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メカニカル・シンドローム  作者: とつる
一章 ヴァルハラ自警団
8/25

洗濯日和

 透明な硝子を通して、差し込む朝陽。

 お節介にも瞼を叩いて早く起きろと急かしてくる。

 やや煩わしさを感じて灰色のカーテンで覆い隠すが、どうも取り付けが悪いらしい。

 カーテンの体の半分はだらしなく垂れ下がり、本来の機能をほとんど発揮していなかった。

 結果。俺は太陽の猛攻に敗れ、もそもそと毛布から這い出る羽目になった。


 まだ微かにぼやける目を擦れば、そこには如何にも無趣味そうな男の部屋――ではなく、まだ見慣れない部屋がある。 

 元々空き部屋だったこともあり、最低限の家具しかない所が俺の部屋に似てなくもない。

 しかしこちらの部屋は無趣味というより、殺風景という言葉が似合う。

 必要以上に綺麗で、人の痕跡を感じさせない所がますますそう感じさせる。


 目が醒めれば、現実に戻る。


 そんな儚い幻想を少なからず抱いていたが、どうやら粉々に砕けてしまったらしい。

 早くこの景色に慣れねばと自嘲しながら、起き上って伸びをする。


「……いッ!?」


 しかし体から上がった悲鳴により、伸びた腰はすぐに曲げられた。

 体の節々が凝り固まっている。

 どうやらここ数日寝たっきりだったのが原因らしい。

 そう言えば昨日もルシルと食事を取った後、すぐに寝てしまった気がする。

 食後の片付けもルシルの言葉に甘えるまま任せてしまったような……。

 さすがに怠けすぎたと反省しつつ、ていたらくな体を少しずつ解す。

 ある程度体が軽くなったのを頃合いに服を脱げば、腹部に巻かれた包帯が目に付いた。


「……」


 一瞬、躊躇するも端から順に解いていく。

 しかし、解いても解いてもなかなか終わりが見えない。

 一体何メートル使ったのだろうかと考えながら、途方もない作業を続ける。

 ようやく解き終わる頃には、包帯は手から溢れるほどの量となった。

 最後に血染みが浮いたガーゼを取り外せば、傷一つない肌が現れる。

 触れてみると、指先は滑らかにその上を滑っていく。

 思い切って指を喰い込ませてみるが、これと言った痛みも違和感もない。

 まるで健全だ。

 大怪我を負ったのが嘘かと思うほど、正常だった。

 果たしてこれは喜ぶべきか。憂うべきか。

 考えたってやはり答えは出なかった。


 やりようのない溜息を落とした後、くたくたによれた包帯を適当な場所に置く。

 服を着直し、カーテンも開ければ、殺風景だった部屋は息を吹き返したように明るみを帯びる。

 同時に差し込む光が思いの外眩しくて、目が飛び上がった。

 しかし、目が眩んだのは日差しのせいだけではない。

 窓の向こうに広がる世界が驚くほど青かったからだ。


 空に、芝生に、木々。

 瑞々しくも逞しい自然がこの窓の向こうで広がっていた。

 点在する家もカラフルで、どことなく玩具のような可愛らしさがある。

 目を凝らしてみれば、家々の間には家畜らしき動物もいた。

 昨日はほの暗くてよくわからなかったが、こうして見るととても豊かな村に見える。

 喩えるなら、絵本の一部を切りぬいたような……そんな美しい世界だ。


 しかし、それは表面上に過ぎないのだろう。


 こんなのどかな村でも自警団なんてものがあるんだ。

 それ相応の危険もあるに違いない。

 例えば、俺が荒野で襲われた時のような……。


 なんともやるせない気持ちで外を眺めていると、風に揺れる衣服が目に入る。

 どうやら物干し台のようだ。

 色とりどり、大小も様々な衣服が裾をはためかせて泳いでる。

 一見暢気な光景だが、唯一忙しそうに揺れているモノがあった。

 それは小麦色の髪――ルシルだ。


