第四話 旅の目的
カインたちに協力を申し出た後、さらに詰めた話をしてから、フィンとリルは一階を後にした。
今、フィンたちは部屋でゆったりと過ごしている。
すっかり外は暗くなっていた。夜の気配が近づく中、ランプの灯りだけがちらちらと揺れていた。
「まったく、フィンもまた厄介なことを引き受けたな。……一週間じゃ、済まなさそうだ」
ベッドに腰掛けたリルの膝の上で、リルがため息混じりに呟いた。
「だって、引き受けたくなるじゃんか。報酬を弾んでもらえるって聞いたら」
「相変わらずだな」
そう言って、リルは濡れたように光る黒い瞳でフィンを見た。
フィンはそんなリルに苦笑して、ゆっくりと後ろに倒れた。ベッドに身を預けたまま、手を頭のうしろで組んで、天井を見つめる。
「叔父さんの知人はこの町にはいないみたいだから行方に関する情報は掴めなさそうだけど、父さんの剣を探す方なら期待できるかもしれない。なにしろ、交易の町なんて言われるくらいだからな。明日からは忙しくなりそうだ」
「あまり、根を詰めすぎるのも良くないと思うぞ。旅を始めてもうすぐ二年……だが、めぼしい成果は上げられていない。焦ることもないだろう」
リルの言葉にフィンは、確かにそうだけど……、と口ごもる。
二年に渡って続けた旅で、これといった手がかりを掴めていないのは事実だ。だが、フィンは旅の目的であるそれらに関しては常に全力で取り組みたいと思っている。
賊に奪われてしまったが、死んでしまった父の遺品である剣は絶対に取り戻したいと思っているし、叔父の行方についてもまた然りだ。
それゆえに、この二つについては特に執心しているのである。
剣に関しては、かなりの業物だったので売り払われている可能性が高いと踏んで、行く先々で探している。
「ところで、件の泥棒だが……どうやって捕まえるのだ?」
「あんな大見得を切っといてなんだけど……全く方法を考えてなかった」
ランプの灯りを視界に収めながら、リルが小さく溜め息を吐いた。
「少しは後先を考えて行動してほしいものだな」
「……心がけるようにします」
そんなこんなで、リーンティアの夜は更けていくのだった。
◆◆◆◆◆
次の日、朝食をとって支度を終えたフィンたちは、氷を売るべく町へ繰り出した。
結局、氷売りをしながら情報収集をすることに落ち着いたのだ。
適当なところに場所を取り、看板を掲げ、道具を広げた。
「そんなに暑くはないけど、氷入りの飲み物も売った方がいいかな?」
ポカポカとした暖かい天気を気にして、フィンが手を動かしながら、リルに確認した。
リルは少し考える素振りを見せた後、口を開いた。
「用意しておいて損はないだろう。売るとしたら、紅茶と……ミルクティーあたりが妥当だろうな」
「分かった。その二つを買ってくるから、リルにはここを頼めるか? 一応、貴重品は俺が持って行くから」
「了解だ。なるべく急いでくれ」
フィンはリルと言葉を交わすと、食品店に急いだ。
そんなフィンの後ろ姿を、尻尾をゆらゆらと揺らしながらリルが見送ったのだった。
数分後、フィンは重い荷物を抱えて戻ってきた。
「早かったな」
「随分近くに店があって助かったよ。おかげで時間がかからずにすんだ」
買ってきたものも並べて、露店を出す準備は万端だ。町の人々も活気づいてきて、人通りも多くなってきた。
早速、商売を始めるべく、フィンは呼び込みを始めた。
呼び込みを始めると、すぐに客が寄ってきた。
元々、貴重な氷を安価な値段で売っているからだ。
ただし、氷はフィンが創り出したものなので元手はかかっていない。フィンたちにしてみればたくさん儲かる割のいい仕事なのである。
氷や飲み物を入れるための容器を持った人々が、次第に列を成してきた。
「お兄ちゃん、ミルクティー、一杯お願い!」
「ちょっと待っててな。今、注いでやるから」
当然、並ぶ人の中には子供も混じってくる。
硬貨を握りしめ、ミルクティーを頼んだ小さな女の子に注文の品を渡すべく、フィンはミルクティーの入った容器を手に取った。
その後フィンはまず、女の子が手に持っているカップに氷を入れる。
フィンは自身の右手を握って、氷のイメージと共に手を開く。
次の瞬間、女の子の持っていたカップの中にカラン、と小気味良い音をたてて氷が入っていた。
女の子が興味津々で見ているのを後目に、フィンは手際よくミルクティーを注いでいく。
「ほら、出来たぞ」
「ありがとう、お兄ちゃん! これ、お金!」
そう言って女の子はフィンに代金を渡した。フィンの脇にいたリルを笑顔で一撫ですると、手を振って去っていった。
その後も客足は途絶えることが無く、昼前に店を畳む頃には買い込んだ飲み物もほとんど無くなっていた。
「売り上げは上々。だけど泥棒についてはまだ分からないことが多いな……」
「一日で出来ることでも無かろう。この後剣の行方を探しに行く時にでも、聞き込みをすれば良い」
「そうするよ。とりあえず、昼食でも食べに行こうか」
フィンたちは露店を片付け終わると、昼食を求めて店を回ったのだった。
◆◆◆◆◆
氷売りの仕事をして、剣の行方を探して、尚且つ情報収集をするという毎日を過ごすこと数日。
フィンたちはやっとのことで世間を賑わす泥棒の手がかりを掴めたのだった。
「遂に……遂に泥棒に繋がるかもしれない情報を手に入れたぞ!」
フィンたちがとった宿の一室。
地道な努力が実を結んだ結果に、フィンは歓喜に打ち震えていた。
「まず、これまでに知り得たことを整理しよう。リル、間違ってたら言ってくれよ?」
「承知した」
こうして、一人と一匹の作戦会議が始まるのだった。