彼は…
「王。只今、発見し、情報を得ました」
アージュ王国の南の国、ギアーノ王国は闇魔法が盛んな魔法大国である。
良く言えば大昔から存在する、伝統のある国であり、悪く言えば、昔から悪に支配された国、であった。
「ほう、お前にしてはしくじったんじゃないか?」
黒髪の鋭い目をもつ王は肘をつきながら俺をみた。
「出かかりが少なかったので、間取りました」
頭を下げ、王の顔を直接見ないように話し続ける。
「まぁ、いい。あれをどこに置いておくか決めているか?」
「はい、決めております。地下の牢屋でも最下層です」
「……なぜ、そのようなところに?」
「娘が突然知らないところに連れてこられると喚く可能性があるからです。この、娘のことは私と王との秘密ですので」
そう、この事はギアーノの国の人でも知られていない。どこにアージュのスパイがいるかわからないこの国では迂闊に情報を漏らすと向こうにも伝わってしまう。そのための配慮だった。
地下牢なら、喚き叫んでも頑丈な扉で聞こえない。それに、逃げられない、というメリットもあった。
本来地下牢には極悪で地上には出れない人が捕まるところだった。しかし、ただの娘をそのようなところに放置するにもいかず、今はつかわれていない西の地下牢を使う。
「ほう。まぁ、そこらが妥当だな。この件については私も下手に動けない。やれるのは餌«娘»の召喚、それとそれを実行するときのみ。」
「はい、承知しております。娘を誰の目に触れられず地下牢に連れて行くことをお約束しましょう」
すると王は立派な椅子から立ち上がると俺の頭を乱暴につかむ。そして思わず上げそうになった声をなんとしてでも飲み込んだ。
「特定の位置がわからんと私も喚べない。思い浮かべろ」
目をつむり、娘の発見した時の風景をおもいだす。記憶を誰かに見られているような気持ち悪さが襲った。
「見つけた、では取り掛かろう。」
王は頭から手を話すと杖を取り出し地面に向けた。
「−−−−−−−−−−−−−」
詠唱すると、みるみるとそこから風が沸き立つ。
実はと言うと、自分自身も王の魔法を間近で見るのも初めてだった。王は国1番の闇魔法使い。滅多に使わないし、他の人ができる魔法ならその人に任せる。
…だからだろうか、王の魔法の覇気に酔いそうになった。
すると、風が渦巻く中で人影ができた。それは次第にはっきりとなり、風が止むと人が眠っていた。
「こいつが例のアレか。普通、だな。……まあ、よい。連れて行け」
王が背を向けて、座っていた椅子に戻った。
「ありがとうございました」
一礼すると娘を抱きかかえると部屋から逃げるように出ていく。あとは、誰にも見つからず地下牢に向かうだけだった。
無事に辿り着いた地下牢に娘を寝かせた。
地下は寒いだろうが、一応彼女囚われている身。万が一のために丁寧に扱うことは出来ない。
「…済まないな、」
これは、あの人のためだ。そのために俺は悪にでもなれる。
鉄の柵に閉じ込められた娘はまだ寝ている。
暫くして、地下牢から出ていこうと足を動かした。
「……ダー、リュ…」
娘の寝言で一瞬足が止まる。そして、また歩きだすのだ。
+++
一度退室した地下牢にまたやってきた。
思い扉を開けるとそこにはかび臭い部屋がある。その中に、娘は眠っていた。しかし、よく見ると髪の毛の位置が変わっていた。
…ほう、これは。
鉄の柵の前でしゃがむと寝ているフリをしている娘にわざと話しかけた。
「まだ目覚めていないのか、そろそろだと思ったんだが……。魔法の体質がないからか?」
娘の反応はない。
「まぁ、いっか。時間はたっぷりあるし、こいつも訳の分からない聖女っというやつで疲れているだろうしなぁ。……にしても、こいつがあの魔法の鍵とは。どう見てもガキじゃねぇか」
と、言い終わるとすこしピクッと反応した。これで狸寝入りだと確信をもつ。
「………おい、起きてるんだろ?………………………起きない、か。ならこうしよう。ここがどこか知りたいだろう?起きてきたら教えよう。」
「………」
「んー、足らないか…じゃあ、魔法についても話そう。どうだ?」
…まだ足りないっていうのか。
俺は半ギレになりそうになりながらも、舌打ちしたい衝動に駆られながらも必死に抑えた。
しかし、今言える事はこれぐらいしかない。ネタ切れだった。
「ここはギアーノ。お前のいた国の隣にあるところだ。」
まずは興味を持ってもらおうと、話し出した。
起きているのがわかっているなら内容で勝負するしかない。
「この国の王はお前をここに転送させたのだ。……おおっとここからは起きてこないと言わないぜ?次は魔法の鍵についてだが。」
「魔法の鍵って何」
少し時間がかかってしまったが、どうやら起こすのに成功したようだ。
眉間にシワを寄せながらも上半身を起こした娘は警戒していた。
「この世には古代の魔法『闇魔法』、現代の魔法『光魔法』が存在する。そして、この地は闇魔法が盛んであり、王はある巨大な魔法を成し遂げようとしている。お前はそんな巨大な魔法の鍵なんだよ。」
「その、巨大な魔法って何なんですか。それが分からないので協力しようにも出来ないじゃないですか」
…協力だって?
娘の生ぬるい思考に少し苛立った。こんなひどい部屋に連れてこられているのだ。自分の命の危険を心配しないとかある意味笑える。
「協力も何も。ここに有無も言わせず連れてきたのだからお前は協力することは絶対だ。…………それに俺は下っ端だから詳しいことは知らない。」
「下っ端なのにべらべらと話していいんですか」
「下っ端だからだよ。知っている情報は少ない。今言ったこともほとんどみんなが知っていることだし」
…いや、嘘だけど。
心の中で悪態をつく。本当は魔法のことだけ言おうと思っていた。だが、娘にはその呑気な思考をどうにかしてもらいたくって状況を教えたかった。それに、娘は滅多な事がない限り他の人と会わない。
「アージュがお前をどのように扱って来たかは知っている。これでも向こうと少し繋がりがあってね。ただの下っ端じゃないんだよ。」
「……………あなたは、誰?」
もう話すことはない俺は立ち上がり、歩こうとしていた。
後ろを振り向くと娘が探るような瞳でこちらを見つめている。
「シュエルツだよ」
名を言い残すと重い扉を閉めた。娘が逃げないように、
……頑丈に。