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1 満月の宵

 その夢を見るようになったのは学校に通い出した頃だと思う。

 夜空にぽっかりと浮ぶまん丸のお月様が明かりの消えた部屋の窓から見えた夜だった。眠りに落ちる不安を取り去ってくれるその月を眺めながら幼い僕は安心して目を閉じた。そうして意識が薄れていくと同時に異次元の世界の扉が開いて行く。

 その地は此処ではない何処かで、平坦に広がる空は何処までも澄んでいる。荒れた野には石ころが転がり草木は枯れて、風が吹けば砂嵐を起こす。風の音だけが響く大地。記憶を辿っても思い当たりはない。知らない場所のはずなのに、何故か懐かしいにおいがする。

 

 ああ、そうだ。

 僕はここで誰よりも幸せになって、そして存分に不幸を味わった。

 張り裂けそうな胸の痛みと後悔の念。

 荒れ狂う運命に立ち向かい、愛する者と幸せに生きる道を模索したが、ことごとくその希望をへし折られた。

 悲しい。

 悔しい。

 恨めしい。

 僕は自分の気持ちに正直に生きただけなのに。

 何がいけなかったんだろう。

 痛みで意識が薄れる中、最後に見たその人は微笑んでいた。

 

 目覚めれば全身汗だくで後味の悪さだけが記憶に残されている。

 今生は選択を間違えないようにという神様の警告なのかも知れない。

 神様の言う通り、僕は僕の為にこの人生を生きるのだと決めた出来事だった。



 それからの僕は人付き合いは程々に、目立たず騒がず孤立もしない。

 平和が一番の望み。

 容姿は平凡だから目立つこともない。

 退屈な毎日よありがとうと感謝する日々が続く。が、成長するに従ってあの夢を見る夜が増えて行く。嫌な予感しか感じない。


『今生は無理でも後世では必ず結ばれよう』

 

 毎晩出て来る謎の男が甘い言葉を告げるのは誰なんだろう。ぼんやりと膜が張って姿は見えない。

 月明かりに照らされるふたつのシルエット。

 池の水面に影が重なる。

 胸焼けしそうな甘い言葉と視線の先には絶世の美女が桃色に頬を染めているに違いない。


「ううっ……」

 男の言葉は毒のように僕の心を蝕んで締め付ける。

 夢の中で僕は男を説得したいのに言葉が出てこない。金縛りにあっているみたいに身動きできないのだ。


『愛しているよ。私の……か。永遠に君だけに愛を誓う』


 いや、誓わないで。

 お願いします。

 なんか知らないけれど、いろいろと拗らせてくれた元凶だと思うんだよ。だって、今もこんなに胸が苦しい。あんたのせいで色々と苦労した挙句に僕は死んだんだと思う。せっかく解放されたのに、生まれ変わっても夢に出てくるとか、ストーカーでしょう?

 犯罪ですよ色男さん。


『君を忘れない。再び巡り合うまでは夢で会おう』

 

 その声は細く小さく、祈りにも似た哀れさしか感じられない。


「だから、そういうのは、いいから!」


「サクラ~良いのか? 此処テストに出すぞ」

 なんてことだ。

 あの男のせいで寝不足の最近は授業中も眠りこけている。


「サクラ大丈夫か?」


「ごめん、寝ぼけていた」

 心配そうに声を掛けてくれた友だちのゼンちゃんにひらりと手をふる。ゼンちゃんとは高校で知り合い直ぐに仲良くなった。ゼンちゃんは何処までも心が広く懐の深い男だ。喧嘩なんてしない穏やかな性格のゼンちゃんの体には無駄に筋肉がついている。その癖動物好きでなんとも憎めない愛嬌の持ち主だ。僕とは馬が合うのだ。


「サクラ最近変だぞ。大丈夫か」

 変なのはゼンちゃんだ。

 まだ2時限目なのに弁当を広げている。今日も弁当の中身は肉。肉。肉。

 見事に土色に埋めつくされている。


「肉がないと食べた気にならないよ。野菜なんて腹の足しにならん」

 筋肉がたんぱく質を欲しているに違いない。

 残念ながら僕の体にはお情け程度の筋しかない。


 望み通り今日も学園は平和だ。

 世界中でここだけが唯一の場所のように僕たちは毎日を繰り返す。


 教育は貧困を救うと昔誰かが教えてくれた。

 無知は考えることから人を遠ざける。考えない人間は過ちを正せない。負の連鎖はこうして続くのだと言った。

 

 何故?

 どうして?


 常に考えていれば何れ答えは返ってくる。

 考えることを止めてはいけない。

 この世の不条理を仕方がないと諦めてしまったら先人の二の舞を踏む事になる。新しく道を開くのは生きている僕たちの歩み次第なのだ。


 よく食べて、よく学び、よく休息をとる。

 僕らはこうしてより良い未来の橋渡しをして行くんだ。



 今日も昨日と同じ風景が広がる。

 僕の隣りにはゼンちゃんがいて、美味しそうに弁当をかき込んでいる。土色の弁当を飽きもせずに食べるゼンちゃんを呆れながら眺める。

 そういえば本当の昼のご飯時ゼンちゃんはどうしてたっけ?

 

「ゼンちゃん---」

 ノイズを起こしたようにゼンちゃんの姿が視界から一瞬消える。

 僕の目がおかしくなったのか。

 悪夢が過ぎり頭を数回左右に揺らすとゼンちゃんの姿がはっきり見えた。


「サクラ大丈夫か?」


「うん。大丈夫」

 ぼんやりと膜が張ったように視界が薄い色に塗り替えられた感覚。太陽の眩しさに当てられたように視界が霞む。

 これもあの悪夢の所為に違いない。

 前世の僕はいったい何をやらかしたんだろう。


「勘弁してよ」

 ゼンちゃんに気付かれないようにそっとため息を零した。




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