいいだけだ」

 辺りをよく見てみれば、ノアの側には水の入った桶と、渡された布と同じものが何枚か散らかっている。そのすべては湿っており、ノアの看病に使われていた事がわかる。

「助けてくれたのか……?」

「あぁ、そうさ、助けたさ。これで貸しができたよな? 俺は人に貸しを作るのが好きなんだ。巡り巡って役に立つ」

 男は髭に埋もれた頬をいやらしく歪めた。しかし、その笑顔に悪意は感じない。

「そうだな、ありがとう」

 素直に礼を言うノアをけっけと笑った後、男は床を二度叩いた。すると再び馬車は動き出し、男の後ろに見える景色が遠ざかる。

 ノアは不安を顕わに体を揺らす。男はそれを見てまたけっけと笑った。

「大丈夫さ、馬は俺より賢いからな。俺が案内するでもなく目的地まで連れて行ってくれるさ」

 ノアは尚も不安を顕に体を揺らす。馬が人より知能があるというのがにわかに信じられないのだ。もしかすると、この世界、フール族の城壁の外では常識なのかもしれない。己の常識はあの鳥籠の中でしか育っていないのだから、外に出れば知らないことがあるのは当然だ。

「落ち着けよ、フールの兄さん。そんなにソワソワされてちゃ話ができねぇ。俺はあんたに聞きたいことがあるんだよ」

「俺に?」

「あぁそうさ。あんたは一体なんでどうしてあんな場所でぶっ倒れてたのか、そんでなんでどうしてフールが城壁の外に出た? 俺が助けたのは人間であって盗賊やら強盗やら殺人鬼みたいな野蛮で下劣で卑怯なやつではないよな? な?」

 早口で捲し立てる姿はどうにも卑屈で、狭量な人間を浮き彫りにするようだった。この男は何かを恐れているようだ。なにか、とはいえそれは語るに落ちてはいるのだが、どうやらそれだけではないようだ。彼の言葉にはもっと深い所があるように思えるが、ノアがどのように答えてもそれを表に出すことはなかった。

 ノアは、「父が殺され、自分は命からがら逃げ出した」という内容の話を脚色を交えて語り聞かせた。そして頼るあてもなく、一番近いクラウニン族の街、スケイルを目指しているということも付け加えた。

 大体の説明(釈明と言い換えても差し支えない)が終わると、男は突然涙をこぼした。あまりに唐突なことだったので、ノアはどうすればよいのかわからずおろおろと辺りを見回した。

「あぁ、あぁあぁ、あんた、大変だったなぁ。任せろ、俺に任せろ、スケイルまで連れて行ってやるとも。あぁ、このくらいしてやらないと気がすまない。長い間商人をしているが、こんなかわいそうな男にあったのは初めてだ。俺はあんたに、恩を売ろう」

 涙を拭うと、鼻水が髭にまとわりついていた。ボロボロの幌から漏れる光が鼻水で反射して、金色の筋になる。何とも醜い黄金ではあったが、男の素直な心を見たようで、ノアは少し心苦しくもあった。

「俺はハロウってんだ、よろしくな」

 握手を求めた手は涙と鼻水に汚れていたが、そこはこれから世話になる手前、我慢してその手を取った。後にこっそりと辺りに落ちていた布で手を拭ったのは、これからの一生、ノアが抱える秘密の一つになるだろう。

 そしてそれからの数日、ノアはハロウと共に過ごした。とはいえ、ノアは主に荷台の中で寝転がり、これからのことや今までのことを回想するくらいしかやることはなかった。ハロウは時たま馬車の運転席から声をかけていろんな話をしてくれた。

 昔、故郷の『騒ぎの森』を出て商人を志した時の話や、昔の友人、夢、時には女の話や失敗談も語ってくれた。どこか滑稽になるように脚色された節のある話は、いつも「だからお前も頑張れ」で締めくくられた。不器用ながらに励まそうとしてくれているのが伝わってくる、暖かな語りだった。

 ノアの方はと言うと、ハロウのその優しさにすっかり甘えていた。初めてハロウを見た時は何とも小汚い男だと思っていたのだが、それも今では少しばかりの尊敬さえ覚える始末である。ハロウの話は波乱万丈で、谷や波を巧みな口調で操った。さすがにそこは商人の口上といったところだろうか。

