十円玉
夏休み、星が綺麗な夜で海から吹く風がなんとも心地よかった。綺麗な景色の中に異様な雰囲気の建物が私たちの目の前に建っていた。木造の学校、私たちが通っている学校だ。
なんでこんな所にいるのか。大体予想はつくと思うけど、私たちは肝試しに来ている。
「ねぇ、善樹、ホントに入るの? 」
「なに今さらビビってんだよ。当たり前だろ。なぁ、朝子」
「え! わ、私にふらないでよ」
「お前もビビってんのか? 」
「そういう善樹も足が震えてるよ」
「大地! てめぇ、余計なこと言うなよ! 」
「ははは、ごめん。佳代子ちゃん、大丈夫だよ。うちの学校、七不思議ないし」
「そうだけどさぁ、こんなに暗いと、さすがに」
まじまじと学校を見る。いつも通っている学校だけど、朝と夜とでは顔色が全く違うように見える。朝はお母さんで、夜は死神かな。
あぁ、下らない事を考えてたら、余計怖くなってきた。あぁ、死神なんて考えるんじゃなかった。
私はなんとなく自分の教室である4階の右から5番目の窓を見た。
何かが動いた気がした。遠いからよくわからなかったけど。
「よし、行こうぜ! 」
善樹が先頭切って歩いていく。善樹に隠れるようにしてぴったり張り付いている佳代子。私、朝子と大地は並んで先頭の2人を追っていく。
私はさっきのを風で動いたカーテンだろうと考えることにした。
「大地。平気なの? 」
怖さをまぎらわすために話そうとした。
「あ? 当たり前じゃん」
大地に笑われた。ムカつくから言葉を返すことをやめた。ムカつくけど、頼もしいと思うのはおかしいのかな。
「よし、開けるぞ」
いつのまにか学校の下に来ていた。善樹は保健室の窓を開ける。前もって鍵を開けておいたらしい。善樹はこういう事には頭が回る。バカのクセに。
開けた窓から校舎内に入る。中は予想通り真っ暗。人気なんかあるわけなく、やけにシンとしている。そんな暗闇に丸い明かりが壁に当てられた。善樹が懐中電灯をつけたのだ。
「あ、意外と明るいねぇ」
おちゃらけた感じに善樹はその明かりを振り回す。たまに見える人体模型とかが不気味にこっちを見ている気がした。
「ちょっとやめてよ! 」
佳代子は怒鳴って善樹の手を掴み止める。
「へへへ、すまんすまん。じゃぁ進もうぜ」
明かりを保健室の扉に向けるために素早く動かす。その途中に黒い影が見えた。
「ねぇ、善樹、あそこ、」
私はそれがなにか気になり、黒い影が見えた所を指を指す。私のおかしな行動で全員に緊張感が走ったのが空気でわかった。
ゆっくりと明かりを影が見えた所まで動かしていく。
カサカサ、
「きゃぁ!! 」
佳代子はオーバーに声を張り上げた。だけど、私が見た黒い影はゴキブリみたいだった。
「佳代子、心臓に悪いから叫ばないで。叫ぶんだったら叫ぶって言って」
善樹は溜め息をついた。私も胸を撫で下ろした。しかし、大地は首をかしげた。もしかして、私が見たのと同じものを見たのかもしれない。でも、聞けない。これ以上何かあったら私が暴走しそうだし。
「よ、よし。今度こそ進むぞ」
善樹は廊下に繋がる扉を開ける。
ガラガラガラ
その音がどこまでも響いていった。私たちは恐る恐る誰もいない廊下に出る。保健室は学校の一番端なので、進む道は確定していた。善樹がそっちの方に明かりを向ける。
ただ、暗いだけのいつも見ている廊下がそこにはあった。暗いだけでこんなにも恐ろしくなるのは先入観があるからなのか。
善樹が先頭で進んでいく。理科室、音楽室、図工室など色々な教室を回った。佳代子が叫ぶだけで、何もないままほとんどの部屋を回り、次に私たちの教室に行こうとしていた。そこまで行くのに私は暗さにも恐怖心にも慣れていた。むしろ、何かあって欲しいと思い始めていた。
私たちの教室に入る。他の教室同様なにもない。私たちは教室の真ん中まで入っていった。
「なんだ? 」
善樹はなにかを見つけたようでそこに明かりを向けた。机の上、そこには赤色で書かれた鳥居が一番上にあって、両隣に「はい」と「いいえ」が白色で書いてあり、その下には同じ色でひらがなが規則正しく並んでいた。
「こっくりさん? 」
佳代子がそう呟く。確かにこっくりさん以外の何物でもない。だけど、夏休みに誰がこんなものを、私の机の上に書いていくのか。嫌がらせでしかない。
私だけか、嫌な気配が教室中に満たされている気がした。
ガタン
刹那、扉が急に閉まる。私は恐くてそっちを見れず、大地に目線を向ける。大地は顔を蒼白させて扉を見ている。その奥に見える佳代子に至っては泣き目だ。
