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ヘルラブ

作者: 二六 尚希

文学フリマ短編賞への投稿作品としまして恋愛ものの短編小説を書きました。

どうぞ、お楽しみください。

 自殺者は地獄にもいけないとか言うけれど、現実はそんなこともなく簡単に地獄へと落とされる。

 生きている人たちのいる現世に自殺者の居場所はないというのが理由らしく、山路達哉も例外ではなく地獄へと落ちた。

 そう、この僕である。



「走れ走れー! その程度で糸が登れるかァー!」


 地獄の鬼が教官を務める僕らのいる第156区画訓練隊は今日も元気に地獄を流れる死者の血が流れる河の土手を走っている。

 元より全てがダメでいじめに遭い、どうしようかと結構悩んだ挙げ句、駅でボーッとしていて線路に落ちてしまいたまたま跳ねられるという人生の最後で奇跡を起こしてしまった僕にとって、このマラソンは生きていたときより苦しい。

 

「そこのお前ェ! 後で残っておけ!」


 体力錬成の居残り組に毎度選ばれる僕の体力は何ヵ月走っても向上する兆しを見せない。

 この体力錬成の目的というのも健全な心身を鍛え上げ、四年に一度下りてくる天国のお偉いさんが垂らす蜘蛛の糸を登るためであり、地獄というのはどちらかというのも刑務所に近く全ての罰は天へ昇るためにあるらしい。


「またヤマジーとサッキュンか! お前らもう少し成長しやがれ!」


 もはや居残りの常連過ぎて居残り担当の鬼からはニックネームをつけられる始末である。

 因みにサッキュンというのは僕といつも居残りをしている女の子で、何故地獄にいるのかわからないくらいの性格のよさと見た目を兼ね備えている。


「あちゃー、ヤマジーも居残り?」


「うん。もうここまでが体力錬成になってきたよね」


「だよねー……」


 サッキュンが地獄に落ちたというのはいじめによるものらしく、持ち前の優しさで男子や先生からちやほやされ、女子からの評判も良かったのだが、やはり妬む者はいてそのグループに陰で暴力を振るわれていた。