 傷心気味のノアに、ハロウの優しさは滲みるものがあった。

 数日の道程が、放たれた矢の様にあっという間に過ぎ去った。

 スケイルが見える頃になると、ノアとハロウは二人して運転席に座り、肩を組んで歌を歌った。ハロウの故郷の騒がしい歌。音程や技術などお構いなしにがなりたてる宴会のための歌だった。楽しい、楽しい、道程で。

 別れるのは、少しばかり寂しかった。

「じゃあな、ノア、達者で、達者で。また会うこともあるだろう。その時はまた歌おう。騒がしく、やかましく」

「あぁ、ハロウ、歌おう。今度はフールの歌も歌おう。頭がしびれるような美しい歌を歌おう」

「じゃあな、ノア。きっと、きっとまた会おう。木々の祝福があらんことを」

 ハロウは去った。馬車の背を見送り、ノアはため息をついた。急に辺りが静かになってしまったような気がする。たった数日でハロウがここまで大きな存在になるとは、ノアの心は随分と弱っていたのだろうか。

 否、ただそれだけでないことは、ノアが一番よく知っていた。


          3


 ノアが自室の書物で仕入れた知識によると、クラウニン族とは、いわゆる巨人であるらしい。その性質は粗野にして野蛮。フール族が神を崇めるように、『闘い』という行為そのものを神聖視して崇めており、一族はみな揃って闘いに秀でている。文明はフール族などとは比べ物にならないほど低く、医療技術も無いに等しい。海岸沿いの小さな村で細々と自給自足の生活を営み、日々を安寧に過ごしている。

 そして実際に目で見て。

 ハロウはスケイルの北口で降ろしてくれた。スケイル――クラウニン族の街。しかしどうにも、街と呼ぶには些か景色が寂しすぎる。主に石造りの建物が多かったシティとは違い、土と枯れ草と干した海藻を混ぜあわせたブロックを積み上げて住居と為している。その建物は全てが一階建てで、唯一村の奥に巨大な石造りのドームのようなものが見える。このドームだけは数階建てになっているようで、横に空いた穴から人が出入りしていることを考えると、何かの競技場や劇場のようなものであることが予想できる。

 村は枯れ木を荒く削っただけの門と、曲がりくねった木を雑に組み合わせただけの貧弱な柵で囲まれていた。如何にも有り合わせで作られた建造物は、彼等の建築物というものに対する興味が薄いことを主張しているようだった。この調子では宿も期待は出来ないだろう。

 枯れ落ちた木を立てただけの門をくぐろうとする。しかし、微妙な違和感に足を止め、辺りを見回す。違和感の正体はわからない。見えるものは民家と、道行く人々のみ。しかし拭えぬ違和感がまだ残る。どこか異世界に来てしまったような、世界がずれているような気色悪い感覚がある。

 そういえば、クラウニン族とは巨人の一族であると聞いていた割には、少し遠くを行く人々は意外にも大きくはない。遠目に見る分はいたって普通の人間だ。所詮は書物かと少し落胆しながらノアは歩を進めた。まずは今夜の宿を探さなければならない。

「おやおや、こんな所にオチビさん、一体何の用なんだ?」

 村の入口で立ち止まっているノアの後ろから、青年と思わしき声が聞こえてきた。振り返ると声の主、上半身は裸で、腰には何か白い動物の毛皮を巻いている。小麦色に焼きあがった肌とのコントラストが目に眩しく、靭やかな金属を思わせる筋肉が美しい。

そして、特筆すべきはその身長だった。なるほど巨人と呼ばれるわけである。振り返った時、ノアの目線には男の胸板しか目に入らなかった。ノアの身長は決して低くは無い。175センチ程度の高さがあるのだが、それを考えると、この男の身長は概算でも200をゆうに超えるだろう。

 村に入った時の違和感も、これが正体だったのだ。この村の全てはノア達のような普通の人間の身長にあわせて作られていない。村の全てが一回りか二回り程度大きく作られているのだ。極端に大きいわけでは無いからこそ、その違いは違和感として現れた。