「ここは落ち着こう」
大地が呟く。落ち着こうと深呼吸をする。
チャリン
急に机の上から金属音がした。その音で反射的に机の上を見る。さっきまでなかった十円玉が鳥居の真上に置かれていた。
十円玉は勝手にゆっくり動き出す。
『ミ』
なにかに体を押さえられている感覚があった。
『ツ』
金縛りにあったように体は動かない。
『ケ』
息さえできない。
『タ』
気持ち悪くなってきた。
『イ』
どうして、
『ツ』
勝手に、
『シ』
動いてるのよ。
『ヨ』
なにが、
『ニ』
起きてるの。
『ア』
恐い。
『ソ』
助けて。
『ボ』
窓の外が光り、轟音が鳴り響く。その後大きな地震が起きる。教室中の物は飛び、私は動けないまま飛んできた椅子が頭に当たる。
地震が止まった。少し気絶したようだった。私は体を起こす。頭に激痛が走り、反射的に押さえる。何か液体のようなものに触れた感触だった。私は頭を押さえた左手を目の前に持っていく。暗くてよくわからなかったが、かすかに左手が赤くなっていた。血だ。
「みんな大丈夫か? 」
大地の声が聞こえた。姿は見えないけど。
「私は大丈夫」
「オレも」
少し沈黙が起きた。佳代子の声を聞くためだった。が、いつまで待っても佳代子の声は聞こえなかった。私は大地の声が聞こえた方に向かう。
すぐに会えた。善樹も一緒だった。
「お、朝子か」
「佳代子は? 」
「探そうと思ったんだけどよぉ、ほら」
善樹が開けた扉。どの教室も必ず廊下に繋がっているはずなのに、その先は校長室だった。
「なんで? 」
「わかんねぇ。何があったんだろうな」
「ここしか扉はないから進むしかないな」
私たちは佳代子を探しにその先に進む。無数の教室を通っていくけど、なんでか階がバラバラ。訳がわからないけど進んでいく。
「きゃぁ! 」
佳代子の声。かなり近い。
「来ないで、やめて、たすけて、」
声がする扉を見つけ出して開けようとするが、開かない。
「たす…」
大地と善樹が力を合わせて開けようとするがびくともしない。
「きゃぁ! ぎゃぁ! ぎゃ! が! か! ぐえ! 」
気色の悪い叫び声が聞こえた。全く動かない扉に大地は体当たりをし始めた。一発ではムリで、善樹と同時に体当たりをする。
扉が壊れる。その先の教室を見回した。
真っ赤に染まった音楽室。その中央には手足がバラバラにされた、頭の無い、服からしてたぶん佳代子である体があった。
「うそ、」
「うぇ、」
私は力なく足を崩した。大地は佳代子を無視して奥にある扉を開ける。
「おかしい。頭を持ってったなら、血が滴っててもおかしくないのに」
そう呟く。
「先を急ごう。もしかしたら佳代子じゃないかもしれないし、次に狙われるのオレたちかもだから」
善樹は立ち上がり、大地の近くに行く。私は涙を拭いて大地の肩を借りながらよろよろと進んでいく。
私たちは先を急ぐ。未だに終わりの見えない迷宮のような一本道を進んでいく。
途中で図工室に出た。その先の扉を開けようとしたけど、開かない。
「これで壊しちまおうぜ」
善樹が大きなハンマーを持ってきて扉を叩き始めた。近くによると危ないので私と大地は少し離れていた。
扉は5発目くらいで壊れた。と思うと善樹は後ろに倒れていった。それを確認したと同時に善樹の体は奥の部屋に消えていった。
私は余りの恐怖に足がすくんでしまった。そんな私をよそに、大地は善樹を追っていった。しかし、すぐに戻ってきた。
「消えた」
もう何が起こっているのかわからない。速く逃げないと、殺される。
私は走り出した。先にある扉を開けながら、時には壁に当たり、机につまづいたり、それでも走っていった。
そして保健室に着き、窓から逃げ出す。校庭を走っていき、途中で振り替える。そこには不気味に建っている木造の学校だけがある。来たときと変わりなく、ただただ不気味感しか持てなかった。
「ごめんなさいごめんなさい」
そこで気づいた。大地がいないことに。しかし、戻る勇気はなかった。
「ごめんなさいごめんなさい」
私じゃぁもうムリだ。大人の力を借りよう。
「ごめんなさいごめんなさい」
学校に背を向け、自宅に向けて走り出す。その途中に交番が真夜中なのに明かりが点いていた。私はそこに駆け込み、
「助けてください! 」
中にいた若い警察の人は私を見て驚いた表情をした。
「学校に肝試しに行ったら、地震が起きて、教室がおかしくなって、そしたら佳代子が殺されちゃってて、善樹はつれていかれちゃって、大地は置いてきちゃって、」