 その程度でと思うかもしれないが、『その程度』の度合いは人によって違い、他人が判断して良いものではないことを僕は知っている。 

 『やられた側がやられたと思ったらそれはやったのだ』という言葉は的を射ていると僕は思う。


「お前ら頑張ってるんだからそろそろ登って楽になれ! 魂だけは健全すぎるんだからな!」


 鬼の中でも居残り担当の鬼は極度のツンデレさんで直視できないくらい恐ろしい顔面とは裏腹に僕たちを応援してくれるのだ。

 これこそ数十回にも及ぶ居残りの成果と言えるのかもしれない。

 その一方で体力面では成果がないのだけれど。


「明日は四年に一度の蜘蛛の糸が下りてくる日だ。絶対登りきれよ」


「はいっ!」


 蜘蛛の糸を見たことは僕自身三度ある。

 ということは僕は12年間地獄にいるということになる。

 12年あれば小学生だった人も結婚しているかもしれない月日であり、その間僕はずっと走り続けていたと思えば気がおかしくなりそうだ。

 サッキュンも僕の少し後にやって来たのでもう10年くらいにはなるんじゃないだろうか。


「じゃあ追い込みのロープ登りだ! 蜘蛛の糸だと思って登りやがれ!」


 鬼の号令と共に終わりの見えないロープが一人一人の目の前に垂れてくる。蜘蛛の糸はロープのように簡単に滑ることはないが、細いし掴みにくい。

 そしてなにより長い。

 どれだけ長いのかは登りきった人にしかわからないけれど、今までの経験上半日は登り続けなければいけないと思う。


「ヤマジー、今度こそ登りきろうね」


 地獄に咲く花のようなサッキュンに癒されながら僕は頷く。

 生き返りたいとは思わないけれど、別の人間として幸せに暮らせるのであれば生まれ変わらたい。せめて僕でいるよりは良いはずだ。


「では、始め!」


 僕たちはロープに手を掛け、足と手を使って登っていく。




「終了だ! 降りてこい!」


 どれくらい経っただろう。

 今までにないくらい良いところまで登れた僕は今度こそ行ける気がした。


「ヤマジー今日調子よかったね。今度こそいけるんじゃない?」


「うん、頑張ってみるよ!」


 サッキュンはやはり運動が苦手であまり登れてはいなかった。

 でもサッキュンの顔に陰りとかは見えない。


「サッキュンも今度こそ昇ろうね、一緒にゴールしよう」


「もちろん!」


 僕らは固く約束して居残り練習を終えたのだった。




 次の日、地獄156区画の大広場に一本の、地獄にはない純白で輝く蜘蛛の糸が垂れてきた。

 その周りには何千人もの人たちが集まっていて、我先にと鬼たちの開始の合図を待っている。


 僕とサッキュンは少し離れたところからそれを見ていて、最初に登っても邪魔になるだけだから最後の方に登り始めることにしていたのだ。


「ヤマジー、もし私が落ちそうなときは先にいっていいからね」


「始める前からそんなこと言うなって。一緒に頑張るって約束したじゃん」


「そ、そうだね」


 やがて鬼たちが集まってきて、広場の緊張が高まってくる。

 蜘蛛の糸は上位何人が天へ昇れるというのではなく、登りきった人全員が天へ昇れるのである。

 天へ昇るための条件には健全なる魂と健全なる身体が必要で、満たなければ振り落とされるらしい。


「では始める。5、4、3、2、1―――――」


 パァンと発砲音が響き渡ったと同時に一人目が飛び付きぐんぐん糸を登っていく。

 それからしばらくは間隔なく人が連なり、あっという間に先頭の姿が見えなくなった。


「そろそろ行こうか?」


「うん!」


 僕とサッキュンは最後尾を狙って糸に飛び付く。

 流石蜘蛛の糸、粘着性があって簡単には落ちなさそうだ。

 下にいるサッキュンが詰まらないよう一定のペースで上へ上へと登っていく。

 終わりは見えないけれど、これをクリアすれば長かったトレーニングにも終わりが来ると思えば多少頑張れる。


「結構地獄も良かったと思わない?」


 不意に下から声が聞こえ、手が一瞬だけ止まる。


「生きてるときに比べたら走るのは苦しいけど鬼もヤマジーもいい人で好きだな……」


「そんなこと言わないでよ。それ言ってたらいつまでも地獄に居る羽目になっちゃうから」


「意外とそれも良かったり……ははは」


「駄目だよサッキュン。僕と約束したんだから」


「ヤマジーは生きてたいの? 辛かったんじゃないの?」


「辛かった気がするけどもう忘れた。そんなことより僕は今サッキュンとの約束を破ったりここで諦める自分が嫌だ。落ちるとしても限界までは登るんだ」


「カッコいいね、ヤマジーは」


「カッコよくなかったからここに居るんだよ、僕は。カッコよくなれたのならそれは地獄でなったんだし、ならもっとカッコよくなりたい」


 手に汗が滲み、少しだけ登る速度が落ちる。

 いつのまにか僕より上の人の姿が見えなくなり、体力のなさを痛感する。


「サッキュンももう諦めるのは止めようよ」


「……そっか。そうだよね。うん、頑張る」


 登りきると言うことは地獄での生活に終わりが来ると言うことで、それは苦しいながらも生きていた頃よりも充実して楽しかった今を捨てることになる。

 地獄で出会ったサッキュンやツンデレの鬼とも二度と会えなくなるし、僕そのものがいなくなる。


 自殺した人が天国へ昇れないというのはもしかしたら昇らないの間違いで生きていた時の世界へ戻るのが嫌だからなのかもしれない。

 だけどいつまでもここに居るだけでは先へは進めないし、サッキュンとの約束くらい守ってみたい。

 それが最後の僕の記憶になるのならそれってカッコよくなかった僕が初めて自分でカッコいいと思える時だと思うのだ。

 死んでしまったことはもう置いといて、僕は今を頑張る。



 体を持ち上げ続けてきた腕が限界を向かえ、今にも落ちそうになる。この高さからまっ逆さまに落ちることを考えるだけで恐ろしくなる。

 下のサッキュンを足場にすれば、なんてことを考えてしまうけれどそんなことは死ぬより恥ずかしいと頭から消し去り、一歩ずつ上へと登る。

 僕が苦しいのにサッキュンが苦しくないはずがない。そんな余裕はないのに下を見てみると、サッキュンはもはや両手でしがみついてるような状態で、いつ落ちてもおかしくなかった。


