2:お世話になります
狭く古ぼけたアパートの一室で、彼はポカンとしてた。
その様子に一瞬、自分が間違えたのでは無いかという不安が押し寄せてきたが、自分に大丈夫と言い聞かせると彼にむかいなおった。
「あの、ゴミ袋の中。誰か人を殺した後でしょ。
だから、それを警察に話されたく無かったら私をこの家に居候させてね」
彼は不意をつかれたような顔をしたが、ため息を大きく吐くと眉をひそめた。
「じゃあ、もし俺が本当に殺人犯だったとしても、お前が警察に言う前に俺はお前を殺すことが出来るんだぞ?」
「!」
しまった、考えなしについてきてしまった!
私は動揺を悟られないように彼の後ろにある、左側の壁に叫んだ。
「もしもーし!お隣さん!この人、人殺し!」
「隣は空室だぞ」
「……」
いそいそと、右側の壁に近寄り叫ぼうとすると右耳をガシッと掴まれた。
「今、夜中の二時だぞ?」
「あ、あぁそっか!そうだよね!
もしもーし。お隣さんー」
なるべく小声で隣の人を起こさないように声を出し…あれ?
それ意味無いよね。
「くっ……よくも!」
壁に左手をついて、彼の方に顔だけ
振り向いた。
「いや、俺なんもしてねぇよ」
「えーっと…うーん…あ!
助けて!ココにへんた!」
「それはやめろ!」
私の口を塞いで慌てた様子を見せた。
これは、良いタネだ。
「なんでも良いから言いふらされたくなければ、はやく許可しなさい!」
「あーもー。わかったわかった。もうなんでも良いからさ、もう寝ようぜ。ほら、布団掛け布団で良かったらやるから」
そう言うと、クローゼットの中から布団を取り出し掛け布団を私に投げた。
どうやら布団は一組しか無いようだ。
そりゃそうか、一人暮らしっぽいし。
「じゃあ、借りまーす」
掛け布団をしき、布団にしがみつくようにして私は目を閉じた。
「一回帰る」
「そうか、俺今日大学行かなきゃいけねーから、夜の七時より後に来れば良いさ。
来ない方が嬉しいが」
「大学行ってるんだ!?」
彼は、モラノと言うらしい。
漢字はわからないし、そもそも本名なのかどうかすら怪しいけど、呼ぶ名前がないと困るから、これからはそう呼ぶ事にした。
私は、着替えやお金などを取りに行くために家に一度帰る事にした。
変えの服が無かったため、モラノから黒いトレーナーを借りたが、身長差があるためどうしても大きく、ダボダボとしてしまう。
「じゃあねっ!」
勢い良くドアを開け、狭い部屋を抜け出した。
「昨日は、どこに行っていたの?」
厳しい声で私に怒る。
その声に、私はビクリと肩を揺らすだけだった。
半日ぶりに帰ってきた家は、先ほどまで居た部屋なんかよりも、何十倍にもでかい部屋で落ち着かなかった。
あたりも、超一級品とやらが並んでいて、本当に価値があるものなのかだんだん分からなくなってきている。
「……すいません。お母様」
「はぁ…。全く…。今日は、夕方の四時からお見合いやりますからね。
それまでの後二時間、家に居なさいね!
なんなの、その貧乏人のような格好は…!神島家の恥じゃない!」
その声は有無を言わさぬ声だった。
今までなら、はい、と言って諦めていたが今日の私はそんな言葉に惑わされない。
だって、私の味方に殺人鬼がいるんだもの。
お母様なんて、何も怖くない。
私は頷くことも、返事をすることも無く、リビングから出て行き、二階にある広い自分の部屋に移動した。
散らかしたまま、昨日の夜に家を出たはずなのに、今では綺麗に整理をされていて一つ一つの置物も、キラキラと存在感を出している。
そんな物を見る余裕も無いほど、私は急いで着替え、大きめのリュックに様々な物を入れた。
「ヤバイ、後一時間しか無い…」
時計を軽く見てから、リュックのチャックを閉めて、部屋から出た。
あたりを見回して見ると、誰もいないように見えた。
階段を静かに降り、リビングの近くの廊下を通る時お母様の声が聞こえた。
「えぇ。……まぁ、見つかって本当に助かりましたわ………えぇ。……そうねぇ」
どうやら電話をしているらしい。
お見合いの相手の事だらうか…。
一度写真を見たことがあるが、確かにイケメンと言える。
でも、顔に生気が無く両親の人形のような顔をしていた。
私もそうだったのだろうか…。
玄関から、外に出てまだ早いが私はモラノの家に走った。
ドアの前まで行くと、インターホンを押した。
やっぱり、誰もでてこない。
そりゃそうだ。いないと言っていたのだから。
駄目押しで、ドアノブを回して見た。
すると、鍵がしまってなかったのか、ガチャリという音を立ててドアが開いた。
「おじゃましまーす…っと…」
靴を脱ぎ、部屋にそそくさと入るとヘッドホンをして、曲を聴いているモラノが居た。
曲に夢中になってきづかないのか、胡座をかいたまま、こちらを振り向かなかった。
まだ、四時だ。モラノが帰って来る時間じゃないはずなのに。
「わっ!!」
「!!?」
両肩に手を乗せて驚かした。
が、驚いただろうけど声を出さず、ビクリと跳ね上がっただけだった。
モラノは、ヘッドホンを耳から外すと、引きつった笑顔でこちらを振り向いた。
「おい…」
「ビックリした?ねぇ、ビックリした!?
あ、あとはい、コレ。洋服ありがと」
「ん?あぁ」
洋服を渡すとモラノは、あっさり受け取った。
質問にモラノは、答えずため息をつくだけだった。
大きな黒い丸い目、キュッと閉じてある口、不快そうに眉をひそめる顔は、上の上と言って良いほどのイケメンだ。
写真で見たお見合いの相手の顔なんかよりも数十倍にカッコ良いし、何より、目に生気がある。
「…俺の顔になんかついてるか?」
「ぅへっ!?い、いや、なんでもないよー」
モラノは、胡座をかいている左足に左腕をのせて頬杖をついている。
「そ、それにしても七時まで家にいないんじゃ無かったの?」
「ん?あぁ。いやな、お前が心変わりして、そのまま帰って来ないもんだと思ってたからよ」
「私、そんな決心弱そうに見える?」
「うん」
酷い。
リュックを部屋の隅に置き、私はカーペットの上にドサッと座った。
「なぁ。お前、料理作れるか?」
「料理?うん。基本ならとりあえず出来るけど…」
「ん。じゃあ、居候中家事、炊事などなどよろしくな」
「はいっ!?」
モラノは、機嫌良さそうに口の端を上げた。
「……あと、お前何才だっけ?」
「十五ですー。まだまだ、中学生ですー」
「おぇ。まじかよ、ガキかよ。
こうさ、来るならもうちっとスタイルの良いグラマーな女で良いよ」
一気に興ざめしたような顔になると、壁に寄りかかった。
「変態」
「うるせぇ。ロリコンじゃないだけ良いだろ」
お互いに毒を吐き合う。
これが、普通になってしまいそうだ。
はぁ…。
本当にこんな人と暮らせるのかなぁ…。