十一:正義
朝、早く起きたら会社に出社。
昼間は先輩と喧嘩をして、後輩に怒られる始末。
んでもって、くだらない仕事をしなければならない。
夜、遅くに帰ってきたら妻は寝ていて、会話もなし。
こんなつまらない毎日は、本当ゴメンだよ。
「おい!ネーノ!聞いてんのか!?」
フーンさんの怒鳴り声が社内に響く。
この声にも慣れたのか、誰も振り向きすらしない。
「聞いてますよ。あの書類は、ニラに出しましたし、これはもうじき提出しますから。……あまり、大声出しますと、老けますよ?」
「んなっ!?……おい。ネーノ!お前こそ、老けるのが俺より早いと思うぞ!」
フーンさんの言葉にまた、イラッとくる。
こうして、俺も言い返すとフーンさんも言い返す。
この流れが普通になりすぎて、周りで止めてくれのるのはニラぐらいしかいないし、アヒャなんて見て笑うだけだから本当に役に立たない。
向かい側にいるニラが呆れた顔をしながら言う。
「先輩方ー。もう、やめてくださいよ。また、主任に怒られますよ?」
「「……」」
フーンさんに構っていると、いつクビになるか、わからないから怒りながら話しかけてくるのはやめてほしい。
フーンさんは、先程までの興奮した様子からいつもの落ち着いた様子に戻り、自分の席に戻って行った。
隣の席にいるアヒゃがニヤニヤと意地の悪い笑顔でこちらを見る。
「……なんだよ?」
「え?いえいえ。ネーノさんも大変だなって思いまして」
「お?分かるか?」
俺が少しだけ身を乗り出して、隣の机に腕を乗せた。
「ところで、今日の聞き込みは良いんですか?」
「あー…聞き込みなぁ…。今から行くから、お前も着いてこいよ」
「はいっ!?」
アヒャは、頬を引きつらせた。
「い…いやいや、ネーノさんは、フーンさんとペアじゃあないですか!
俺はニラですよ!」
「そうだけどさぁー」
「それに何より…めんどくさいですし…いだっ!」
俺は自分の机の上にあった、黒いファイルの角でアヒャの頭を殴ると、ヒットした。
頭を抱えて机に突っ伏す。
「ごちゃごちゃ言わずに着いてくれば良いんじゃネーノ?」
「くそぅ…はーい」
よほど痛かったのか、少しだけ涙目になっている。
席から立つと、アヒャも渋々と後ろをついてくる。
フーンのそばを通りかかった時、チラリと見てみるとパソコンで神島家について調べていた。
「これから、容疑者の家に行くからな?」
「容疑者ですか…。了解しました。」
〈山崎 渉〉
「はい?」
がチャリとドアノブを回して出てきた人は、緑の毛色で笑ったような細い目の人だった。
「山崎渉さんですよね?警察の根野崎です。家に入らせていただきたいのですが」
お辞儀をすると、横にいるアヒャも後からお辞儀をした。
山崎もお辞儀をすると、少し焦ったような態度をとった。
「は、はぁ。良いですけど…」
部屋の中に入ると生活感があまりない部屋だった。
無駄な物は無く、必要な物だけを部屋に入れているような感じがある。
辺りを見回したが、特に目ぼしい物や雰囲気は無かった。
「もしかして…家宅捜索されるって、僕疑われてますか?」
「そこのところはまだ何も言えませんね」
アヒゃが俺の代わりに山崎に答える。
山崎は、肩をすくめた。
〈田中ぼるじょあ〉
この人物は、なかなか濃い印象になりそうだ。
「田中って嫌いだから、下の名前で呼んでくれよぉ」
青紫色の毛色に真っ黒の目。
不満そうに言う。
俺はアヒャと顔を見合わせて、ため息をついた。
「はぁ…。で、ぼるじょあさん。調べさせていただいても?」
「おーけーおーけー。大丈夫だよぉ」
妙に間延びした口調だ。
アヒャは、笑顔のまま眉間にシワを寄せて不快感を丸出しにしている。
