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メカニカル・シンドローム  作者: とつる
一章 ヴァルハラ自警団
11/25

シェルマン商店

「さっそく力仕事でもなんでもない仕事だな」


 空から降り注ぐ柔らかい日差しの中。

 そよぐ風に弄ばれる前髪を払いつつポツリと呟けば、その言葉すらも攫われていく。

 

 詰所を出てからおよそ十分(じゅっぷん)の時が流れたが、延々と続く高原の終わりは一向に見えてこない。

 一体どこまで向かうのだろうかと思い始めた時、先頭を歩いていたルシルが振り返る。


「ふふっ。あながち力仕事じゃないとも言いきれませんよ?」


 ルシルは懐から紙片を一枚取り出すと、俺の目の前にかざしてみせる。

 そこには余白のひとつすら許さないとでも言わん気に、細かい文字がびっしり書き連ねられていた。

 どうやらこの紙は買い出しメモらしい。


「……この量を運ぶとなると、それなりに骨が折れそうだな」

「それにこの先向かうお店は、詰所から歩いて四十分掛かるところですよ」

「えっ?」

「往復一時間二十分です。頑張りましょう」


 さも平然そうにルシルはニッコリ微笑む。

 ここを小さな村だと仰っていたのはどこのどなただろうか。

 どこにもやりようがない溜息を胸の内に落とした後、周りを見渡す。


 密集はせず、かといって見えなくなるほど遠く離れずに散在する民家。

 一軒一軒の土地はかなり広いのかもしれない。

 ある家は大きな畑を作り、ある家は大きな囲いを作って家畜を歩かせている。

 さすがに一見で農業が盛んかどうかはわからないが、それなりに自給した生活を送っているのだろう。

 実際自警団の庭にもよく整備された畑があった。

 

「そう言えば、朝食はみんなで揃って食べたりしないのか?」


 話題作りもかねて、ふと疑問に思ったことを口にしてみる。


「みんな……あっ、自警団のみなさんですね」


 ルシルは一瞬キョトンと目を丸めたが、合点がいったとばかり両手を合わせる。


「みなさんそれぞれ時間が違うので、揃って食べることはなかなかありませんね。だから私とヘレナさんは早朝に作り置きした後、先に頂いてます」

「生活リズムがそれぞれ違うのか?」 

「んーと、生活リズムと言うより……みなさん三交代制で勤務しているので、それに合わせた生活って感じですね」


 三交代制というと、シフトみたいなものだろうか。

 そう言えば先日リズは、ヴァルハラ自警団は村内外の警備もすると言っていた。

 警備ともなれば、業務は二十四時間体制になるのだろう。

 つまり日勤・夜勤・深夜勤の三つに割り振って、業務を継続させているのだ。


「なかなか大変そうだな……」

「そうですね。だけどそんな大変な業務でも、みなさん毎日お勤めを果たしています」


 ルシルは小麦色の髪を撫でると、ぎこちない笑みを広げる。 


「少しでも私達村人が平穏に暮らせるように、って」


 少しでも、か。

 やや引っ掛かる物言いをした後、ルシルはすぐに取り繕うように自分の胸を叩く。


「だから私もみなさんの手助けになれるよう頑張る所存です!」


 えへんとでも言いたげに、ルシルは腰に手を当てて大きく胸を張る。

 そして僅かにこちらを見遣ると、もどかしげに体を揺すった。


「それに……これからはタツキさんも一緒ですからね。だから、とっても心強いです!」


 頬を朱色に染め、心の底から嬉しそうにルシルは顔を綻ばせる。

 彼女は俺を必要と思ってくれているのだろうか。

 そう思うと、胸が締め付けられるような深い感慨を覚えた。


 しかし彼女との平穏な日々はそう長くないだろう。


 俺の一番の目的は、元の世界に帰ることだ。

 異世界の住人である彼女とは、ずっと共に過ごすことは出来ない。それに――


「……?」


 ふと気が付けば、俺は無意識に自分の左腕を擦っていた。

 自分の不可解な行動に首を捻っていると、不意にルシルが声を上げる。


「あっ、そろそろお店が見えてきますよ!」


 長い髪を跳ねさせながら、人差し指を彼方へ向けるルシル。

 その先を辿れば、横長の家屋が一軒建っていた。

 店と言うには随分小規模で、一見するとそこら辺の民家となにも変わり映えがない。

 視線を上げると、申し訳程度に英字で記されたボロ看板が壁にさげられていた。

 

「あれが……店なのか?」


「はい、シェルマン商店っていうお店なんですよ」


 訝しげに俺が尋ねる一方で、ルシルは屈託なく答える。

 そのままルシルは駆け足気味に店へ近寄ると、扉の前に立って二、三度ノックした。

 てっきり店主の返事でも待つのかと思い、俺も足止めてその背中を見守る。


「おはようございまーす!」


 しかしそれは要らぬ世話だったらしい。

 ルシルは返事が来るよりも先に扉を開けると、なんの遠慮もなく中に入っていった。


 軽い合図だったのだろう。


 そう無理やり自分を納得させてから、俺もその後に続く。

 足を踏み入れれば、手帳に筆を走らせる老齢の男が目に入った。


「やぁ、どうも」


 俺の視線に気付くと、男は僅かに目線を上げて短い挨拶を飛ばす。

 そして、すぐに手帳に視線を落とすやいなや再び筆を走らせ始めた。

 見られていないとわかりつつも、念のため軽く会釈してから辺りを見回す。


 店内はお世辞にも綺麗とは言えず、どちらかと言えば窮屈な印象を与える内装であった。

 俺の胸ほど高い商品棚が所狭しと並び、足場も少なくやや動きづらい。

 しかし見た目や利便性を犠牲にする代わり、商品はかなり豊富だ。

 食品、生活雑貨、衣服から書物までありとあらゆるものが売られている。

 いくつか用途のわからない物もあったが、必要最低限のものはこの店で揃えられていそうだ。

 半ば感嘆しながらも、店内を歩きルシルの姿を探す。

 