 平均して200超えの身長は、確かに巨人の村と言っても遜色ない。むしろ極端に大きい人間よりも、圧倒的な現実を見せられたようで空恐ろしくもある。

「はは、びびんなよ、取って食おうってわけじゃない。今日の晩飯はもう捕れたしな」

 言われてみれば、男は何か分からない見たことのない生き物を背負っていた。白と茶の斑模様の毛皮を持ち、犬と猫を合わせたような中途半端な生き物だ。

 男はノアに見せつけるように背中の獣を示す。

「これで数日はもつ。こいつの肉は絶品なんだ。喩えるなら……そう、喩えるなら……マダラウミネコの肉とカカトトリの肉を合わせて、採れたてのウミミミズのソースをかけたようなコクがある」

 聞いたことのない言葉が連続し、処理の追いつかないノアの様子を見て男は苦く笑った。

「ははっ、フール族にはわからねえかもしれねぇな。まぁ、要は美味い肉だ。良かったら、ご馳走するぜ。せっかくあの城壁から出てきたんだ、いろんなもの食って世界を楽しまないとな。俺はセト、その気があるなら付いてきな」

 セトと名乗る男はノアの側を通り過ぎ、一人で村へ歩き出した。

 どうせ後にも予定はない。宿もないしあてもない。セトと名乗る男の申し出は渡りに舟というものだ。この先どう動くにしても、まずはクラウニン族との接触は避けられないだろう。神の武具『マークスの冠』を手に入れる手立ても、まだ何も考えていないのだ。どういう人間なのか観察するのもいいかもしれない。

 逡巡し、ノアは歩き出した。セトと名乗った男の背を追った。


「ちょっと待ってろ、いろいろと処理しなきゃ食えないからな」

 セトの家と思わしき建物に到着すると、ノアは中へ通された。足がつかない粗雑な椅子に腰掛け、セトの言う「処理」が終わるのを待つ。暇を潰すように辺りの観察を始めた。

 観察は首を一度だけぐるりと回すだけで終わった。というのも、家の中には興味を引くようなものは何もなかったからである。ドーム状の一軒家の間取りは一部屋だけ。だだっ広いリビングに粗雑なダイニングテーブル、粗雑なチェア、空の本棚、シングルベッド(ノアが寝転がればキングサイズ感覚で使えるだろう)、壁に立て掛けてあるフランキスカと思わしき斧は、全長3メートルはあるのではないかと目を疑ったが、それ以外には大したものはなかった。

 これでクラウニンという部族についてわかったことが一つある。

 彼等は本当に、闘いという行為にしか興味は無い。住環境、家具、装飾品、娯楽。どれをとっても彼らの『興味』というものを感じないのだ。人の興味とは、文明と直結している。興味が湧き、突き詰めていくからこそ文明として昇華されるはずなのだ。しかし彼らの文明は明らかに低く、それを改善しようとする意思すら感じない。近くに最も文明の進んだフール族の街があるというのに、その文明の片鱗さえ見当たらないのだ。ただ唯一、壁に立て掛けてある武器、フランキスカだけが、彼らの興味というものを感じさせる。

 フランキスカという武器は、投擲用の戦斧のことを指す。本来の大きさは約50センチ程度、重量約1.4キログラムという、小型の斧だ。短い柄と、目標に突き刺さりやすいよう柄から上向き加減に湾曲した斧頭を持っている。投擲用というからには無論投げて使うのだが、これを命中させるのはかなり難しい。投擲した斧は回転して目標に突き刺さるが、フランキスカは回転数の関係上約4メートルごとの目標にしか当たらない。とても実戦で使用できる武器ではないのだ。外れれば不規則に跳ね、どこに行くかもわからないと言う点から、挑発や威嚇に使われることは多かったが、用途としては接近戦でそのまま手に持って使われることが多かったそうだ。そういった使い方をすれば戦斧の中でも群を抜いて優秀な武器であった。

 これらの説明でわかっていただけたとは思うが、全長3メートルのフランキスカなど、投げることを全く想定していない。ただ斧頭の形状がフランキスカと似通っているだけで、その用途は間違いなく接近戦専用だろう。フランキスカの突き刺さりやすい刃の形状だけを継承した全く別の武器とも言える。