部屋の中は多少散らかっていたが、先ほどの部屋よりは、断然ましだ。
「ネーノさん…」
「ん?」
アヒャが、垂れている俺の耳を立たせて顔を寄せた。
「俺、あの人苦手なタイプです」
「はぁ?」
アヒャから離れてぼるじょあの方を見ると、こちらの事なんか気にもとめずにテレビを見ている。
帰国子女ってあんなものなんだろうか…。
「あ、終わったかよぉ?」
「もうちょっと待ってください」
あちこち見たが、やはりココにもヒントになりそうな物は無い。
やはり、フーンさんがあってるのだろうか…。
〈房野竜二〉
今度は一人娘がいる、ごく普通の家に入らせてもらった。
「おい。質問なんだが」
奥さんと思われる人物がエプロン姿のまま腕を組んで俺に尋ねる。
「フサなんかしたか?」
「フサ…?あぁ、旦那さん。いえいえ。ただ、ちょっと行っているだけですよ」
アヒャは、娘と遊んでいる。
父親譲りのフサフサの茶色い毛と、母親譲りの口の悪さと目つきの悪さ。
ぴったり入っている。
「おい!俺はアヒャだ!お前は?」
「フーは、フー!おとーひゃんとおかーひゃんの子供です!」
気が合うようだ。
探しているが、さっきから後ろにいる奥さんの殺気が恐ろしすぎてままならない。
「ツーちゃん、あまり見ると警察の人ちゃんと出来ないから」
「うるせぇぞ。フサが疑われてんのに大人しく出来るかっての」
房野は、奥さんの肩に手を置くと爽やか系の笑みを浮かべた。
「俺は何もしてないから、心配しても無意味だから」
「……」
房野の一言に折れたのか奥さんが俺の後ろを去って行った。
ホッとため息を、ついた。
ココにも何も無い。
まぁ、三週間ぐらい経ってるからそれはそうなのかも知れないが。
家宅捜索で何か見つかるのは期待出来そうにも無いな。
〈茂倮野賢一〉
ピンポーン…。
先ほどからインターホンを鳴らしているが、人の気配が全くしない。
アヒャの方を見ると、両手を挙げて降参ポーズをした。
「めんどくさいが、また後日来るのが一番なんじゃネーノ?」
「ですよねー」
仕事が終わり家に帰ると珍しくガナーが起きていた。
「ただいま。早く寝た方が良いんじゃネーノ?」
「あぁ。お帰り」
椅子に座って下を向いていたガナーが顔を挙げてニコッと笑った。
その顔は何か嫌な事があった顔だった。
バックを放り投げ、向かい側の椅子に座りテーブルに頬杖をついた。
「何かあったのか?」
「人間を、殺して悪いものとしたのは本当に正義だったのかな」
ガナーは、俯きながら言う。
懐かしい話しだ。
小学から高校まで、飽きるほど聞いた“英雄”の話。
あまりにも聞き過ぎてほとんど憶えている。
「何で急にーー。あ。都華咲さんの事か?」
「……うん。
隼人君は、人間の血はほとんど入って無くてフーンさんにそっくりなかんじだから…問題はないけど…ヅーちゃんの事で苛められるのが不安なんだって。
今は、大丈夫らしいんだけど」
ガナーは、自分の事のように頭を悩ませている。
大人になってもこんな風に思える友達が居るってのは良いな。
「大丈夫だよ。
隼人君だって、理解してくれるさ。
……ただ、他人事だからこんな事が言えるのかもしれねーが、都華咲さんが子供を産む道を選んだと言うことは、それを踏まえて決めた事だから俺らはそのいきさつを見ることしか出来ないんじゃネーノ?」
「やっぱりそうだよね。
……ねぇ、私が出来るのは話を聞いてあげるだけかな?」
少しだけ俺は返答に困った。
結局は他人だ。
「そうだな」
やっぱり俺は
「ありがとう。
ネーノに相談すると気持ちが軽くなった」
ガナーはニコリと笑い新婚のように俺の頬にキスをした。
「おやすみなさい」
「あぁ、おやすみ」
ガナーなんかとは釣り合わない
最低な人なんだよな。




