短編の間#8- 綿毛を渡せ、私に渡せ
掲載日:2026/02/10
画家の高松一彦は昨年妻の英子に先立たれた。
まだ寒さの残る初夏、孤独を握りしめ、湖畔のベンチに腰を下ろす。
風に揺れるさざ波を見ながら、次の作品について構想していたところ、鼻にタンポポの綿毛が付いた。
妻の英子を亡くした。寒い冬だった。私の心を表しているようだった
夏の兆しが見える今でも君のことが頭から離れない
何を描こうか。何も描こうと思えなかった
君が苦しむ姿を見ていたら、晩年はそんなこと考えもしなかった
私の鼻先に一つの綿毛がくっついた。白く柔らかいものだった
手に取った綿毛を見て私は彼女が来てくれたのだと思った
会いに来てくれたのだと。しかし、手から離れる君を目で追って悲しくなる
それと同時に君はそんな流されやすい人じゃないと意地を張った
俯く私は何を思ったのか、彼女を別のものに投影した
それならこのタンポポの綿毛は彼女の想いが、心が渡ってきたのだと。そう思えた
私にこの綿毛を届けてくれたのは、君がどこかで私を待っててくれているからだろう
私は描くものを決めた。気付けばどこかへ歩き出していた