 クラウニン族のような巨大な人間があのような巨大な武器を持った時、それは戦の神として敵の前に立つことになるだろう。彼らがあの巨大な斧をどのように使用するのか、それは想像すらつかないが、果たしてどれだけの戦闘力を発揮するのか空恐ろしいものがある。

 ノアはフランキスカに滲む赤黒い染みを見て背筋を冷やす。マークスの冠を手に入れるためには、こんな巨大な斧を使いこなす怪物と戦わなければならないかもしれないと思うと気が重い。一体自分の力がどこまで通用するのか、全く想像できない。それに、見知らぬ旅人に食事をご馳走しようと言ってくれた、心根優しいセトという青年、彼と剣を交えることなど考えたくもない。

 しかし、そうも言っていられない。ククを蘇らせる為には、どうしてもマークスの冠が必要なのだ。そのためには、負わなければならない罪がある。たった一人、守ると決めた人を救うためならば、罪にまみれても、咎に汚れても、血に濡れようとも手を止めない。そう、覚悟した。

「おう、今焼いてるからよ、もうちょっと待ってろよ」

 生臭い臭いが部屋に充満する。血にまみれたセトが部屋に入ってきたのだ。セトは近くに落ちていたすり切れた布切れで手を拭き、テーブルについた。そしてどこか期待を込めた声でノアに話しかけてきた。

「さっきも聞いたけどよ、お前、なんでこんな所に? フール族がこんな所に来るのなんて、よっぽどのことがないと見たことねえ。それもお前みたいな若いやつは、今まで来た事も無いんじゃねえか?」

「俺は、」

「待った、当ててやる。体つき、歩き方、そしてその剣を考えるに、お前は戦う訓練をした人間だろ? つまりだ、お前、闘いに来たんだろ、闘技場で。腕試しに来たんだろ?」

「闘技場……?」

 セトの読みは流石というものだが(ノアは学校で戦闘訓練の課程を修了している)、ノアにとっては初めての単語が混じっていた。

 闘技場――

「あれ、違ったか? まぁいい、せっかく来たんだし出場していけよ」

「いや、俺にはやらなきゃならないことが――」

「ならちょうどいいじゃねぇか。闘技場の優勝者は族長に願いを聞いてもらえるんだぜ、なんでもな」

「なんでも――?」

「あぁ、なんでも。金も、肉も、武器も、人も、好きなだけ。もちろん競う相手はクラウニン族だからかなり難しいとは思うけどな」

「クラウニン族と戦うだって?」

 ノアは立て掛けてある巨大なフランキスカを見遣る。嫌でもついて回るのは斧に貫かれた己の姿。枯葉のように貫かれた体は、赤い飛沫を地に撒き散らし、ゴミのように飛んでいく。

「…………」

 思わず息を呑んだ。唾とはこれほど固いものだったのかと驚いた。学校では天才と呼ばれたノアだったが、本気で殺し合いをしたことなどない。父との戦いでは、相手は既に戦意を失っていたため、単なる虐殺になった。殺しの経験はあれど、殺し合いの経験はない。常に殺し合いを演じている彼らとまともに戦うことなどできるのだろうか。しかし、マークスの冠を盗み出し、大勢のクラウニン族と戦うよりも遥かに安全なのは確かだ。なんでも願いを聞いてもらえるというのなら、それにこしたことなど無い。なにもわざわざ罪を重ねることなどないのだから。

「そう、だな。せっかくだし、出てみるか」

「そうこなくっちゃな。フール族は雷とか火とか自在に使えるんだろ? 楽しみにしてんぜ。ちなみに、闘技は明日の朝一番から始まるからな」

「あ、はは――」

 随分と急な話に、また頭から血が引いていく。セトはフール族の技を期待していると言っていたが、ノアはむしろ、背中に背負った剣を気にしていた。あらゆる物を例外なく切り裂く神の武具、スキアスの剣を。 そっと撫でた剣の柄は、命のように冷たかった。

