第一話 一人と一匹の旅路
少年は見つめていた。その視線の先にはいつもの父の背中があった。しかし、普段とは違って父は傷ついており、脇腹からは血が流れていた。
ーー逃げなきゃいけない。
分かっているのに、少年の体は何かに縛られたように動いてはくれなかった。彼はそこにじっと立ったまま微動だにできない。
「フィン! 早く行け……! 逃げるんだ!!」
必死の形相である父に急かされても彼は射竦められたように動けない。父は自分と村人たちを守るために村を襲撃してきた賊を何人も倒した後であり、片膝をついて息を荒げていた。
「……父さんも、」
一緒に逃げよう、そう言おうとして彼は見た。父の横から炎に包まれた民家が倒れてくるのを。このままじゃ父が巻き込まれることは火を見るよりも明らかだった。
自然と体が動いた。さっきまでは全く動かすことができなかったのに。
父の手を取ろうと思い手を差し伸べ、一緒に逃げようとした。だが、その手を父が取ることはなかった。
ドン、と。
自分の目の前で満身創痍のはずの父が力強く彼の肩を突き飛ばした。
倒れ込んでくる建物がやけにゆっくりと見えた。
父の姿は、こみ上げる涙でぼんやりとしか見えなかった。けれど最期の時、父は確かに彼に言った。
ーー生きろ、と。
◆◆◆◆◆
太陽の光が暖かく降りそそぎ、鳥たちが青く澄み渡った空を駆けていく。その眼下には青々とした草木が根を下ろし、生命の息吹が感じられる。そんな中にも人の手が加えられているらしく、細々とではあるが小道が通っている。
その小道を一人の黒髪の少年、フィン・オースティンはゆったりとした足取りで歩いていた。
「暖かくて気持ちが良いことにはいいんだが……」
そう呟いてフィンは自分の頭上を陣取る、尻尾の先だけが黒く、それ以外は真っ白なオコジョに目を向ける。
「いつになったら着くんだ、リル?」
リルと呼ばれた白いオコジョは彼の問いに答えるべく、言葉を発した。
「あと一時間というところだな」
リルは落ち着いた青年のような声で応じるが、フィンはそれを聞いてうんざりといった表情を浮かべる。
「もうかれこれ六時間弱は同じような風景の中を歩いたのにか?」
「あぁ」
「あと一時間も歩くのか?」
「おそらくな」
「……本当に?」
「そうなるな」
はぁ、とフィンは大きくため息をつくがリルの反応は淡白だった。
そもそも、この道は馬車で通るはずだったのだ。数日前に立ち寄った村では遠出を務めてくれる御者がいる馬車は一台だけで、しかもその御者もフィンたちが村を出る前日に腕を骨折してしまい馬車など出せる状態では無くなってしまったのだ。そのお詫びとして今朝の朝食はかなり豪華なものが食べれたのでそこまで気にしてはいなかったのだが、ここまで景色が変わらない中、長時間歩くことになるとは想定していなかった。
村人たちは歩きにかかる時間に関してはあまり分からないと言っていたのだ。
「俺に宿った幻視の中に移動系の力もあれば楽だったのに」
「随分と珍しい力を望むのだな」
「言ったところでどうにもならないのは分かってるんだけどな、やっぱりあると便利そうだろ?」
「そうだが、私は自分では歩いていないからな。楽をさせてもらってるぞ」
「おい……」
互いに話が無くなって、なんとなく気を紛らわしたくなったフィンは、右手を握って、そして開いた。
するとそこにはさっきまでは無かったはずの握りこぶしよりも一回り小さい氷塊が二つ。
それらを使ってフィンは歩きながら器用にお手玉を始めた。
「冷てっ! って、うわっとっと……」
氷の冷たさに驚きながら、それでもフィンはお手玉を続ける。
「冷たいならやらなければいいだろう」
「でも、暇でしょうがないんだよ。……おっと!」
リルとの会話に意識をさいてしまっていたので、注意が緩慢となっていたフィンの手元が狂う。
それによって氷の二つの内のひとつが上に放り出されて……リルの頭に激突した。
「……おい、当たったんだが」
「わ、悪いリル、そんなつもりは……」
リルの機嫌を損ねてしまい、フィンは冷や汗をかく。
「どうやら、お仕置きしてほしいようだな」
「え、ちょっ……、お許しをっ……!!」
そんな彼の嘆願むなしく、リルは行動を開始する。
そう、単純にフィンの頬を爪で引っ掻いたのだ。
フィンがリルの怒りの鉄槌を受けているさなか、遠くに目的のものが見えてきた。
「おお、やっと見えてきたな……」
フィンが痛む頬を左手で軽く押さえて、少しばかり嬉しさを滲ませた声で言う。
「交易の町、リーンティア!」
初めて投稿させていただきました、りんと申します。
拙い点も多いとは思いますがどうぞよろしくお願いします。
週に一回は投稿できるように頑張りたいと思います。
誤字、脱字等があれば知らせていただけると嬉しいです。