「ヤマジー、先に行って。追い付くから」


 震える声と絞りだして笑顔を見せるサッキュンが追い付けるはすがないのは誰が見てもわかる。


「流石に無理でしょ。ほら僕の手を握って」


 足で糸を挟み、右手をサッキュンに差し出す。


「そんなことしたらヤマジーが……」


「落ちるなら二人で落ちて四年後また昇ればいいから。二人でゴールしなきゃ意味ないんだよ」


「そ、そうなの?」


「うん、だからホラ」


 サッキュンの伸ばした手を掴み、サッキュンを引き上げながら登る。

 もちろんさっきよりは速度が落ちて二人ともが落ちてもおかしくない状況だ。


「ヤマジー、白い光が見えるよ!」


「え?」


 上を見るとすぐ先に白くまばゆい光が溢れている場所があった。


「もうちょっと、頑張ろ!」


「うん!」


 あとちょっとと、上へと手を伸ばし糸を掴んだ手が、空気を掴んだ。

 僕のバランスは見事に崩れ、体は糸を離れる。


「あ……」


 サッキュンを掴んだ手だけは握っていたため僕は道連れにしないよう手を放す。


「ヤマジー!」


「サッキュン、いけ!」


 僕は最後にサッキュンの体を精一杯上へと押し上げて地獄の底へと落下した。

 これ以上死ぬことがないことの安心感からかスカイダイビングをしているような気持ちと、ゴール寸前までいくことのできた達成感を感じていた。


「カッコよかったかな」


 遠くなる白い光を見つめながらサッキュンが落ちてこないことを祈る。


「カッコいいよ、ヤマジー!」


 いつの間にか眠っていたのか目を閉じていた僕は背後から聞こえてきたサッキュンの声に飛び起きる。

 落下中のはずの僕のいる場所は、いつの間にか白い光の中に変わっていて、目を開けるのもやっとなくらい眩しい場所だった。


「やったんだよ、ヤマジー! ゴールだよ!」


「サッキュン?」


 光の中でサッキュンを探すと体全体が光に包まれているサッキュンを見つけた。


「私たち、認められたみたいだよ。健全なる魂と健全なる身体を持つ者って」


「でも僕は糸を昇れなかったんだけど……」


「糸を登れたからゴールできるんじゃないの。先をいく皆が見えなくなるまでは身体の判断箇所、そこからは魂の判断箇所だったんだよ」


「てことは僕もゴール?」


「そうだよ! だから……だから私たちお別れだね……」


 サッキュンを包む白い光がその証なんだろう。

 僕より一足先に来ていたサッキュンが先に天へと昇るのだ。


「もっと、もっともっと話したかった」


 ここへ来てなぜ僕はこんなことを言う。


「私もだよヤマジー」


「好きだった……と思う」


「私もだよ……初めてだったかも」


 言葉が詰まり、時間が過ぎていく。


「ヤマジー。私に名前、時田(ときた)(さくら)って言うんだ。ヤマジーだけは忘れないでよね」


「僕の名前は、山路達哉。生まれ変わったら忘れるんじゃないかな」


「もう! そんなこと言わないで、最後だよ?」


「うん……」


 僕から登りきろうって言っておいてこの様だ。

 カッコいいとは程遠い。



「達哉くん、もしも次に私と会ったらさ―――――」


 サッキュンを包む光が一際強くなり姿さえも見えなくなる。

 いつの間にか僕を包む光も強くなっていた。


「今度は『死ぬまで』ずっと一緒に居ようね」






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