「さ、明日に備えて肉を食おう。今日は泊まっていけよ、この村には宿は無いからな」

 セトが持ってきた肉は味がなく、油ものっておらずパサパサしたものだった。もしかすると、ノアの緊張が肉の味を変えてしまったのかもしれないが――


 次の日、朝一番に闘技場へ向かった。ここ数年のうちでは最悪の目覚めだった。いっそのことそのままずっと寝ていたかった。今朝はクラウニン族の一大行事であるところの闘技大会があり、ノアはそれに参加しなければならない。もしかしたら今日が己の命日になってしまうのではと、眠りも浅く、夜中に何度も目覚めた。力が出ないぞと、無理して食べさせられた朝食のせいで気分も悪い。朝から肉を食べる元気は、さすがになかったのだが。

 セトに描いてもらった地図は幼子の落書きのようで、これを頼りに村を探索するのは少々無理があった。しかしそれを口に出すわけにも行かず、一宿一飯の礼を贈って外に出た。重い腹を引きずり、さてどうしようかと辺りを見回せば、それらしき建物が簡単に見つかった。村に入ったときは用途のわからなかったドーム状の建物、それがおそらく闘技場なのだろう。

 見つかってしまえばそうそう迷うことなどない。ノアはセトの地図を一切見ること無く目的地に到着した。

 闘技場の前には大勢のクラウニン族が集まっていた。全員が全員、思い々々の武装を振るい、ウォーミングアップを行なっている。大剣、戦斧、長槍、棍棒、戦鎚と、揃いも揃って重量系の大型武装が目に付く。この中に混ざって試合をするのは、やはり気が引ける。どの武装を見ても嫌なイメージしか出てこない。

 一人小柄な己が場違いな気がして、ノアはあまり人がいない隅っこで体を動かすことにした。実戦格闘の授業や、戦闘訓練の授業を思い出し、少しずつ体を慣らす。真正面にいる相手の顎を蹴りあげる動き、前後で二人に挟まれた場合、関節部を有効に使って相手を砕く方法と、いろんな動きを試してみる。やがて汗が吹き出し、呼吸が荒くなる。周りの音が聞こえなくなり、目には明確な敵が映し出される。他人には見えない、自分自身との戦いが始まるのだ。

 体を動かすことは、嫌いではない。自分を限界まで追い込み、足取りも不確かになるころからが本領発揮といっても過言ではない。そうなったノアはなかなか倒れないことで有名だった。学校にいたときは――

 両の手にエンスを握り、数言呟いて小剣へと変える。それを高速で振り回し、己の中の敵を切り刻むと、ノアは一息ついた。小剣の柄が手の熱で温くなっていた。どうしてこんな時に笑ってしまうのかわからなかったが、ノアはふっと微笑んだ。

 変わらないものを見つけて、少し嬉しかったのかもしれない――

 気がつくと、辺りが妙に騒がしい。大勢の視線も感じる。不審に思って見回せば、ノアはすっかりクラウニン族に取り囲まれているではないか。ノアもまさかこの歳になってこれだけ大勢から見下ろされることになるとは思っていなかったので、少したじろぐ。

「お前、フール族か?」

 ノアを取り囲む内の一人の男が話しかけてくる。

「あぁ……そうだけど……」

「今の、どうやったんだ?」

「はぁ……?」

「さっきのだよ、なんか急に手から剣を出してただろ? あれどうやるんだよ。おれにも教えてくれよ」

 男に引き続き、辺りの男たちも揃ってノアの武器創造について訪ねてくる。それはフール族の限られたごく一部の人間にしか出来ないことがわかると、ノアの身のこなしについても訪ねてきた。どうやらクラウニン族には系統立てた武術の類は無いらしく、ノアの使っていた軍隊格闘に興味を持ったらしい。

 皆、ノアのことを敵視している様子はない。どころか、これから殺し合いをしようという相手に熱心に教えを請うている。学ぼうとする姿勢はとても純粋で、殺意などとは全く結びつかない。

 ノアの中に、形容しがたいズレが生じた。もしや彼等は殺し合いになど興味が無いのではないかとさえ思うようになったのだ。闘いを称えるクラウニン族――その性質は粗暴にして野蛮。この認識は、何かずれている、と――

 そして闘技は始まった。疑問を抱いたまま、ノアは舞台へと登る――



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