道中
朝廷を出た剛の者達は、ワカに先導され人目につかぬ道を通る。剛の者達は見慣れぬ町並みに興味津々のようで、落ち着きなく辺りを見回している。
都はたび重なる災厄のせいで疲弊しており、道を歩く者は少ない。必要な物資にも欠いているせいか、暗く淀んだ雰囲気が町にも立ち込めていた。埋葬されぬ死体こそまだないものの、できたての死体は路地裏に転がっているだろう。
それでもなお、ワカが道を選んだために、一番の悲惨な光景を目にすることはなかった。
足が止まりそうになる二人を、ワカが急かす。
「お二方、シンゴ寺の事が解決すれば時間に猶予も生まれます。何卒、今はお急ぎを」
「ご、ごめん」
ワカの硬い声に尚吾が謝る。勲はわざとらしく首をすくめていた。
「まあ女官殿、そう焦らずとも良いではないですか。急がば回れとまでは言いませんが、お二人はこの都に来たばかり。物珍しいことも多いでしょう。多少の心の余裕も必要では?」
ヒロナリが苦笑交じりにワカを諭す。ワカはそれに冷たい一瞥を返す。
「都の結界強化は急を要します。物見遊山はその後にでも存分に」
「ならば青龍の滝に行かず、直接シンゴ寺を目指せば――」
「なりません」
ワカはにべもない。ツンケンした様子は一切の言葉を拒否しているようである。幾人かがため息をついた。
そんな時、ワカの肩を叩く人間がいた。
「そう恐るな。ドウメイ殿もおっしゃっていただろう。これは手始めだ。いざとなったら俺の身に替えても守ってやる」
平時ならば頼もしい、けれども今に限っては憎らしい言葉にワカは思わず声を上げる。
「恐れてなどおりません!」
「しかし先程から震えているだろう」
「こ、これは武者震いです!」
図星を指されたワカは顔に朱を上らせた。震える拳を握り締める。
その様子を見たマヨリが、ふむ、と顎に手を当てる。
「思うに、貴殿の妹御は気が強く負けず嫌いなのだな」
「それが取り柄でもある」
「兄上!」
マヨリのどうとも取れる言葉に、武官――スクネは真面目くさった顔で答えた。
「もしかして、ワカのお兄さんなの? さっきの顔合わせの時に言ってくれたら良かったのに」
尚吾が目を丸くして言った。
その言葉にワカはなんとも言えない複雑そうな表情をした。
「必要がございませんので」
「保護者付きじゃカッコがつかないってか?」
勲のからかうような言葉に、ワカは口を引き結んで押し黙った。図星らしい。
「ま、まぁまぁ皆さん落ち着いて。都の結界が限界近いのも事実ですし、お師匠様の指示も意味があることですから。ね、行きましょう」
とりなすように言ったのはヤコだ。彼は若年のせいか、今一つ押しが弱い。しかしギスギスした空気を和ませる雰囲気があった。
シュンテツ達も、ワカの態度が恐れから来ているのだと知れば、いくらか苛立ちが緩和されたようだった。彼らも怯える少女にいきり立つほど大人げなくはない。
再度歩み始めて一行は、ややあって都の東門に辿り着いた。
朱塗りの門は朝廷のものよりは小さかったが、質実剛健を現した巨大な門である。
「この門を潜れば都の外となります。ここから一歩でも外に踏み出せば結界の範囲外。何卒、ご注意下さい」
ヤコが重々しげに言う。
「衛士によれば、今は近くに妖怪達もいない様子。今のうちに出立いたしましょう」
「外に出たら狙い撃ちにされる、なんてことないよな?」
慎重な姿勢を示したのは勲だ。ヒロナリが軽く笑む。
「心配ご無用です。都の周囲は絶えず衛士が監視し、妖怪が近づけば陰陽師に知らせる仕組みとなっております。近くに奴らが潜んでいるということはございません」
「なら、いい」
勲はむっつりと黙りこんだ。彼の態度に武官たちは何とも言えない顔をするが、尚吾がいたって普通の態度なので、常のことなのだろうと思うことにした。
「とにかく、先を急ぎましょう」
そう言って、ヤコは門番に合図を送る。
東門が、地を這うような音を立てながらゆっくりと都の外へ開いていく。
門戸の外に広がるのは、踏み固められた土の道だ。地面には妖怪たちの爪の跡や、誰かの血痕、折れた矢などが散見していた。生々しい光景に、剛の者たちが息をのむ。
ワカも努めて冷静な風に装っているが、彼女も内心では足がすくんでしまいそうなほどの恐怖に囚われていた。
この門を出てしまえば後戻りはできない。一つ間違えたら命を落とす結果となる戦場に突入することになる。
震える拳を握りしめ、深く息を吐く。
やらなければならない。何があっても失敗してはならない。違えてはならない
それが彼女の存在意義なのだから。
ワカは剛の者二人の顔を見る。
十六の若者だ。今の自分より年若い少年二人の肩に、国の未来が掛かっている。そして、彼ら自身の命運も。そして――
「いざ、参りましょう」
ヤコの凛とした声が響く。まず最初に彼が門をくぐる。それに続いて武官と剛の者たちも続く。
ワカは震えを押し殺し、門をくぐった。