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出立

方違え … どこかに出掛けたりする際に、向かう方角が陰陽道的に悪いと一旦違う方向に出掛けて再出発とし、向かう方向を変えることで悪い方角にならないようにすること。

 謁見が終わると、早くも出立の準備が始まった。

 剛の者達はある一室で広げられた地図を前に説明を受ける。説明をするのは案内役であるワカだ。随行する精鋭の武官五人と陰陽師のヤコも剛の者たちに並んで説明を受ける。


「タカオの山に入る道は幾つかありますが、都の方向からですと限られております」


 そう言ってワカは地図に描かれた太さの違う五つの道を指し示す。

 随分と使い込まれた様子の地図は、あちらこちらに書き込みがなされていた。


「シンゴ寺自体はタカオの山の中腹にございますが、まず皆々様でこちら……青龍の滝を目指して頂きます」


 そう言ってワカが示したのは都の東方にある山だ。

 タカオの山は都の北にあるので、随分と回り道をすることになる。


「少々険しい道のりではございますが、迂回してこちらの獣道を参りましょう」


 ワカが指差したのは、青龍の滝から続く、地図の中でも一番細い道だ。最短ルートの二倍以上はありそうだった。

 

「随分な回り道だ。方向が違いすぎるではないか。まさかこのような逼迫した時に悠長にも方違えをするなどと言うのではないだろうな、ドウメイ殿は」


 不機嫌を露わに言ったのは武官の一人、シュンテツであった。背の低い彼は、先程から指で忙しなく叩いている。

 ワカは彼の苛立った様子に奥することなく説明を続ける。


「意味はございます。ですが、それはあちらに着いてからお話致しますゆえ」

「なんの為に出立前に膝を付き合わせていると思っているのだ!」


 年若い女官に知らされて自分が知らされていないと言うのが腹立たしいのだろう、シュンテツは目に見えて腹を立てた様子だ。


「落ち着け、シュンテツ。ドウメイ殿にもなにか考えがあるのであろう」


 シュンテツを宥めるのは武官のヒロナリだ。

 不穏な空気に剛の者達は顔を見合わせる。


「女官殿も、全てとは言わないが少しは事情を説明しては下さりませぬか。道中、不測の事態もあるやもしれません」


 ヒロナリの言葉に、ワカは目を伏せた。


「申し訳ございませんが、お話致しかねます。しかし私はシンゴ寺まで必ず随行致します。心配は無用でございます」


 取りつく島もないワカの様子に、不快感を示した者は少なくなかった。だが、国一番の陰陽師の指示とあっては逆らう訳にもいかない。

 重い雰囲気の中、ワカは淡々と説明を続けた。


「青龍の滝からシンゴ寺を目指しますが、最優先は三昧耶形を見つけ出すことです」

「どうやって見つけるんだ?」


 尚吾が尋ねる。


「薬師如来も妖怪の跋扈する現状には御心を痛めておいでです。お二人が三昧耶形の近くで呼びかければ、必ずやお応え下さります」


 断言するワカの言葉は、見てきたかのように自信たっぷりだ。


「その後お二人にはシンゴ寺の妖怪と戦って頂きます。神通力があると言っても薬師如来は攻撃には向きません。アヤトバ大明神の神器をお使い下さい」


 彼女の言葉に剛の者達は己が持つ神器にちらと目を落とす。

 昨日の鍛練でも使ったそれは、かなり彼らに馴染んでいると言っていいだろう。そもそも、最初からこの神器は彼らの戦闘スタイルに向いていた。日本では尚吾は古武術の、勲は剣道の道場にそれぞれ通っており、同門での大会はもとより、実戦(・・)でもそれなりにその体術を使っていた。


「……でも瘴気をやらを浄化できる奴はそっちの一人だけなんだろう? 手が回るのか?」


 勲がヤコを見ながら言う。ドウメイの弟子はまだ若く、師が不在ではいささか頼りなく思えてしまう。

 しかしワカはにこりと笑う。


「ご安心を。ドウメイ様から皆様の護符と浄化の符を預かっております。私もヤコ様ほどではございませんが、符を使った浄化の術を使えます。シンゴ寺にいる妖怪もそれほど数は多くありませんし、今回に関してはそれで十分でございましょう」


