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メカニカル・シンドローム  作者: とつる
一章 ヴァルハラ自警団
6/25

症候群と成れ果て

「もしかして……ニホンとは君の出身の村か?」

「えっ!? いや、村っていうよりは国だけど……」

「……クニとはなんだ?」


 ますます首を傾かせるリズ。

 至極真面目くさった顔に、俺の首もまた同時に傾く。


「ええっと……ちなみに、ここってどこなの?」

「レックサンド村だ」

「もっと広い意味で!」

「?……意味がよくわからんな。村は村だ、それ以上のものはない」


 きっぱりと言い放つと、リズは口を固く一文字に結ぶ。

 その様子から、とても冗談を言っているようには見えなかった。


 確かに、日本を知らなくたって何も可笑しくはない。

 俺だって世界の国を全て知っているかと聞かれれば、答えはノーである。


 だが、この村では国が――国という概念自体がそもそも無いのだ。


 その事実は自分の中にあった安易な常識が、脆く崩れ去るほどの衝撃があった。

 愕然としていると、ジロジロと俺を眺めまわしていたリズが不意に口を零す。

 

「そう言えば、君の容貌はとても珍しいな。この辺りでは全く見かけない」


 どうやら東洋人すら見たことが無いご様子だ。

 なんとなく髪の毛を抓んでみると、リズは感嘆の息を吐く。


「黒は暗いイメージを抱きやすいが、君の髪は綺麗な色だな」


 そう言うと、リズは仏頂面を微かに柔らかな表情に変える。

 意外な一面にしばし呆気にとられるが、「どうも」とだけ答えて、そそくさと前髪を払った。


「……そうすると、君の言うこともあながちおかしな話ではないかもしれないな」

 

 リズは腕を組むと、小さく唸る。


「恐らく君は私達の文化とは大きく異なる場所から来たのだろう」

「……そうかもしれないな。俺もここに来てから初めて見るような物ばっかりだ」

「ふむ……ならば、何故君が見知らぬ土地に無意識で居たのかが問題になるな」


 言うなり、リズはしばらく考え込むように口を噤む。

 そして再びゆっくり口を開くと、重々しげに呟いた。


「例えば、人攫いに遭ったという可能性も否定できない」

「人攫い……!?」


 子供や女の子を捕まえて連れ去る人攫いのことか。

 実際にそういう事態が横行していることは知っている。だがこんな男一人捕まえて、なんの得になるんだ。

 真剣に頭を悩ませていると、俺の心を読むかの如くリズが答える。


「最近はここら一帯の村でも人手不足が深刻化している。もしかしたら労働目的で若い男性を遠方から攫っているかもしれないな」

「それは……一理あるな。でも、今までそういうことがあったのか?」

「いや、聞いたことはないな。しかし、最近の芳しくない状況を見れば……」


 はっきりとした物言いをするリズにしては、妙に歯切れが悪い。

 どこか表情に陰りを作るが、すぐに顔を上げると何事も無かったかのように背筋を伸ばす。


「この件に関しては、後日調査をする。君もなにか心当たりがあれば、また言ってくれ」

「あ、ああ……わかった」


 事務的に話を進められ、流れでなんとなく首を縦に振る。

 しかし、心あたりならまだひとつ残っているのだ。

 無邪気な笑顔を浮かべる黒衣の少女。


 ベルヴィーのことだ。

 

 話そうかどうかずっと悩んでいたが、結局切り出すことが出来なかった。

 今までリズに打ち明けた話以上に、現実味がないからだ。

 もしや夢や幻ではないのか、と俺自身が疑うぐらいである。


 そして現実味が無いと言えば、もうひとつある。

 これだけは少し聞いておきたい。


「……そろそろ俺からも質問していいか?」

「ああ、構わない」


 了承を得たのを確認した後、一呼吸置いて尋ねる。


「あの荒原にいる機械の顔をした男は何なんだ?」


 ぴくり、とリズの眉が動いた。

 しばらく押し黙っていたが、唇を開くと静かに答える。


「機人だ」

「……機人?」


 狐につままれたような顔をする俺にリズは溜息を吐く。


「まさか機人も知らないとは思わなかったな。まぁ君はその機人に襲われたのだから、知りたいと思うのも無理はないか」

「どうして俺が襲われたって知ってるんだ……?」

「血だらけの君と、その横にあった機人の亡骸を見ればおおよそ予想はつく」


 なるほど。全くその通りであった。

 やや気恥ずかしさを感じながらも、俺は前のめりになって問い続ける。


「あれは一体何なんだ? どうして……人を食べるんだ?」

「……話せば長いぞ?」


 言いながら、碧い瞳がじっとこちらを捉える。 


「そして、君は後悔するかもしれない」

「ッ……!?」

「それでも聞きたいか?」


 あくまで淡々と、リズは問いかける。

 じっと見つめる瞳は、底のない海のように深く。暗かった。

 だが、俺が返す答えはひとつだけだ。


「頼む。教えてくれ」


 たとえ後悔するような話だったとしても、聞かなければならない。目を背けてはいけない。

 そんな気がしてならないのだ。

 あの機人を殺したのは他でもない――俺なのだから。

 

