夢
話は戻ります
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
『愛梨ちゃんはお歌がとっても上手ね。』
歌うことは私の特技であった。歌えば音程が合い、一度聞いた曲もそれとなく歌えることもあった。
『愛梨ちゃんはお歌がとっても上手ね。』
幼い子の才能を見つけると大人達は私に歌のレッスンをしたり、音楽の学校に入れさせようとしたりとした。
『 愛梨ちゃんはお歌がとっても上手ね。』
___いやだ
『 愛梨ちゃんはお歌がとっても上手ね。 』
___私は私の意志で歌いたいの
幼い頃に言われた音楽の先生にいわれた言葉が何回も何回も頭の中でこだまし、反響した。もう反響しすぎて何を言っているのかもわからない。ただただその台詞を繰り返し言われていた。
『__愛梨』
するとその一言で頭の台詞が一瞬で消えた。
『歌いなさい、貴女の歌声は私の歌声』
凛とした綺麗な女の人の声が脳内に響く。するとどこからか歌声が聞こえてきた。たぶん、あの声の人が歌っているのだろう。私はそれを静かに聴いた。
『貴女に祝福を…』
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
__変な夢を見た。
私の歌声はあの声の人の歌声?いやいやいや。
暗闇に包まれながら考えていることを打ち消した。そもそもなぜ私が寝ているのかも分からない。
「___あ、そうだ…私、倒れたんだっけ」
私は昼に起こったことを思い出した。不意に思い出したものだからついつい声を上げてしまう。けれども自分しかいない部屋は声を吸い取ってしまった。
大方、真夜中ってところだろう。私はちょっとしたベランダに出て腰を落とした。
柔らかく肌にあたる夜風は少しぬるく、まるで包み込んでくれているように感じられる。そのまま目を閉じ夜風にあたりながら、私は考える。
__もしかすると、私は何かをやり遂げるためにここに連れてこられたのじゃないか?
けれども、その理由が見つからない。何をしなければいけないかが不鮮明のためいくら考えてもわからなかった。
「〜〜〜〜〜」
ふと、夢に出てきた歌を口ずさむ。何がともあれ、あの歌は綺麗な曲だったのにまちがいないのだ。そしてその歌声も綺麗だった。
すると、自分の体から淡い光が現れた。
「…な、何これ!」
突然の発光に戸惑い歌うのをやめ、自分の手を見た。けれども手を見た時にはもう光が見当たらなく、月の光に照らされた手があった。
「………もしかして、歌ったら光る、とか?」
そういえば、夢の中で『歌え』と言っていたなと考える。
私は、ペシペシと顔を叩くと立ち上がった。
何が起こるかどうかはまだわからない。が、確かめてみる価値はあると見込んだのだ。
それに、自分が何故ここに呼ばれたのか、それもわかるような気がした。
すぅっと息をすい、歌い始めた。あの夢の歌声をイメージして、一つ一つ歌ってゆく。どういうわけか、スラスラと歌え、まるで知っていたかのように音程が頭にはいってくる。不思議だった。
でも、それ以上に歌うことが楽しくって気持ちよかった。
かつて、私が小さい頃。好きなように歌ってきた感覚と同じだった。
それから私は、無我夢中で歌った。
歌い終わると夜が明けようとしていた。空が明るく、それはそれは見たことないような美しさであった。
歌い終わった私は少し息が切れているがそんなことはどうでも良かった。久しぶりに感じた歌う楽しさ。それが愛梨の胸を高揚させたのだ。
「……アーリー?」
はっとなって後ろを振り向くと簡単な服に剣をもったダーリュが立っていた。まるで信じられないとでも言いそうな表情でこちらを見ている。
「だ、ダーリュ。いつからそこにいたの?」
私は冷や汗をかきながらダーリュの言葉を待った。
「少し前から。歌が聞こえるな、と思って…」
「………そっか。」
聞かれていたのか、と少し恥ずかしくなる。
「さっきのは何だ?」
「…さっき?」
すると、彼は私に近づきペタペタと体中を触った。抵抗するものの、彼の手は呆気なく離れ今度は顔を近づけて目を合わせた。
「…ちょっ、ちょっと!?」
普段、男の人とほとんど交流が無かった私には拷問に近い行為てもあった。
「今日、王城へ向かう。…いいな」
真剣な瞳に貰われ体が硬直し声が出なかったが、私はなんとか首を縦に振った。
きっと、体が光っているのを見てしまったのだろう。確か歌っているとき目の前が光で白っぽくなっていたのだ。
ああ、向こうで何されるのだろう…。
ダーリュがさってから一人残された私は不安を抱えつつベッドに倒れ込む。それから、深い深い闇の中へ落ちていった。
使用人さんに起こされ朝ごはんを食べたあと少し豪華な服に化粧もされた。
なんでも、国王陛下と会うらしいのだ。朝ごはんを食べた時に聞かされたんだけど。
「国王陛下って、どんな方なんですか?」
髪の毛を整えているリーナが作業しながら答えてくれる。
「そうですね。とても賢い方ですね。この平和を実現させて下さったのは国王様のおかげなんですよ。」
10年前、今のような“雨”ではなく、この国は戦争があったらしい。しかし、その戦争の中、前国王が急死し今の国王、ジェノア王がわずか17という年で君臨した。
もちろん、国民は戦争中ということもあり不安だったそうだ。17歳というまだ成人にもなってもいないのにこの国は大丈夫なのだろうか、と。だが、その考えは一ヶ月も過ぎると跡形もなく消えていた。ジェノアが国王について一週間。敵国に圧されていた国が優勢になりはじめたのだ。そして、2ヶ月半がたち、勝利という結果で終戦が迎えられた。
「…すごい人なんですね…。」
私ぐらいの頃に国の頂点に立ち、戦争を勝利でおさめた人だ。もし、自分がそんな立場であったらこれほどのことは出来ないだろう。
「はい!この国の人は国王陛下を尊敬しているのですよ。」
リーナは自分が褒められたかのように喜び、道具を手早く片付けた。
正直言って私には、王様とか白髪のおじいさんか、傲慢な怖いひとというイメージがある。しかし、ここの国王陛下は違うみたいだが、どうも頭がきれるらしい。
はぁぁ、と息を吐く。気分は最悪のドン底だ。
「アーリー、そろそろ行こうか。」
「は、はい、分かりました。」
出発を知らせてくれたダーリュを追いかける。
「あ、リーナさん!ありがとうございました!では!」
パタンとドアがしまる。
ふぅ、とリーナは息を吐いた。そして愛梨を心配した。
異世界から来たと言う少女、アーリー。本当は愛梨と言うらしいがここの国の人には難しい発音であった。
アーリーはいつもニコニコと笑い、自ら進んで仕事をこなすのだ。その愛らしい姿を思い浮かべながらも正反対な人の顔が浮かぶ。
「アーリー、ダーリュ様をお助けして…。」
リーナのつぶやきは誰にも聞かれることもなく静かに消え去っていった。