「わかった。まず落ち着こう」
私は交番の椅子に座らされ、頭の出血箇所を応急手当てをしてくれた。そのあと、親を呼ばれて、朝に成るまで自宅待機になる。
私は眠れなかった。寝たらまたあの空間に引き込まれそうだったから。
鳥のさえずりが聞こえ始め、朝日が差した。
自宅に警察の人が数人できて、親同伴で学校の中を散策することになった。正直、あそこには行きたくなかった。
パトカーで学校に向かう。先生も来て一緒に散策することになった。
警察は私の記憶から、佳代子は音楽室、善樹は図工室と言うことを聞き出して、まず、音楽室に向かう。
音楽室は昨日と変わらない光景だった。頭の無いバラバラの死体。間違いなく、佳代子だと今ならわかる。
次に図工室に向かった。しかし、何もなかった。私は連れていかれたと言うことを忘れていた。図工室の次の部屋は、確か理科室だった。
私の発言で理科室に向かった。消えた。大地の言葉を思い出した。しかしそれは、大地の見落としであった。
理科室の天井には、何本もの釘で打ち付けられていた体があった。これも頭はなかったが、間違いなく善樹だった。
大地の行方だけはわからないので、片っ端から探し当たったがいない。
最後に私の教室を調べるために扉を開けた。
そこにいたのだ。頭だけが。しかも3人全ての頭が、私の机を囲むように。
「なんだこれは」
警察の人が呟いた。私は真ん中の机に寄っていく。
「こら、行くな」
警察の制止は私の耳を通り抜けていった。
机の上には、こっくりさんをするための準備がされてあった。その脇には、赤黒い字で、コワイ、ワルイヤツ、ガッカリ、ループ、ナガイモと横書きで縦に並んで書いてあった。暗くて見えなかったのか、それとも大地の最後の忠告だろうか。
鳥居の上にあった十円玉が動き始める。
『マ、タ、キ、タ、ノ、コ、ン、ド、ハ、ニ、ガ、サ、ナ、イ、ヨ』
もう、怖くなかった。感覚が麻痺してたのかもしれない。
「私があなたを逃がさないよ」
『コ、ワ、イ、デ、シ、ヨ』
「怖くないよ」
『ウ、ソ』
「あなたが怖いんでしょ? 」
『イイエ』
「嘘よ。私の目の前に出てこないもの」
『イイエ』
「なら姿を見せて? 」
自分でも訳のわからないことを言ってるのはわかってる。もし本当に出てきたら私も3人みたいになってしまい事もわかっていた。
十円玉が鳥居に向かう。そしてそのまま動かなくなってしまった。
私は十円玉を取る。裏返すとそこにはサミシイと小さな文字で書いてあった。
その後なにもなく、外に出ることが出来た。大地の遺体は一階のトイレで見つかったという。
3人の葬式に出て私は涙を流した。なぜ私だけだったのだろうか。考えてもわからない。
あのあと何日もたった。
3人のお墓にお花をいける。少し調べたのだ。あの事件の後、十円玉にサミシイと書いてある事が不思議に思ったのだ。
十年前にあった事件だ。いや、むしろ自殺だったらしい。1人の少女が自殺した。理由はいじめだった。クラスの全員がその少女を無視していたのだ。それで、こっくりさんに助けを求め始めたのだそうだ。異様な感覚を母が目撃している。こっくりさんでなにを言われたのかは知らない。けど、おとなしかった少女はおかしくなったように狂変した。
学校で飼っていたウサギの頭が切り離されて発見されたり、いじめていた子の机に釘を打ったりしていたのだそうだ。
そして、学校で舌を咬みきって自殺したのだそうだ。理由はわからないが、十円玉にはサミシイと書いてあり、血まみれだった机にはこっくりさんをやっていた形跡があった。
私は3人にその事を報告して、成仏するように願った。
そのあと、もう1つのお墓に向かった。酷く汚れていた。私は洗ってあげ、お花をいけた。お線香も渡した。そして十円玉を置いた。
「もう寂しくないよ。私がいるから」
そう言って霊園を後にした。
学校が始まると事件があったことが校長先生から報告された。
3人の机の家には白い花が一輪置かれていた。
私は生き残りと気持ち悪がられていたが、一時期の事だった。
噂は完全に広まってたまに夜に入る人がいるみたいだけど、なにも起こらないらしい。密かに胸を撫で下ろしている。
私はもう一度、3人のお墓参りに行く。ついでに少女のお墓も行った。私はお線香を置き、手を合わせて目をつむった。
ちゃりん
その音に私は目を開けた。
「十円玉? 」
私は今までなかった十円玉を手に取りひっくり返した。そこにはアリガトウと書いてあった。
私は笑ってしまった。