神通力と神器
剛の者たちが参戦してややもすると、空を舞っていた木の葉天狗は一匹残らず退治されたのだった。
息も絶え絶えなドウメイだったが、なんとか結界の綻びだけは急いで直し、倒れた。
ヤコが彼の穢れを払った後、医者が駆けつけてきて手当てを始める。
医者はドウメイを部屋で休ませたいようだったが、けが人自身がそれを断固として拒否した。剛の者に話をしたいからだった。
一行は室内へと場所を移した。
「話をする前にワカ殿。一つお尋ねしたい」
ドウメイが真剣な顔でワカに尋ねる。ドウメイは剛の者たちが持っている武具を一瞥すると、その鋭い視線をワカに向けた。
「お二方に渡した武具、あれは神器ですな?」
ワカはにこりと笑った。
「はい。左様でございます」
「わ、ワカ! あなたいつの間に……!」
コナミの顔から血の気が引く。よろめくコナミをユリが支えた。
サルヒコは苦々しげにワカを見るが、咎める様子はない。
その様子に尚吾が不思議そうに首を傾げた。
「この籠手って、なんかすっげえ道具なの?」
平成っ子の尚吾などから見ると、博物館で見るには新し過ぎる、骨董品店で見るには少しばかり古い感じのする道具だ。取り立てて凝った意匠というわけでもないし、宝玉がついているわけでもない。ただ、火を噴いたという点では特異ではあるが。勲も同様。真剣を握るのは初めてではないが、切れ味からしてもかなりの業物であるということは分かるし、巨大化するという点でも奇異だ。
しかしそもそも神器という言葉自体初めて聞いた二人には皆の態度が不思議で仕方なかった。
その疑問に答えたのはドウメイだった。出血が激しいせいか、顔色の悪いドウメイは喋り方にも精彩を欠いている。
「先ほど儂が説明した陰陽術についてですが、それとは別に歴代の剛の者は神通力というものが使えるようになっておるのです。神通力とは神の力を借りる業。神器でもって神と通じ、その神器を通して神の力を振るうというのが……」
言い終わる前にドウメイがせき込む。弟子のヤコが慌ててその背中をさすった。
ドウメイが目で合図をすると、その意を酌んでヤコが続きの説明を始めた。
「剛の者が唯一妖怪を打ち倒せるというのはそこにあります。瘴気に影響されず、神の力を借りることができます。陰陽術と違い、呪の言葉を必要とせず、その思いの強さと神に通じる神器さえあれば莫大な力を使うことが可能です。また、神気があふれる場所や神に近しい場所であれば、神器を介さないでも力を借りることができます」
「難しいからもうちょっと噛み砕いて説明してほしいな……」
尚吾が頭をかく。彼の理解力はいささか低めである。
「つまりは俺たちだけが神器を使ってさっき俺たちが使ったような神様とやらの力を使えるってことか?」
「その通りです」
「なるほど」
勲の確認にヤコがうなずくと、尚吾もうんうんと頷く。その様子にいささかばかり不安を覚えた人間がいたとかいなかったとか。
「……んじゃあこの籠手や短刀が神器っていう奴なのか?」
尚吾がしげしげと自身の腕につけられた籠手を見る。勲も鞘から抜いた白刃を眺めていた。先ほどの戦闘の時には身の丈ほどの大刀となっていたそれも、今や元の鞘に収まるほどの長さになっている。
「はい。アヤトバ大明神に奉納されているものを拝借して参りました」
澄ました顔でワカが言う。
それをサルヒコが胡乱げに見る。
「許可は得てきたのか?」
「もちろんでございます。この通り」
ワカは懐から取り出した書簡を一同に見えるように掲げた。
それをひったくるようにサルヒコが取る。
しばらくは苦虫をかみつぶすような顔でそれを見聞していたサルヒコだったが、やがてそれが正真正銘の本物であることが分かると、さらに苦々しげな顔をしてワカに返した。
「……気が利くことだ」
「お褒め頂き光栄です」
何食わぬ顔で言うワカの内心を読めた人間はいなかった。
夜の帳が下りたころ、人払いのされた一室で密やかに交わされた密約があった。
「――――何のために?」
「大切な人のために」
「そのためならば手段を選ばぬと?」
「是非もないこと」
「都に仇なすことは」
「あり得ませぬ。それは意に反すること」
「ならば今しばらくは、沈黙を守ろう。しかし長くは持つまい。すでに気付いている者は多い。疑いを掛けられることもあろう」
「――それも覚悟の上。万事つつがなく整えます故、ご心配めされずとも」
「難儀なことだ。真実を話すつもりはないと?」
「今はまだ時期尚早ゆえ」
「……ふん、もったいつけおって」
その密約が破られる日を知るのは、ただ一人。