鑑賞会
後書きに少しネタバレみたいなのがあります。読まなくても大丈夫なので嫌な方はとばしてください。
湯を浴び、軽い食事をすると急いでダーリュの元に向かった。
「遅くなって、ごめんなさい!」
仕事机で本を読んでいたダーリュはそれを閉じて立ち上がる。
「ああ、まだ時間はあるし、私が早く帰りすぎただけだから大丈夫だ。」
そう、ダーリュの優しい言葉に助けられ、私は彼の目の前のソファーに座った。鑑賞会、ということで初めて貴族らしい服装となり少し歩きづらい。ヒールはいつもより高いし細いし。でも、女子の憧れであるドレスに嬉し恥ずかしさが止まらなかった。
「馬車はお詫びにと向こうが出してくれるみたいだし、それまで時間があるんだが」
「どのぐらい?」
「10分から20分ぐらいだな」
「そっかー。」
私はふかふかの背もたれに持たれる。そして、「あ」と思いつくと勢い良く姿勢を戻しニンマリとダーリュの顔を見て笑った。
「ダーリュのご両親はどんな方なの?」
突然の予期せぬ質問に目が丸くなるダーリュは、少し首を捻るとまるで昔の事を思い出すような表情になった。
「母はすごくおっとりしていて、父は笑っていた記憶がほとんど無いほど厳しい人だったな」
「すぐに怒鳴ったりする?」
「いや、別だ。俺に興味を持っていなかった。よく好きの反対は無関心というしな。」
そこで、ダーリュが一息つくと足を組み背もたれに持たれながら腕も組み始める。
「アーリーは?……まさか、聞いておいて自分は言わないとかいいださないよな…?」
「え、も、もももちろん!」
自分から聞いておいてその質問がまんま私に返ってくることぐらい予想はついている。いわゆるお相子さまというやつだ。
私は何話そうかなと少し考え、少し前まで当たり前だった生活を思いだす。最近は庭の収穫であったり、“雨”だったり、何かと忙しく家族の事は頭の隅の方においていた。だからだろうか、前の世界の記憶が少し霞んでいるように感じた。それでも思いつく限り口に出していく。
「お母さんはずっと笑ってて、料理が上手で、お父さんは新聞を片時も離さないの。姉は朝早くからメイクに励んでて、それから………」
ある日常の生活は思い出せる。だが、それ以外は記憶が霞んでいてよく思い出せない。
小さい頃、姉と何して遊んだっけ?
昔になればなるほど記憶は霞んでいく。
「……それから、」
「アーリー、もういい。それに馬車も来たみたいだ」
私の違和感に勘付いたのか、ダーリュが止める。窓からはダーリュの言うとおり馬車の音が聞こえた。
「じゃあ、行こうか」
差し出された手に、私の手を添える。
「うん」
数時間過ぎた頃、あたりは闇に染まりつつあった。
楽しく会話しながら来たせいかいつの間にか会場につき、馬の鳴き声が聞こえると馬車は止まりドアが開けられる。
「ようこそいらっしゃいました」
劇場の係さんは一礼すると、馬車から少し離れ、ダーリュが降りる。その次に私がダーリュの手を添えて降りた。
係の人に案内してもらいながら私とダーリュは真っ赤な絨毯を歩いた。
ホールにつき、指定された席につくとダーリュの隣には2人の男女が座っていた。バレないように観察していると、そこの2人には気まずい沈黙が続いている。
すると、ダーリュが行動に出た。
「遅くなってすまないな」
そして、隣の男性は反応し、返事をかえす。
「いいよいいよ。だ、大丈夫だから」
「…そうか…?まぁ、私の隣にいるのがアーリーだ。」
「はい!アーリーです。今日はありがとうございます」
顔をダーリュの影から出すと軽く会釈する。すると、男性はニコリと笑いアーリーに目線を向けた。
「初めまして、君がアーリーだね?こいつから話は聞いてるよ。僕はカイン・ストローク。隣の彼女がシャウレイトだ、今日は宜しく」
カインが私に話しかけると、一番端にいたシャウレイトがこちらを向く。
「シャウレイト・エスワルドです。シャーって呼んでくださいね」
「シャーさん、よろしくお願いします」
すると、会場が暗転し拍手が鳴り響く。会話もそこで終わり、4人は劇に意識を向ける。
どうやらこの物語は、身分差の恋におちる2人を中心に展開していくようだ。元の世界でいう、『ロミオとジュリエット』みたいな雰囲気がある。が、最後は反対で2人は結ばれ幸せになる。
劇が終わると会場は明るくなり、観客が次々と席を立つ。たしかに、見応えのある劇だった。しかし、この後どうしたらいいのだろう、と私は3人を見た。すると、カインが立ちたがり3人の方を向く。
「今日はありがとう。お礼にディナーをごちそうしたいんだけど、どう?」
そして、何故かカインに注目していたダーリュに手を合わせ何かコソコソと話している。
……一体何を話しているのだろうか。
シャーも不自然に思ったらしく、私と目が合うとお互い首を傾げた。
「…………アーリーがいいなら、いい。」
え、私!?と驚くものの、ダーリュをみると少し不機嫌そうに見えた。カインがシャーにたずねる。
「シャーは?」
「…私は大丈夫ですよ」
「じゃあ、あとはアーリーだけだね!」
キラキラと輝く紫の瞳と顔にはまるで『来てくれるよね!?』と書いているように見える。
こんな表情をされたら断るにも断われないじゃないか。
「私も大丈夫です」
「やったね!じゃ、ついてきて」
やっと会場から席を立った4人はルンルンのカインを先頭についていく。後ろ姿から見ても鼻歌が聞こえそうなほどのテンションに3人はついてゆけず、特にシャーと私は苦笑いしながら馬車に乗りこんだのだった。
※少しネタバレ要注意です。嫌な方はスルーしてください。※
カイン・ストローク
赤みがかかった紫の髪と瞳を持つ、ストローク家の長男。明るい性格と無自覚な天然さが特徴の彼はシャウレイトことシャーのことが大好き。が、しかし彼女にアタックをぶつけるものの、軽くあしらわれてしまう毎日。憎みたくても憎めない存在。
シャウレイト・エスワルド
灰白色の髪を持つ彼女はエスワルド家の三女。おとなしく、無口の彼女には幼い頃からの婚約者がいる。しかし、社交デビューとともにカインに惚れられてしまいアタックされる日々が続く。婚約者がいるのでカインに素直になれない。