 ワカの言葉に武官たちは目を剥いた。符術は決して一般的な技能ではない。初歩のものであっても、習得にも年単位での時間が掛かるものだ。それを命婦であったとしても、一介の女官が修めているというのは実に奇異なことであった。


「その後、シンゴ寺の竜堂に三昧耶形を納め、薬師如来のお力を借りて都の結界を強化、並びにシンゴ寺自体の結界も張り直して頂きます。こちらはヤコ様が主導して下さります。今回の動きは敵に察知されるわけにはいきません。拙速は巧遅に勝ると申します。荷物持ちの人夫も連れて行きませんので、なるべく軽装で荷物も少なく動けるようにして参りましょう」

「女は何かと物入りだろう」


 嫌味とも気遣いとも取れる口調で言ったのはマヨリという武官だった。ワカはむっとした様子もなく、


「ご心配は無用です。山籠りをしていたこともございますので多少の野宿は慣れております」


 と、素っ気ない。

 山籠りってどんな女だよ、と勲が小さく呟いたが、ワカは一顧だにしない。


「出発は四半刻(30分)後です。各自の用意を整えて、こちらの御内庭にお集まり下さいませ」


 そう締めくくると、一旦解散と相成った。



 さて、準備と言われても剛の者たちは身一つで来たよそ者である。準備を整えるにも人の手を借りる他ない。

着替えは朝の段階で済ませている。二人は直垂を着用していた。


「野営に必要なものは、直にコナミたちが持って参ります」

「なら俺らは特に準備の必要なし?」

「いえ、尚吾様にお渡しするものが」

「ん? 荷物じゃなくて?」

「はい」


 ワカの言葉に尚吾が首を傾げる。


「お召し替えは何とかなったのですが、履物がどうしても今朝までに間に合いませんでしたので」

「あー、草履ぼろぼろだもんなー。そういや昨日サイズ計ってもらったっけ」


 尚吾が合点がいったようにうなずく。

今のところ、剛の者は直垂を着用している。というのも、召喚された際に甚平に草履という出で立ちだった彼は、木の葉天狗の襲来の際も着替える暇がなく、その後の鍛錬もなし崩しに始まってしまったため、草履がかなり傷んでしまったのだ。甚平は不思議なことに木の葉天狗との戦いでは焦げなかったが、鍛錬では傷んだ。勲の剣道着も同様である。渋る剛の者達を説得し、なんとか衣装替えはできたのだ。試着してみてはやれ動きにくい、やれ着にくいと紆余曲折を経た上、直垂に着替えることとなったのである。帝の前に出るには失礼な服装ではあったが、剛の者に文句を言える人間がいるはずもない。


 ややあってコナミたちが持ってきた履に尚吾は目を輝かせた。


「革靴じゃん!」


 彼に差し出されたのは、烏皮履(うひり)と呼ばれる黒い革靴だった。

 いそいそと履いてみると、現代のそれよりは劣るものの、それほど歩きづらい感覚もない。


「昨日から職人に依頼して突貫で作ってもらいました。勲様の分もございます」

「俺はいい。こっちのが履き慣れてるし」


勲は己のスポーツシューズを示す。尚吾の草履と違い、こちらはまだまだ使える状態である。


「左様ですか」


 ワカはそれ以上言うこともなかった。




 四半刻後、それぞれ準備を整えた一行は出発することとなった。

 剛の者とヤコの野営用の荷物は随行の武官が分担して持つこととなったためほぼ手ぶらだ。ワカの荷物は彼女自身が管理すると言ってきかないため、そのようになった。


 そして朝廷の東門へと一行が向かうと、朝廷にいる官吏や女官がずらりと左右に分かれて整列しており、剛の者たちの出立は盛大に見送られることとなった。


居並ぶ者達の厳めしい顔に剛の者は己の使命の重大さを思い出してか、きっと顔を引き締めた。

声にならぬ宮中の、否、都の人間の嘆きが聞こえた気がした。

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