「わかった。覚悟の上でなら、私も話さざるをえんな」

「……ありがとう」

「構わんよ」


 ふっと微かに不敵な笑みを漏らすリズ。

 そして居住まいを正すなり、訥々と話を始めた。


「まず。話しておかなければならないのは……私たちの間で、長く蔓延している奇病のことだ」


 その奇病とは、およそ200年前に発覚した病だという。

 発病原因はいまだ解明されておらず、治療方法もこれと言って効果的なものはない。

 つまり、不治の病というわけである。

 そしてこの奇病は、実に変わった症状が現れる。

 それは――骨と内臓の一部が金属に変異する症状だ。


「その症状から私達はこの奇病のことを、機械症候群と呼んでいる」


 しかし不思議なことに皮膚、脂肪、血管だけは変わらない。

 そのため、ほとんどの人は初期段階で気付くことは滅多にないそうだ。

 見た目だけは、健常者とほぼ変わらないらしい。


 また、この病のおかしな部分はそれだけではない。

 内臓や骨が一部でも異質なものになれば、その時点で体は生きるための働きを失うはずだ。

 しかし、この機械症候群にかかった患者は死なない。

 

 体は一生朽ちることなく、果てることなく動き続ける。

 

 そのことからこの病は『機械』症候群と呼ばれているのだ。


「……じゃあ、機人は……」

「機械症候群の末期患者だ」


 その言葉に、頭を殴られたような衝撃が走った。

 リズの落ち着きを払った声が、なおさら胸を深く抉る。

 

 薄々わかってはいたが、いざはっきり答えを出されると心痛い。

 これは確かに後悔してしまうかもしれないな。

 

 俺が殺したのは……ひとりの人間だったんだから。


「……機械症候群の患者が末期を迎えるとどうなるんだ?」

「それは君が見たとおりだ」


 息苦しさに堪えながら尋ねる俺に対して、リズはあくまで淡々と言葉を繋ぎ続ける。


「先程。機械症候群の患者は死なないと言ったが、正確に言えば違う」


 そして一呼吸置くと、碧い瞳を真っ直ぐ据える。


「彼らは―人として死ぬ」


 瞬間、冷ややかな視線が痛いほど突き刺さってくる。

 けれど、リズは目を背けようとしない。背けさせようとはしなかった。


「機械症候群の患者は、病状が進むと次第に記憶が無くなっていく。家族も友人も恋人も……大切な思い出さえも忘れる」

「……」

「そして、最終的に彼らは知性と理性を失う。その時、彼らに人としての死が訪れる」

「……その後、末期患者たちはどうなるんだ?」


 その問いに、リズは一瞬口を噤む。

 自分でもなんと残酷なことを聞いたのだろうかと思う。

 でも、聞いておきたかった。


「末期に達した彼らは、人を襲う。もちろん人だけではない。あらゆる生物に危害を加え始める」


 雄叫びをあげ、がむしゃらに突進してきた男の姿が脳裏に蘇る。

 常人を遥かに超える肉体と力。

 並大抵の人間では、とても手に負えない。野放しには出来ないだろう。

 ともすれば、行きつく先は――


「我々自警団の手によって(ほふ)る」


 やはり、と言うべきか。

 それ以上、俺が言える言葉は思い浮かばなかった。


「……さすがに堪えたようだな」

「まぁ……な。多少身構えてたから、まだマシな方だとは思うけど」

「そうか。逞しいようでなによりだ」


 僅かに表情を崩すと、リズはぎこちない笑みを向ける。

 そして壁に立て掛けていた剣を手に取り、腰に差す。


「恐らく君と私達が住んでいる環境はかなり違うのだろう」


 静かに立ち上がり、リズは憂いを帯びた笑みを湛え続ける。

 

「君の知らないこと。わからないこと。まだまだたくさんあるはずだ」


 言いながら寝台の傍に置かれていた水差しを手に取り、木製のカップに注ぐ。

 そしてこちらを振り返ると、そっと差し出した。


「だが、今はゆっくり休め。君がまずするべきことは、自分の体を慈愛することだ」


 黙って差し出されたカップを手に取れば、リズは満足気に頷く。

 今や真っ赤に燃えていた髪は、太陽の陽射しのように暖かい。

 そこから覗く碧い瞳もまた海のように広かった。


「……俺を怪しんで来たんじゃないのか?」

「何をだ?」

「本当はわかってるはずじゃないのか?」


 俺の異常性に。

 死ぬ寸前の傷を負っていた人間が、たった二日で完治した異常性に。

 リズ達は間違いなく気付いてるはずだ。

 それなのに彼女達は素知らぬ顔をする。それが不思議でしょうがなかった。


「確かに、君には機械症候群の疑いがあった。しかし君の様子からその兆候は見られない」

「兆候って……」

「例えば機械症候群の患者は、体が一回りほど大きくなる。そして皮膚が張り詰め、体全体がゴツゴツとしている」

 

 言いながらリズは自分の腕を叩く真似をした後、肩をすくめてみせる。


「今の君は異常な回復力の持ち主と言う以外、何もおかしなところは無い。安心してくれ」

「だけど――」

「何か勘違いしているようだが、私達自警団の業務は村の内外の警備と機人の討伐。それに患者の管理だけだ」


 一向に食い下がらない俺に、リズはやや語調を強めて諌める。

 その気迫に気圧され、思わず俺の舌先は引っ込んでしまった。


「症候群の患者と判断できない限り、私達にどうこうする権利は無い」

 

 もうこれ以上話すことはない、とでも言わん気にリズは背中を向けて部屋を出ようとする。

 引き留めようかと思ったが、もはや気の利いた言葉さえも出てこない。

 ただ黙って離れる背中を見送っていると、不意に赤い髪が揺れる。


「誤解がないように言うが……私達は君が生きていて良かったと思ってるよ」


 そして一度も振り返ることなく、リズは静かに立ち去った。

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