「あっ、タツキさん! ちょっとこれ見てください」


 店が狭いため、その姿はあっという間に見つかった。

 ルシルは俺を手招きしながら、なにやら真剣な眼差しで棚を見つめている。

 言われるがままに同じ棚を覗き込むと、そこには食器が並んでいた。


「タツキさんはどっちが良いですか?」

「……どっちって?」

「こっちの小ぶりなカップか、あっちの大ぶりなカップか。使うならどっちが良いですか?」


 ひとつずつ指差した後、ルシルはもう一度問いかける。

 どうやら品選びの相談を受けているらしい。


「……こっちの大きいサイズの物が良いじゃないか?」


 少し悩んだが、どっちが良いかと聞かれれば大ぶりのマグカップだ。

 小さな物だと注げる量が限られるが、大きな物なら調節が効く。

 まぁ本当の所は、パッと見た印象が一番の大きな理由である。


「ふむふむ。こっちですか……それじゃあ、これを買いましょうか!」

「そんなあっさり決めちゃっていいのか!?」


 あまりにも潔すぎる決断に、思わず声が上がってしまった。

 けれどルシルは完全に腹を決めているらしく、俺が選んだマグカップを躊躇なく手に取る。


「はい、タツキさんが選んだものにします。だって、これはタツキさんの物なんですから」

「俺の物……?」

「そうです、タツキさん用です。ここのメモにもちゃーんと書いてありますよ」


 再び懐を探って紙片を取り出すと、ルシルは俺が文字をちゃんと読み取れるように眼前に広げた。


「カップにお皿に歯ブラシに下着に……これ全部今後タツキさんが使う物ですよ」


 言いながら最後に書かれた一文を指差すと、ルシルは可笑しそうに笑みを零す。

 そこには『タツキの好きなものを選ばせるように』と書かれていた。


「いや、だけど俺は金なんて持ってないぞ?」

「心配は要りません。お金はヘレナさんから預かってますから」


 しかしそれはそれで申し訳ない気分になってくる。

 まだこれと言って働いていないうえに、治療やら食事やらなんやらで散々世話になっているのだ。

 さすがにこれ以上の厚意は簡単に受け取れない。

 せめてある程度働いてからにして欲しいと口を開きかけるが、ルシルの声によって遮られる。


「ヘレナさんの歓迎の意として受け取ってください。きっと家族が増えて嬉しいんですよ」

「……家族?」

「はい、ヴァルハラ自警団はひとつの組織ではなく、ひとつの家族だ……って。前の団長さんが決めた方針なんですけどね」


 まるで思い出話をするように、ルシルは穏やかな笑みを広げる。

 手にしたマグカップを大事そうに両手で包むと、訥々と言葉を紡いでいく。


「家族のように暮らし、家族のように接し、家族のように支え合う。そうして私たちは一緒に居るんです」

「それは……素敵な話だな」

「あら、そんな他人事みたいに言ってて良いんですか? これからはタツキさんもその家族の一員なんですよ?」


 気後れする俺を叱りつけるように、ルシルは俺の鼻先に向けて指を差す。

 しばらく細い眉を高く吊り上げていたが、次第に下へ下へとおりていく。


「タツキさん……あなたは私達になにか負い目を感じていませんか?」


 その問いに、思わず胸が跳ねた。


「どうして素性もわからない自分を気に掛けるのか、不思議に思っていませんか?」


 さらに繰り出される問い掛けに、今度は胸を鷲掴みされたような痛みが走った。


 ずばり心の内を読まれてしまったからだ。


 どうにかはぐらかそうと口を動かしてみるが、なにひとつ声が出てこない。

 結局押し黙ってしまった俺に、ルシルはますます悲しそうな顔をした。

 一度口を噤んだ後、ルシルはゆっくり唇を開く。 


「私達があなたに厚意をもって接するのは、あなたが特別だからじゃありません」


 ハッとなって落ち始めていた視線を戻すと、強い眼差しでルシルがこちらを見つめていた。

 悲しげで、けれど穏やかな翡翠の瞳が俺の姿を映す。


「そもそも私達はみんな血縁関係もありません、お互いの過去も知りません。だけど私達は、見ず知らずの者同士で助け合っているんです」

「……それが当たり前のことなのか」

「はい! なにも不思議なことじゃないんです」


 俺がポツリと呟いた言葉に、ルシルは笑顔で応える。

 そして両手に持ったマグカップを愛おしそうに指で撫でた後、そっと差し出す。


「すぐにとは言いません。だけど……どうかタツキさんも私達を家族と思って接してください」


 小首を傾げながら、ルシルは俺の顔を窺う。

 差し出されたマグカップは窓から差しこむ陽を受け、艶やかに肌を光らせていた。


 一瞬。躊躇するも、恐る恐る手を伸ばしてマグカップを受け取る。

 すると小さな吐息の零れる音が聞こえた気がした。

 その音に釣られて、顔を上げれば――


「お買いもの、続けましょう?」


 いつも通り、微笑むルシルがそこに居た。

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