 桶のような物に服をめいっぱい押し込んでは、体を大きく揺らす。

 どうも一人で洗濯をしているらしい。

 せっせと手際よく片付けているが、ふとした拍子にルシルは額を袖で拭う。

 疲れるのも無理はない。

 その横にはたんまりと衣服が積まれているのだ。ルシルの日頃の大変さが窺える。


「……」


 しばしの逡巡。

 今一度自分の身体を触って確かめた後、俺は部屋を出た。


×××××


「あれ? タツキさん、出歩いて大丈夫なんですか!?」


 足音に気付いたのか。

 顔を上げたルシルは、平然と歩く俺の姿を見るなり翡翠の瞳を大きく広げる。

 あまりにも大袈裟な素振りだったため、逆に俺の方が戸惑ってしまう。


「もしかして出歩いちゃいけなかったか……?」

「いえ、そう言う訳では! ただ体に響くんじゃないかと思って……」


 思わずばつが悪そうな顔をしてしまったらしい。

 ルシルは慌てて俺の杞憂を手で振り払うと、こちらの顔色を窺う。


「あの、体の方は大丈夫なんですか?」

「……ああ、平気そうだ。最近ずっと寝たっきりだったから、そろそろ運動でもしようかと思ってさ」


 ルシルのやや遠慮がちな声に、一瞬言葉が詰まってしまった。

 しかし、ここは堂々と正直に言っておくべきだろう。

 俺の回復力が異常なことは、介抱していたルシルが一番知っているはずだ。

 下手に嘘を吐いたって逆にやましい。

 

「ところで、ルシルは洗濯をしているのか?」


 半ば強引に話を変え、ついでに頬を指差す。

 ルシルはキョトンと目を丸めるが、自分の頬についた泡に気が付くと少しだけ恥ずかしそうにした。


「はい。今日はとてもいい天気なので、お洗濯日和ですよ」

「そうか。こんな朝早くに大変だな」

「これが私のお仕事ですから。それにもう慣れてます」


 頬を拭った後、ルシルは平然と答える。


「この洗濯の量も……慣れの域なのか?」


 ルシルの背丈と同じ高さの洗濯の山を指差すと、


「はい!」


 ルシルはやはり平然と答えた。

 慣れって怖いな。


「何かやれることはないか?」

「え?」

「洗濯、手伝うよ。迷惑じゃ無ければの話だけど……」

「そんな! 迷惑だなんて……とっても助かります!」


 勢い余ったのか、ルシルは洗いかけの服を力いっぱいに手の平で叩く。

 だが、すぐに肩を縮ませるとその声まで萎んでいく。


「でも……水、冷たいですよ? 量もいっぱいで大変ですし」

「そんなの百も承知だって。それにふたりでやれば、多少楽になるだろ?」

「そう……でしょうか?」


 口籠りながら、ツイっと視線を反らすルシル。

 どうもなかなか納得してくれない。

 ルシルの泳ぐ視線を辿れば、その先が俺の脇腹あたりに集中していることがわかった。

 体調が良くなったことは知っているが、さすがに包帯で覆われていた傷口のことまでは知らないようだ。

 大丈夫だと言っても、心配する辺りがルシルらしい。


「怪我のことはもう心配しなくても良いって」


 言いながらしゃがみこんで、すすぎ終わった衣服を手に取る。

 咄嗟にルシルは制止の手を伸ばすが、半ば諦めているのかすぐに下した。


「俺としては世話になったお礼がしたいだけなんだけど……駄目かな?」

「そんなことは……」


 さすがにこんなことを言われれば、ルシルも駄目とは言えない。

 しばらく迷うように肩を揺らすが、小さく息を吐くと苦笑する。


「それでは、洗ったものをすすいでもらっても良いですか?」

「もちろん。お安い御用さ」


 おずおずと差し出された服を快く受け取れば、ルシルは可笑しそうに声を落とす。

 困ったような、けれど嬉しそうに顔を綻ばせながら。

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